ノイズ 2
第三講義室は、階段状に椅子が並んだ大きな部屋だ。百二十人が座れて、ほとんどが埋まっている。僕らは中段のいつもの席に陣取った。
教壇では、白髪の教授がマイクの音量と格闘していた。毎週やっている。そして、毎週負けている。
「ハウリングするんですよ、これが」
誰も聞いていない。
隆二が隣で、購買のメロンパンを袋から出しはじめた。
「講義中に食うなよ」
「食わないと死ぬ」
「死なないよ」
九時ちょうど。教授が出席カードの束を持ち上げた。
「前から回してください。書いたら後ろへ。隣の分を代筆したら単位はありません」
教室がゆるく笑う。紙の束が、前の列から後ろへ、蛇行しながら降りてくる。
僕は鞄からシャープペンを出した。
斜め前の席で、誰かが振り返った。
束を差しだされる。細い手だった。爪が短く切ってある。
「どうぞ」
顔を上げたのは、本当に、ただの反射だった。
受け取るときに目も合わせないのは、さすがに失礼だと思っただけだ。
桃井怜奈が、こちらを見ていた。
前髪の隙間から、黒い目がまっすぐ僕を見ていた。近くで見ると、思っていたより睫毛が長くて、目の下に薄い隈があった。
その、一秒か二秒のあいだに、教室が傾いた。
机も、天井も、教壇も、すべてが一方向へぐにゃりと引き伸ばされる。
そして音が来た。
ラジオの周波数が合っていないときの、あの音。それを頭蓋骨の内側に直接流しこまれる。高くて、平たくて、どこまでも続く。鼓膜ではなく、脳の芯のほうで鳴っている。
手から紙の束が落ちた。
「――っ」
床に散らばった出席カードを、前の席の男が「おわっ」と言いながら拾いはじめる。桃井怜奈が何か言った。口が動いたのは見えたが、音は聞こえなかった。
「正宗?」
隆二の声だけが、なぜか届いた。
「おい、どうした。おい、正宗」
僕は立ち上がって、鞄を掴んだ。
視界の端が白く焼けている。段になった通路を、手すりを頼りに降りる。扉に手をかけたとき、教授が「どうしました」と言ったような気もしたが、答えられなかった。




