死因が分からない
「秋川くん。携帯、貸して」
何に使うのか分からず、僕は彼女を見た。
「私のは電池が少ないの。今日はいつ何があるか分からないから、残しておきたい」
なるほどと思って、ポケットから携帯を取り出した。
僕は携帯を渡した。彼女はフェンスにもたれたまま、片手で操作しはじめた。
「何を調べるんですか」
「死因」
言い方があまりに普通だったので、返事が遅れた。
「二十歳の女が死ぬとしたら、何で死ぬのか。全部調べて、一つずつ潰していくのよ。それ以外にやりようがないでしょう」
「……そうですね」
「秋川くんは三限のあいだ、何をしていたの」
「検索していました」
「何て」
「……『明日 死ぬとしたら』」
彼女が顔を上げた。
一瞬、何とも言えない顔をして、それから小さく息を吐いた。
「何が出てきたの」
「やりたいことをやりましょう、と書いてありました」
彼女は少しだけ眉を下げた。
「……まあ、そうなるわよね」
自分でも検索の仕方が雑だったと思って、少し気まずくなった。
彼女はまた画面に目を戻した。指の動きが速い。文献検索に慣れている人間の手つきだった。
「あったわ。厚生労働省の人口動態統計。二十歳から二十四歳の女性」
彼女は呟くように、読み上げる。
「第一位、自殺」
空気が止まった。
彼女は画面を見たまま続けた。
「第二位、悪性新生物。要するに癌ね。第三位、不慮の事故。第四位、心疾患。第五位、脳血管疾患」
僕は何も言えなかった。
「上から潰しましょう。まず自殺」
彼女は携帯を下ろして、僕を見た。
「私は自殺しないわ」
「はい」
「ここ数年、死にたいと思ったことは一度もない。人付き合いは苦手だし、友達もいないけど、それで死のうと思ったことはないの。本を読んでいれば大体のことは平気だったから」
彼女はそこで一度言葉を切った。
頭の中の候補から、自殺という可能性をひとつ消したようだった。
国道のほうから、救急車のサイレンが聞こえてきた。音はしばらく近くに残って、それから少しずつ遠ざかっていった。
「……でも」
彼女の声が小さくなった。
「いま私が言ってるのは、今日の五時五十分の私の話よね」
言われている意味がすぐには掴めず、僕は黙って彼女を見た。
「明日の朝の私が、何を考えているかは、私にも分からないわ」
彼女の手の中で、僕の携帯が小さく揺れた。親指が画面の端をなぞっては離れ、持ち直すたびに少しずつ位置が変わる。
「秋川くん。私、いま初めて自分のことが怖くなった」
僕は立ち上がった。
「だったら、今日は一人でいないほうがいいと思います」
落ち着きなく動いていた指が、ぴたりと止まった。
「少なくとも、明日の朝までは」
細い首筋が動いて、ゆっくりと顔が上がった。
目を丸くした彼女と、視線がぶつかる。
「重い提案ね」
「あっ、いや。そんな深い意味は……」
「いいのよ、分かってる。私を助けようとしたんでしょう」
何事もなかったように携帯へ視線を戻す。
けれど、さっきまで落ち着きなく動いていた指は、もう止まっていた。
仕切り直すようにして、彼女が咳払いを一つしてから、言った。
「自殺の次は、癌。これは今日明日で進行するものじゃないから、まあ、消していいと思う」
「そうですね」
「事故。これは避けようがあるわ。外を歩かない、車道に近づかない、高いところに行かない、火を使わない」
「はい」
「心疾患と脳血管疾患」
彼女はそこで止まった。
「これは、どうやって避けるのかしら」
僕は答えられなかった。
彼女は携帯を僕に返した。画面には、まだ統計の表が出ていた。
縦と横のそれぞれの軸が何を意味しているのかが分からない。
視線を行ったり来たりさせている間に、彼女の思考はまとまっていた。
「病院に行きましょう」
「いまからですか?」
「そうよ、いま。心臓と脳を調べてもらえば、少なくとも二つ消えるでしょう」
それは確かに、今日一日で唯一、はっきり意味のあることに聞こえた。
病気によるものだとしたら何かしら不調をきたしているはず。
僕はポンと片手を叩き、大きく頷いた。




