反証できない話 2
文学部棟の三階には給湯室がある。ゼミでお茶を淹れるためのものらしいが、たいていは誰かがカップ麺の湯を入れるのに使っている。
僕はそこで、弁当箱を洗っていた。
二段重ねの、薄い水色のやつだった。蓋のパッキンを外すのに手間取って、外したはいいが今度は戻せなくなった。仕切りのプラスチックの隙間に、米粒が一つ挟まっていた。爪で取った。
「なにしてんの」
背中から声がした。隆二だった。
「洗い物」
「見りゃわかる。なんで女物の弁当箱を洗ってんのかって話をしてんの、俺は」
「……頼まれて」
「誰に」
「……」
隆二は僕の手元をじっと見て、それから壁にもたれて腕を組んだ。
「桃井さんだろ」
「なんでわかるんだよ」
「お前が女物の弁当箱持ってる時点で、可能性がそれしかない」
なんとなく失礼な理屈だったが、事実なので反論しなかった。
「で、付き合うことになったの」
「なってない」
「じゃあフラれたのか」
「それも違う」
「どっちでもないってことある?」
「ある」
隆二は「ふうん」と言って、自販機で買ったらしいコーヒーのプルタブを開けた。
「お前さ、朝からずっと顔色悪いけど」
隆二は缶コーヒーを口元まで持ち上げて、そこで止めた。さっきまでの軽い調子が少し消えて、僕の顔を覗きこむ。
「なんか困ってんだろ」
僕はスポンジを置いた。蛇口の水が弁当箱の底で跳ねて、袖が濡れた。
困っている。それは間違いない。ただ、何をどう話せばいいのか分からなかった。人の死が分かるなんて話を、いきなり信じろというほうが無理だ。
「言えよ」
「言っても信じないと思う」
「信じるかどうかは俺が決めることだろ。言うかどうかは、お前が決めることで」
そういうことを、この男はときどき何気なく言う。
考えて言っているのか、たまたまそうなっただけなのかは、いまだにわからない。
「……そのうち言う」
「そのうちって、いつ」
「わからない」
「じゃあカツカレー奢れ」
「なんで」
「出席カード偽造した口止め料」
僕はパッキンを戻すのを諦めて、弁当箱と一緒にビニール袋に入れた。
「四百八十円だぞ」
「知ってる。だから頼んでんの」
口止め料にしては、ずいぶん安い。たぶん隆二は、いまは話さなくていいと言っているのだ。四百八十円で、それ以上は訊かないことにしてくれるらしい。




