ノイズ 3
三階の男子トイレで、僕は個室に入って鍵をかけた。
便座の蓋を下ろして、その上に座る。両手で耳を塞ぐ。無駄だとわかっていても、そうせずにいられない。
音は一分ほどで消えた。
いつもそうだ。来て、鳴って、勝手に消える。こちらの都合など一切聞かない。
僕は膝に肘をついて、しばらく床のタイルを見ていた。
三度あった。
一度目は猫で、二度目は近所の老人で、三度目は高校のクラスメイトだった。
三度とも、そのあと二十四時間以内に死んだ。
二十四時間以内に死ぬ人間を見ると、僕の頭にノイズが走る。それが僕の持っている唯一の、まったくありがたくない力だ。
誰が死ぬのかは、正確にわかる。
どうして死ぬのかは、何ひとつわからない。
外から、水を流す音がした。誰かが入ってきて、誰かが出ていく。手を洗う音。笑い声。廊下の向こうで、教授のマイクがまたハウリングしている。
世界はまったく普通だった。
僕は携帯を出して、時刻を見た。
九時七分。
明日の朝、この時刻まで。
三度目のときのことを、いまでも覚えている。
高校二年の放課後だった。部活に行こうとしていた同じクラスの男子と、廊下ですれ違った。彼は「じゃあな」と言った。僕は「おう」と言った。その瞬間に、音が鳴った。
僕は何も言わなかった。
言ってどうなる。お前は今日死ぬから家から出るな、と言ったところで、殴られるか笑われるかのどちらかだ。そう自分に説明して、僕はそのまま帰った。
その夜、彼は自転車ごとトラックに轢かれた。
葬式に行って、焼香をあげて、遺族に頭を下げた。彼の母親が僕の手を握って「仲良くしてくれてありがとう」と言った。
僕はあのとき、何も答えられなかった。
喉の奥に何かが詰まって、声が出なかった。
あれを、もう一度やるのか。
個室の扉を、誰かがノックした。
「正宗、いる?」
隆二の声だった。
「……いる」
「やっぱりな。鞄持ってきたぞ」
僕は鍵を開けた。隆二が僕の鞄を差しだして、それから僕の顔を見て、眉をひそめた。
「顔、真っ白だぞ」
「そう?」
「そうだよ。保健センター行くか」
「いい。寝不足なだけ」
「嘘つけ」
隆二はそう言ったが、それ以上は追及しなかった。こういうところが、この男の一番いいところだと思う。
「出席カードは?」
「出しといた。お前の字、真似して書いたけど」
「単位なくなるって言ってただろ」
「バレなきゃ罪じゃない」
僕は笑おうとして、うまくいかなかった。
「隆二」
「ん」
「桃井さん、二限って何」
隆二はキョトンとした顔をする。それから、ゆっくりと口の端が上がっていく。
「お前、まさか?」
「そういうんじゃない」
「そういうんだろ」
ポンと、肩を叩いてくる。ニヤニヤと笑いがとまらないといった様子だ。これ以上、否定をするのも面倒なので黙ったまま俯いた。
「シラバス見りゃわかるけど、たぶん語学だな。二限のあとは昼休みだ」
「ありがとう」
「おい、待て。待てって。おい」
僕は鞄を肩にかけて、トイレを出た。




