↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2部スタート】ギャンブル中毒で放蕩三昧の悪役貴族、破滅ルートをひっくり返す  作者: 有馬 茶
第二章 学園社交界編 〜婚約破棄は神前で〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

第12話 元婚約者


セレスティーヌ・ローゼンハイムとの婚約が決まったのは、ヴィクトルが十歳の時だった。


ラングレー伯爵家とローゼンハイム侯爵家。

家格の釣り合いと、北の領地同士の付き合い。

どこにでもある、親同士が決めた婚約だ。


子供の頃の二人は、それなりに仲が良かったらしい。

ヴィクトルの記憶の底には、庭園で一緒に花冠を編んだ金髪の少女の姿が、ぼんやりと残っている。


だが、ヴィクトルの両親が相次いで亡くなり、こいつが賭場に入り浸るようになってから、全ては変わった。


一年前。王都のとある夜会で、セレスティーヌは大勢の貴族の前でこう言い放った。


『賭博に狂って家を潰すような方とは、結婚できませんわ』


そして、ヴィクトルの胸元に婚約の指輪を投げつけた。


……正直に言えば、あの時のセレスティーヌは間違っていなかったと思う。

当時のヴィクトルは、誰が見ても救いようのないクズだったのだから。


だが――。


  ◆


「あら、ヴィクトル様。ごきげんよう」


放課後の回廊で、その声は降ってきた。


金色の巻き髪。宝石のような碧の瞳。手には、孔雀の羽をあしらった扇。


セレスティーヌは、取り巻きの令嬢たちを引き連れて、優雅に微笑んでいた。


その隣には、背の高い黒髪の青年が立っている。

鋭い目つきに、鍛え上げられた体。

腰には、装飾の施された細身の剣を佩いていた。


カイン・ヴェルナー。ヴェルナー侯爵家の嫡男で、学園一の剣の使い手。


そして、セレスティーヌの新しい婚約者だ。


「学園に戻っていらしたのね。てっきり、もう退学なさったものと思っていましたわ」


「ごきげんよう、セレスティーヌ嬢。おかげさまで、まだ籍は残っていたよ」


「まあ。黄金の胃袋で、ずいぶんと稼がれたとか」


セレスティーヌは、扇で口元を隠した。


「審問官様と組んで、商人を罠にはめたのでしょう?

 さすがは、賭場育ちの方は手口が違いますわね」


取り巻きたちが、くすくすと笑う。


後ろに控えていたアレンの眉が、ぴくりと動いた。


「俺は、ヴィクトルと組んでなど……」


「アレン。いい」


俺は、片手でアレンを制した。


(この女が、俺を怒らせて何かを言わせようとしている確率は?)


【81%】


だろうな。ここで俺が声を荒らげれば、「やはり品のない男」と言いふらす材料になる。


「噂は、噂だよ。セレスティーヌ嬢」


俺は、穏やかに微笑んでみせた。


セレスティーヌの扇が、ほんの一瞬だけ止まった。思っていた反応と違ったのだろう。


「……相変わらず、口だけは達者ですこと」


カインが、一歩前に出た。


「ラングレー。セレスティーヌに近づくな。

お前のような男が、彼女の視界に入ることすら不愉快だ」


「近づいてきたのは、そっちだと思うが」


カインの目が、すっと鋭くなった。剣の柄に、手がかかる。


「――カイン様」


セレスティーヌが、扇でカインの腕に軽く触れた。


「おやめになって。決闘の作法も知らない方と、廊下で争うなんて」


カインは舌打ちをして、剣から手を離した。


二人は、取り巻きを引き連れて去っていった。


去り際、セレスティーヌは一度だけ振り返った。


「来週の、新学期の舞踏会。ヴィクトル様も、いらっしゃるのでしょう?」


「招待されれば」


「招待状は、わたくしがお送りしておきますわ。――楽しみにしていらして」


碧の瞳が、楽しげに細められた。


  ◆


「……なぜ言い返さなかった」


二人きりになると、アレンが不機嫌そうに言った。


「俺の名誉まで傷つけられたんだぞ」


「言い返したら、あの女の思うつぼだ」


俺は、回廊の窓から外を見下ろした。


中庭の向こうに、剣術の訓練場がある。

さっきの二人が、そこに向かっていくのが見えた。


「それに、気になることがある」


「気になること?」


「あの女、俺を挑発するためだけにわざわざ声をかけてきた。

舞踏会の招待状まで自分で送ると言った。

……何かを、仕掛けるつもりだ」


訓練場では、カインが剣の稽古を始めていた。


取り巻きたちが歓声を上げる中、カインは腰の短剣を抜いた。

訓練場の端では、従者が一人、林檎を一つ頭の上に乗せて立っている。


距離は、二十歩以上。


カインは、林檎を見もしなかった。

背を向けたまま、セレスティーヌと何か言葉を交わしている。


(カインの短剣が、あの林檎に当たる確率は?)


【18%】


当然だ。見てもいない的に、二十歩先から当たるはずがない。


だが次の瞬間、カインの唇がかすかに動いた。何かを呟いたように見えた。


その途端、数字が跳ね上がった。


【18% → 100%】


カインは、振り向きもせずに短剣を後ろへ放った。


短剣は、まるで糸で引かれるように宙を滑り――林檎のど真ん中を、正確に貫いた。


訓練場が、歓声に包まれた。


「……あれが、カイン・ヴェルナーの加護だ」


アレンが、低い声で言った。


「『必中』。狙った一撃が、必ず当たる。

どれだけ距離があろうと、見ていなかろうと関係ない。

あいつは、この学園の剣術大会で三年連続優勝している。

一度も、攻撃を外したことがないそうだ」


「必ず当たる、か」


俺は、窓枠に肘をついた。


さっき、数字が百に跳ね上がったのは、短剣を投げた瞬間じゃない。

カインが何かを呟いた瞬間――おそらく、狙いを「決めた」瞬間だ。


ゴードンのコインと同じだ。

誰かが意志をもって結果を決めた時、未来は百で固定される。


(……覚えておこう)


  ◆


その夜。


俺は、かつての黄金の胃袋――今は『天秤亭』と名前を変えた賭場を訪れた。


ドルマンから取り上げたこの店を、俺は「公正な賭場」として作り直した。

細工のある台は全て撤去し、ディーラーには新しい誓約をさせた。

客が勝つこともあれば、負けることもある。

それが、当たり前の賭場だ。


驚いたことに、客足はむしろ増えていた。

「あの店なら、イカサマはない」という評判が、王都中に広まったらしい。


「いらっしゃいませ、オーナー」


ブラックジャックの台で、ノエルが無表情に言った。


彼女は今、この店のディーラー長を務めている。契約ではなく、自分の意志で。


「その呼び方は、やめてくれと言っただろう」


「では、伯爵様」


「……もっと嫌だ」


「なら、ヴィクトル」


ノエルは、カードを配る手を止めずに言った。


不意に名前を呼ばれて、俺は一瞬言葉に詰まった。


「……ああ。それでいい」


ノエルの唇の端が、ほんのわずかに上がった気がした。


(ノエルが、今笑った確率は?)


【??】


……過去のことなのに、この眼に聞いてどうする。


しばらく、俺はノエルの台の端に座って、彼女の仕事ぶりを眺めていた。


客の一人は、まだ若い商家の手代のようだった。給金を握りしめてやってきたのだろう。最初は小さく賭けていたが、負けが込むにつれて、張る額がどんどん大きくなっていく。


典型的な、負けを取り返そうとして泥沼にはまる客だ。前世でも、何百人と見てきた。


ノエルは、カードを配る手を止めずに、静かに言った。


「お客様。今夜は、このあたりでおやめになった方がよろしいかと」


手代が、はっと顔を上げた。


「カードの流れが悪い夜は、誰にでもあります。また、別の夜にいらしてください。……今夜の負けは、今夜のうちに忘れた方がいいわ」


手代はしばらく迷っていたが、やがて残ったチップを握りしめて、ぺこりと頭を下げて帰っていった。


「……今のは、お前の考えか?」


「ええ。負けが込んだお客様には、ディーラーから声をかける。新しい天秤亭の決まりにしたの」


ノエルは、次の客にカードを配りながら言った。


「黄金の胃袋は、お客様が全部なくすまで搾り取る店だった。私は、それを毎晩、一番近くで見てきたから」


「店の儲けは減るぞ」


「その代わり、お客様はまた来てくれる。全部なくした人は、二度と来ないもの」


――ああ、そうか。


客足が増えた理由は、イカサマがないからだけじゃなかったのか。


「……いいディーラーだな、お前は」


ノエルは何も答えなかった。ただ、カードを配るその手つきが、ほんの少しだけ、いつもより丁寧になった気がした。


  ◆


「伯爵様、大変だ!」


店の奥の事務室で帳簿を見ていると、ラットが飛び込んできた。


「ヴェルナー家が、ラングレー領の北の丘陵の周りの土地を、片っ端から買い漁ってる!」


「北の丘陵?」


「ああ。岩だらけで、作物も育たねえ荒れ地だろ?

 なのに、ここ一ヶ月で周りの村の土地を、相場の三倍で買ってるんだ」


ゴードンが、静かに口を開いた。


「坊ちゃま。

北の丘陵は、先々代の頃に一度、鉱山の調査が行われたことがございます。

その時は何も出なかったと聞いておりますが……」


「それがさ」


ラットが、にやりと笑った。


「ヴェルナー家に雇われた測量士が、酒場で酔っ払って口を滑らせたんだ。

『あの丘の下には、魔石の鉱脈が眠ってる。

王国で一番でかい鉱脈だ』ってな」


魔石。


この世界の照明や魔道具の動力源になる、貴重な鉱石だ。

大きな鉱脈が一つあれば、それだけで侯爵家が三つは買える。


「周りの土地は、もう買い占めた。残ってるのは――」


「丘陵そのもの。つまり、ラングレー家の土地だけか」


ラットが頷いた。


俺は、帳簿を閉じた。


セレスティーヌの挑発。カインの必中。わざわざ送ると言った、舞踏会の招待状。


点と点が、線で繋がっていく。


(ヴェルナー家が、ラングレー家の丘陵を奪いに来る確率は?)


【97%】


「……来週の舞踏会か」


その時、事務室の扉が控えめに叩かれた。


店の給仕が、一通の封筒を差し出す。

薔薇の香りがする、上質な紙。

封蝋には、ローゼンハイム侯爵家の紋章。


舞踏会の招待状だった。


封を切ると、流麗な筆跡でこう書かれていた。


『ヴィクトル・ラングレー様。新学期の舞踏会にて、あなた様に、ぜひともお伝えしたいことがございます。――あなたの元婚約者、セレスティーヌ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。