ノイズ 4
二限は、僕にも講義があった。
三十人ほどの小さな教室で、近代文学の演習だ。誰かが発表をして、教授が補足をして、誰かが質問をした。僕はノートを開いたまま、一文字も書かなかった。
考えていたのは、ずっと同じことだった。
言わなければ、何も起きない。彼女は今日どこかで死んで、僕は明日それを知って、あとは一生そのことを考えながら生きる。
言えば、頭のおかしい男だと思われる。それで終わるかもしれない。でも、終わらないかもしれない。
どちらが怖いかと言えば、圧倒的に前者だった。
チャイムが鳴った瞬間に、僕は鞄を掴んで教室を出た。発表への感想を書いて提出する紙があったはずだが、机に置いてきてしまった。
語学棟まで小走りで行って、三階の廊下で息を整える。
扉が開いて、学生が出てくる。彼女は最後のほうに出てきた。文庫本を脇に抱えて、誰とも喋らずに、まっすぐ廊下を歩いてくる。
僕は壁から背中を離した。
「桃井さん」
彼女が足を止めた。振り返って、僕を見て、少しだけ首を傾げる。
「……さっきの人」
「秋川です。秋川正宗。同じ学科の」
「知ってるわ」
知られていると思っていなかったので、一瞬言葉に詰まった。
「知ってるんだ」
「毎週同じ教室にいるもの。あなた、いつも遠山くんの隣に座ってる」
彼女は僕の顔を、少し不思議そうに見た。
「さっき、具合が悪そうだったけど」
「ああ……いや、平気です」
「そう」
それで会話が終わりそうになったので、僕は慌てて続けた。
「あの、話があって」
「話」
「変な話なんですけど」
彼女が、ほんの少しだけ目を大きくした。
「変な話」
「はい」
「どのくらい変?」
「……たぶん、いままで聞いたどの話よりも」
そう言ったとき、彼女の口元が動いた。笑ったのだと気づくのに、少しかかった。
「聞くわ」
「え」
「私、変な話は好きなの。オカルトなら、なお良い」
彼女は文庫本を持ち替えて、廊下の先を指した。
「屋上に行きましょう。私、いつもそこでお昼を食べてるから」




