↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2部スタート】ギャンブル中毒で放蕩三昧の悪役貴族、破滅ルートをひっくり返す  作者: 有馬 茶
第二章 学園社交界編 〜婚約破棄は神前で〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/20

第18話 学園の地下


「兄貴が、あそこで全部なくしたんだ」


夜の学園の裏庭で、トビアスが震える声で言った。


「去年の冬だ。

最初は、小遣い程度の賭けだったらしい。

でも、だんだん額が大きくなって……最後には、ミュラー家の領地の権利書まで賭けさせられた。

兄貴は今、実家の離れに閉じこもって、誰とも口をきかない」


「それで、場所を知ってるんだな」


「ああ。兄貴の日記に、入り方が書いてあった」


トビアスは、裏庭の奥にある古い礼拝堂を指差した。


「兄貴は、真面目な人だったんだ」


トビアスは、礼拝堂を見つめたまま、ぽつりと言った。


「男爵家の跡取りとして、ずっと勉強ばかりしてた。

賭け事なんて、一度もしたことがなかった。

……でも、学園で友達に誘われて、一度だけって。

最初の夜に、たまたま大勝ちしたらしい」


「……最初に勝たせるのは、常套手段だ」


「やっぱり、そうなのか」


トビアスは、悔しそうに唇を噛んだ。


「兄貴は言ってた。

『あそこの台は、小さく賭けると勝てるのに、大きく賭けると必ず負ける』って。

それでも、次こそは取り返せるって、通い続けて……」


大きく賭けた時だけ、必ず負ける台。


俺の頭の中で、一つの仕掛けの形が浮かび上がった。

黄金の胃袋のガルドの賽と、同じ匂いがする。


「トビアス。お前の兄貴の領地の権利書、取り返せるかもしれない」


「……え?」


「イカサマで巻き上げられたものなら、イカサマを暴けば、神殿の裁きで返させられる。

そうだろう、アレン」


「ああ。不正賭博による取引は、神殿の名において無効にできる」


トビアスの目に、初めて希望の光が灯った。

もう何十年も使われていない、蔦に覆われた石造りの建物だ。


「祭壇の裏に、地下の納骨堂へ下りる階段がある。合言葉は、『女神は二度振らない』」


俺は、隣に立つアレンと顔を見合わせた。


「アレン。お前は、少し遅れて入ってきてくれ。客のふりをしてな」


「審問官だと名乗った方が早くないか」


「名乗った瞬間、連中は証拠を隠して逃げる。……まずは、イカサマの現場を押さえる」


「お前が、それを暴く、と」


「ああ」


アレンは、渋々といった顔で頷いた。


「トビアス。お前は、ここで待ってろ」


「いや、俺も行く。兄貴の仇なんだ」


トビアスの目は、本気だった。


俺は少し考えてから、頷いた。


「分かった。ただし、何があっても俺の後ろにいろ」


  ◆


納骨堂の階段を下りると、そこは別世界だった。


かつて棺が並んでいたはずの石の広間に、緑の羅紗を張った賭博台がいくつも並んでいる。

魔石の燭台が妖しく揺らめき、学園の制服を着た生徒たちが、目を血走らせてチップを握りしめていた。


まるで、小さな黄金の胃袋だ。


広間の中央、一番大きなルーレット台の前に、黒い法衣をまとった痩せた男が立っていた。


教務主任のモルガン。学園では、規律に厳しい堅物の教師として知られている男だ。


「おや。これは珍しいお客様だ」


モルガンは、俺の顔を見て薄く笑った。


「決闘の英雄、ラングレー君ではないか。

君のような有名人が、こんなところに何の用かな?」


「噂を聞いてね。学園の地下に、面白い賭場があると」


「ほう。賭場育ちの血が騒いだかね」


「まあ、そんなところだ」


俺は、ルーレット台の前の椅子に腰を下ろした。


円盤には、零から三十六までの数字が刻まれている。

赤と黒が十八ずつ、そして店の取り分となる緑の零が一つ。


(次の一回で、赤の十七に止まる確率は?)


【3%】


三十七分の一。約二・七パーセント。加護のない、まともな数字だ。


(零に止まる確率は?)


【3%】


これも、まともだ。


ひとまず、小さく賭けながら様子を見ることにした。


一回、二回、三回。

勝ったり負けたりを繰り返しながら、俺は周りの客たちの賭けを観察した。


そして、気づいた。


ある二年生の男子生徒が、思い詰めた顔で、赤の十七に金貨百枚分のチップを積み上げた。


モルガンが「賭けはここまで」と宣言し、球を円盤に投げ入れた。


その瞬間、数字が変わった。


【赤の十七に止まる確率:3% → 0%】


【零に止まる確率:3% → 61%】


――来た。


球は、円盤の縁をからからと回り、やがて減速して、まるで吸い寄せられるように緑の零に落ちた。


「零。親の総取りだ」


男子生徒が、顔を覆って崩れ落ちた。


モルガンは、何事もなかったかのように、チップをかき集めた。


(……なるほど)


大きな賭けが入った時だけ、その数字はゼロになる。代わりに、緑の零が跳ね上がる。


円盤の下に、何か仕掛けがあるのだろう。

魔石の磁力か何かで、球を零に引き寄せる。

そして、仕掛けを動かすのは――。


俺は、モルガンの足元に視線を落とした。


法衣の裾の下で、右足の爪先が、台の脚の付け根にある小さな出っ張りの上に乗っていた。


踏み板だ。


大きな賭けが入った時だけ、それを踏む。

そうすれば、球は零に吸い寄せられる。

客の全員が負け、店が総取りする。


ゼロと百に近い数字。誰かが、意志をもって結果を決めた時に現れる数字だ。


  ◆


「ラングレー君。小さな賭けばかりでは、退屈ではないかね?」


モルガンが、挑発するように言った。


「決闘の英雄の、豪快な賭けっぷりを見せてもらいたいものだ」


「そうだな」


俺は、手元のチップの山から、金貨二百枚分を掴み取った。


そして、それを赤の十七の上に、どさりと積み上げた。


広間が、ざわめいた。


モルガンの目が、細く光った。


その直後。

誰にも見えないように、俺は残りのチップから金貨二十枚分を一枚だけつまみ上げ、

何気ない手つきで、緑の零の枠の端に置いた。

赤の十七の大きな山の陰に隠れて、ほとんど目立たない。


「賭けはここまで」


モルガンが、球を円盤に投げ入れた。


法衣の裾の下で、右足が踏み板を踏み込むのが見えた。


【赤の十七に止まる確率:0%】


【零に止まる確率:64%】


――ありがとう、先生。


球が、からからと円盤の縁を回る。

そして、まるで見えない糸に引かれるように、緑の零に吸い込まれていった。


「零。親の総取り――」


モルガンが、チップをかき集めようと手を伸ばし、そこで凍りついた。


赤の十七の大きな山の陰に、一枚のチップが置かれている。緑の零の枠の中に。


「零に、金貨二十枚」


俺は、指先でそのチップを叩いた。


「零の配当は、三十五倍だったな。七百枚、いただこうか」


モルガンの顔が、引きつった。


赤の十七で二百枚を失い、零で七百枚を得る。差し引き、五百枚の勝ちだ。


「……い、いつの間に、そんなところに」


「賭けを締め切る前に置いた。先生が、見ていなかっただけだ」


広間中の客が、固唾を呑んで見守っている。


モルガンは、震える手で七百枚分のチップを差し出した。

払わないわけにはいかない。

払わなければ、この賭場の信用が地に落ちる。


「さあ、次だ」


俺は、受け取ったチップの山から、今度は金貨五百枚分を掴み取った。

そして、また赤の十七に積み上げる。


モルガンの右足が、踏み板の上で止まった。


踏めば、球は零に落ちる。

そして、俺がまた零にこっそり賭けていたら、今度は何千枚という配当を払わされる。


踏まなければ、球はまともに回る。

三十七分の一で、俺の十七が当たれば、一万七千枚以上を払わされる。


(モルガンが、今回も踏み板を踏む確率は?)


【50%】


――ちょうど、半々だ。


迷っている。俺がまた零に賭けているかどうか、確かめられないからだ。


「……賭けは、ここまで」


モルガンは、踏み板から足を離した。そして、震える手で球を投げ入れた。


【赤の十七に止まる確率:3%】


まともな数字に戻った。


球は回り、やがて黒の八に落ちた。俺の五百枚は、店に取られた。


だが、それでいい。


「先生。さっきは、ずいぶんと零が出やすかったのに、今回は普通でしたね」


俺は、わざと広間中に聞こえる声で言った。


「大きな賭けの時だけ、零が出やすくなる台なんて、珍しいな。

……まるで、誰かが足で操っているみたいだ」


広間が、水を打ったように静まり返った。


さっき百枚を失った二年生の男子生徒が、ゆっくりと顔を上げた。

他の客たちも、モルガンの足元に視線を落としていく。


「ば、馬鹿なことを……」


モルガンは、慌てて台から一歩離れた。


「この台には、何の細工もない!」


――りぃん。


澄んだ鐘の音が、地下の広間に響き渡った。


  ◆


広間の入り口に、紺の制服を着た栗色の髪の青年が立っていた。


アレンは、銀の徽章を高く掲げた。


「女神神殿、第七審問官、アレン・クロウフォード。

この賭場を、不正賭博の疑いで検める」


モルガンの顔が、真っ青になった。


アレンがルーレット台の下を覗き込み、台の脚の付け根から、魔石を仕込んだ踏み板を引きずり出した。


客たちの間から、怒号が上がった。


「イカサマだったのか!」

「俺の金を返せ!」


モルガンは、混乱に乗じて広間の奥へと駆け出した。

祭壇の陰に、隠し扉があったらしい。


「待てっ!」


アレンが追いかけたが、モルガンは扉の向こうに消え、重い石の扉が音を立てて閉じられた。


「……逃げられたか」


アレンが、悔しそうに扉を叩いた。


俺は、モルガンがいたルーレット台の周りを見回した。


台の上に、一枚のカードが残されていた。逃げる時に、法衣から落ちたのだろう。


黒いカードだった。表面に、金色のインクで、七つのサイコロが円形に描かれている。


裏返すと、流麗な文字が記されていた。


『女神祭、王冠杯。ヴィクトル・ラングレーを、正式に招待する』


その下に、もう一行。


『辞退は認めない。

辞退した場合、天秤亭の銀髪の娘の「本当の名前」を、王都中に知らせることになるだろう。

――七つの賽より』


俺は、カードを握りしめた。


ノエルの、本当の名前。


バルトロの裏帳簿の最後のページに記されていた、走り書き。

『リュミエールの遺品』。

ノエルが、あの文字を見て青ざめた理由。


「ラングレー……」


トビアスが、おそるおそる俺の顔を覗き込んだ。


「お前、すごい顔してるぞ」


「……ああ。悪い」


俺は、黒いカードを懐にしまった。


(七つの賽が、この先ノエルに手を伸ばしてくる確率は?)


【100%】


また、百だ。


連中は、もう決めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。