EP 5
不器用な竜人の見栄と、コンクリート城の右腕
エンジン式水中ポンプの稼働によってポポロ村の水不足問題が解決してから、数日が経った。
日が落ちかけた夕暮れ時。俺は10階建てのマンションの裏手にある搬入口で、タローマンの備品であるパイプ椅子に座り、コーヒーを飲みながらセブンスターをふかしていた。
「……平和だ」
誰もクレームの電話をかけてこない。本社からの理不尽な追加発注のFAXも鳴らない。
この数日、俺はイグニスと共にタローマンの在庫を整理しつつ、キャルルが持ってくる村の細々とした修繕依頼(ドアの蝶番直しや、屋根の雨漏り補修など)をホームセンターの資材でこなしていた。
異世界スローライフ、とまではいかないが、ブラック企業時代に比べれば天国のような労働環境だった。
そんな穏やかな夕暮れを切り裂くように、背後の路地からコソコソとした足音が聞こえてきた。
「……よし、今月もバッチリだ。これを配達ギルドのトライバード(鳥型魔獣)に頼んで、親父とお袋のところに……」
見ると、身長2メートル超えの巨漢竜人・イグニスが、自分の体格には全く似合わない小さな封筒を大事そうに抱え、キョロキョロと周囲を警戒しながら歩いていた。
「お疲れ、イグニス。何やってんだ?」
「ひぃぃっ!? て、店長ッ!?」
俺が声をかけた瞬間、イグニスは文字通り飛び上がり、手から封筒を落とした。
中から、一枚の『魔導写真』が滑り落ちる。
俺は立ち上がってそれを拾い上げた。
「な、見ないでくれ店長! それは俺様の……!」
「ん? なんだこれ……」
写真に写っていたのは、満面の笑みでダブルピースをするイグニスの姿だった。
……が、背景がどう見てもおかしい。明らかに作り物の『純金でできた巨大な城』が背後にあり、しかもイグニスと背景の光の当たり方(レイヤーの境界線)が致命的にズレている。現代日本で言えば、初心者が作ったコラ画像そのものだった。
「イグニス、お前……これ、魔導合成写真(コラ画像)か?」
「うぅっ……! そ、そうだ……」
イグニスは観念したように膝から崩れ落ち、巨大な両手で顔を覆った。
「ポポロ村に来る前、日雇いの瓦礫撤去でもらった給料の半分を使って、胡散臭いドワーフの写真屋に作ってもらったんだ。……親父たちには、『俺様は人間の国で大出世して、城を建てた』って手紙を送っちまってたから……毎月、こうして嘘の写真を送らないと怪しまれるんだよぉ……」
ポロポロと、竜人の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「俺様は、竜人の里の『試練の門』を最速で突破した逸材だったんだ。親父もお袋も、村の奴らも、みんな俺様が人間の国で英雄になるって信じて送り出してくれた。……なのに、俺様は不器用で、冒険者パーティーを全部クビになって……残ったのは、この無駄にデカい図体と、見栄っぱりのプライドだけだ……っ!」
地面に拳を叩きつけ、イグニスは声を上げて泣き崩れた。
こんな惨めな嘘がバレたら、雇い主である俺に呆れられ、見捨てられると思ったのだろう。
だが、俺はイグニスを笑うことなんて、到底できなかった。
『――春太、ちゃんとご飯食べてる? こっちの野菜送ったからね。無理しちゃダメよ』
ふと、脳裏に母親からの電話の声が蘇った。
俺が新卒でタローマンに入社し、初めて店長を任された頃だ。
現実は、毎日のサービス残業と理不尽なクレーム処理で胃に穴が開きかけ、休憩室で半額の冷めたコロッケをかじりながら泣いていた。
それでも俺は、電話口の母親に向かってこう言ったのだ。
『ああ、大丈夫だよ。今はプロジェクトの責任者を任されててさ、部下もたくさんいるんだ。今日もこれから、ステーキ食いに行くところだよ』
期待を背負って故郷を出た人間の『見栄』が、どれほど重く、苦しく、そして切実なものか。俺には痛いほど分かった。
親を安心させたい。期待を裏切りたくない。その一心で吐く嘘は、自分自身の心を一番深くえぐるのだ。
「……イグニス」
「う、うぅ……すまねぇ、店長。嘘つきで不器用な俺様は、やっぱり店長の下にいる資格なんて……」
「お前、コラ画像のセンスねぇな」
俺は短くなったセブンスターを携帯灰皿に捨て、イグニスの頭をポンと叩いた。
「えっ……?」
「光の当たり方もおかしいし、そもそも純金の城なんて悪趣味すぎて嘘くさいだろ。親を安心させるための嘘なら、もっとリアリティを持たせろ」
「て、店長……俺様を、軽蔑しないのか……?」
「するわけないだろ。期待を背負う重さは、俺も前の職場で嫌ってほど味わったからな」
俺は魔導合成写真を破り捨て、イグニスの腕を引いて立たせた。
「来い、イグニス。俺たちが『本物の写真』を撮ってやる」
俺はイグニスを連れて、タローマンの1階資材置き場へ向かった。
そこから引っ張り出してきたのは、農業・土木コーナーの目玉商品――『大型乗用草刈り機(四輪バギータイプ)』だ。真っ赤な塗装が施された、ゴツくて男心をくすぐる無骨なフォルムの機械である。
「な、なんだこの鋼鉄の獣は……!?」
「いいから、それに乗って、お前のそのデカい両手斧を構えろ。……よし、いいぞ。そのまま動くなよ」
俺はイグニスを乗用草刈り機に跨がらせ、マンションの正面へと移動させた。
夕闇が迫る中、10階建ての鉄骨コンクリートマンションの全貌が、圧倒的な質量と威圧感を持ってそびえ立っている。1階の『タローマン』のネオンサインが、サイバーパンクな魔導要塞のような異様な輝きを放っていた。
俺は自分のスマートフォン(なぜか異世界でもカメラ機能とアルバムだけは生きていた)を取り出し、画角を調整する。
そびえ立つコンクリートの巨城。
光を放つ謎の魔法陣。
そして、その前で鋼鉄の獣(草刈り機)に跨がり、巨大な両手斧を構える歴戦の竜人戦士。
「……完璧だな」
パシャリ、とシャッターを切る。
液晶画面に映し出されたその写真は、合成など一切必要ない、最高に『威厳のある要塞の幹部』そのものだった。
俺は異世界の写真屋の『魔導プリント機』を借りて、その画像を一枚の写真に焼き付けた。
「ほら、これを見ろ」
「こ、これは……ッ!?」
出来上がった写真を見たイグニスは、言葉を失った。
「実家にはこう手紙を書け。『俺は今、最前線の巨大な城で、鋼鉄の機獣を駆る幹部(右腕)として雇われている』ってな」
「て、店長……でも、こんな凄そうな城の幹部だなんて……また嘘を……」
「嘘じゃないさ」
俺はもう一本、タバコに火をつけて笑った。
「お前は、このマンション(城)の主である俺が雇った、たった一人の大事な従業員(右腕)だ。今はまだただの小売業のアルバイトかもしれないが……いつかお前の両親をここに呼んで、胸を張って『ここは俺が守ってる城だ』って言えるようにしてやる」
だから、それまでは堂々と見栄を張ってろ。
俺がそう告げると、イグニスの瞳から、今度は本物の大粒の涙が滝のように溢れ出した。
「う、うおおおおおおおおんッ!! てんちょおおおおおッ!!」
「うおっ、バカ、抱きつくな! 重い! 肋骨折れる!」
身長2メートルの巨漢が、子供のように声を上げて俺に抱きついてきた。
竜人の圧倒的な力で締め付けられ、俺は息を詰まらせながらも、その背中を不器用に叩き返してやった。
「俺様……俺様、一生ついていきます!! たとえ魔王軍が来ようが、天の神々が降臨しようが、この命に代えても店長とこの城を守り抜いてみせます!!」
「分かった、分かったから離せ。まずは明日の棚卸しを頑張ってくれ」
不器用で見栄っ張りな竜人の男。
だが、その心根は誰よりも純粋で、義理堅い。
異世界に転生して手に入れた、最強のインフラ能力。
しかし、俺にとって一番の財産は、この『絶対に裏切らない相棒』を手に入れたことなのかもしれないと、夕焼け空を見上げながら密かに思っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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