EP 7
月に一度の棚入れデスマ! 鬼店長と最強バイトたちのドタバタ営業準備
「いいか、お前ら。俺のスキル『マンション』に付随するホームセンター『タローマン』の在庫は、月に一度、自動でバックヤードの異空間倉庫に補充される」
雲ひとつない青空が広がる、ある日の早朝。
マンション1階の店舗スペースの中央で、俺は腕を組みながら二人の従業員に訓示を垂れていた。
タローマンのロゴが入ったエプロンをきっちりと締め、手にはバインダー。口には火のついていないセブンスター。俺の纏う空気は、かつてブラック企業の最前線で修羅場をくぐり抜けてきた『鬼店長』のそれだった。
「自動補充……なんと素晴らしい魔法だ! さすがは店長の城(要塞)!」
「凄いです、春太さん! じゃあ、私たちは何もしなくても品物がお店に並ぶんですか?」
タローマンの特大エプロンを首から下げた巨漢竜人のイグニスと、可愛くエプロンを着こなした月兎族のキャルルが、目を輝かせて俺を見上げている。
俺は、無慈悲に首を横に振った。
「甘い。甘すぎるぞ、お前ら。いいか、補充されるのはあくまで『バックヤード』だ。つまり、何千個という段ボール箱に入った商品たちを、営業時間までに手作業で開封し、分類し、売り場の棚に綺麗に並べる必要がある。……所謂、『棚入れ』という地獄の作業だ」
「て、手作業……?」
「そうだ。今日中に5000点の品出しを完了させる。……命を燃やす準備はいいか?」
俺が静かに凄むと、二人はゴクリと息を飲んだ。
だが、すぐにイグニスが巨大な両手で胸をドンと叩く。
「任せてくだせぇ、店長! 俺様はこの城の右腕! どんな重い荷物だろうが、竜人の誇りにかけて全速力で運んでみせますぜ!」
「私もやります! 春太さんを休ませるためなら、段ボールの山なんて一瞬で消し飛ばして見せます!」
やる気満々の二人を見て、俺はニヤリと笑った。
「よし。作業開始だ!」
*
「イグニス! セメント袋と園芸用の培養土は第3アイルだ! バーコードは手前に向けて積め! 先入れ先出しが基本だぞ!」
「うおおおおっ! 店長、任せろォォッ!」
タローマンの広大な店内を、身長2メートルの竜人が爆走する。
イグニスは左右の腕にそれぞれ20キロのセメント袋を5つずつ(計200キロ)抱えながら、軽快なステップで売り場を往復していた。普通ならフォークリフトが必要な作業を、己の肉体一つでこなす生きた重機だ。
「店長! 最上段の棚が空いてるぜ! 俺様が空から並べてくる!」
「バカ、待て! 店内で翼を広げるな! ホコリが舞って商品が汚れるだろうが! 横に置いてある三連はしごを使え!」
「お、おう! すまねぇ店長! はしごだな!」
怒鳴り声を上げながらも、俺は内心で舌を巻いていた。
とにかくパワーがあり余っているイグニスは、力仕事において右に出る者がいない。細かい指示さえ的確に出せば、これほど頼もしいアルバイトは現代日本にもいないだろう。
一方、別の通路では、凄まじい風切り音が鳴り響いていた。
「シッ! ハァッ! セイッ!」
シュババババババッ!!
月兎族の俊敏性を極限まで高めたキャルルが、両手に持った『ダブルトンファー』を超高速で振るい、うず高く積まれた段ボール箱のガムテープだけをコンマ一秒の正確さで切断していた。
「月影流・段ボール崩し……っ! 春太さん、開封終わりました! 次のパレットをお願いします!」
「お、おう……。相変わらず凄いな。でもキャルル、中身の洗剤に傷をつけるなよ?」
「ふふっ、心配ご無用です! 愛する春太さんのお店の商品、傷ひとつつけませんから!」
キャルルは俺に向かってウインクを飛ばすと、今度は開封した商品をマッハの速度で棚へと陳列していく。商品がブレて見えるほどのスピードだ。
竜人のパワーで大型資材を運び、月兎族のスピードで小物を陳列する。
そして、俺が全体の動線を指揮し、在庫のバランスを調整する。
魔王討伐のパーティーにしてはひどく地味だが、『ホームセンターの品出しパーティー』としては、間違いなく世界最強の布陣だった。
「よし、お前ら! ペースいいぞ。その調子でドッグフードと日用品のコーナーも終わらせるぞ!」
「「応ッ!!」」
息の合った返事が、店内に響き渡る。
前職では、アルバイトに指示を出しても「えー、めんどくさ」「店長やっといてくださいよ」と舌打ちされるのが日常だった。
それに比べて、なんだこの圧倒的なチームワークと連帯感は。
俺はバインダーにチェックを入れながら、思わず口元をほころばせていた。
*
昼過ぎ。
予定の半分以上の作業を終えたところで、俺は号令をかけた。
「作業ストップ! 15分間の小休止(休憩)を取るぞ!」
「ふぃ〜っ……! 疲れたぜ……」
イグニスが床にドスンと座り込む。キャルルも額に汗を浮かべながら、俺のそばへと寄ってきた。
俺はバックヤードの冷蔵庫から冷えた缶コーヒーと、甘いチョコレート菓子の袋を取り出し、二人に放り投げた。
「ほら、糖分とカフェインの補給だ。よくやってるな、二人とも」
「こ、これは……ッ! 以前いただいた、あの『神の泥水(缶コーヒー)』! しかも冷えっ冷えだ!」
プシュッ、と缶を開け、イグニスが美味そうに喉を鳴らす。
「くはぁぁっ……! 疲れ切った竜の体に、黒い液体が染み渡るぜ……! 店長、休憩までくれるなんて、本当にアンタは最高のボスだ!」
「当たり前だ。適度な休憩を挟まない労働は効率が落ちるからな」
「うぅっ、人間の冒険者ギルドじゃ、休憩なんて口にしただけで蹴り飛ばされたのに……俺様、一生ここで働きます!」
「涙で床を濡らすな、後でモップがけが面倒だろ」
俺が苦笑していると、横からスッと冷たいタオルが俺の額に当てられた。
「春太さんも、お疲れ様です。はい、汗拭いてくださいね」
「おお、サンキュ、キャルル。……って、おい、近い近い」
キャルルが俺の隣にピタリとくっつき、俺の顔の汗を甲斐甲斐しく拭いてくれる。石鹸のような、女の子特有のいい匂いが鼻をくすぐり、俺は少し居心地が悪くなって視線を逸らした。
「春太さん、肩凝ってませんか? 私がマッサージしてあげます!」
「いや、俺は別に大した力仕事は……あだだだだッ!!?」
「えいっ、えいっ♡」
キャルルの細い指が俺の肩に食い込む。
見た目は可愛いが、彼女の握力は岩を砕く月兎族の戦士のものだ。俺の貧弱な肩の筋肉が、メキメキと悲鳴を上げている。
「痛い痛い! キャルル、力が、力が強い!」
「ああっ、ごめんなさい! つい春太さんの心音が早くなってるのが嬉しくて、力が入っちゃいました……!」
「俺がドキドキしてたんじゃなくて、命の危機を感じた心拍数だ!」
キャルルが慌てて俺の肩をさすり、それを見ていたイグニスが「ガハハハッ! 店長は戦いに関してはからっきしだからな!」と腹を抱えて笑う。
俺も肩を回しながら、思わず一緒に吹き出してしまった。
「お前らなぁ……。よし、休憩終わりだ。残りの陳列を終わらせて、店をピカピカにするぞ」
「はいっ! 春太さん!」
「おうよ、店長!」
再び作業に戻る二人。
その背中を見つめながら、俺は冷えた缶コーヒーを呷った。
ブラック企業の過労死から始まった異世界生活。理不尽に満ちた世界だが、こいつらとなら、どんなトラブル(クレーム)が来ても乗り越えられる気がする。
「……ま、最高のパーティー(従業員)だな」
夕方。
無事に5000点の棚入れを完了し、美しく商品が陳列されたタローマンの店内を見て、俺たちは大きな達成感に包まれていた。
「お疲れさん、二人とも。今日のノルマは完璧に達成だ」
俺はエプロンを外し、ニヤリと笑って告げた。
「今日の夜は、マンションの屋上を開放する。タローマンの備品を使った『屋上ビアガーデン』の開催だ。ロックバイソンの肉を使ったジンギスカン(焼肉)と、冷えたビール(未成年と兎はジュース)を好きなだけ食っていいぞ」
「「本当ですか(だぜ)ッ!?」」
二人の目が、今日一番の輝きを放つ。
沈みゆく異世界の夕陽が、マンションの屋上をオレンジ色に染め上げていく。
俺たちの絆は、この泥臭い労働と他愛のない日常を通じて、誰にも引き裂けないほど強固なものになりつつあった。
読んでいただきありがとうございます。
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