EP 4
元社畜店長、異世界のブラック労働(水汲み)をインフラで粉砕する
月兎族の村長・キャルルに案内され、俺とイグニスはポポロ村の内部へと足を踏み入れた。
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三大国の国境が交わる緩衝地帯。そんな物騒な場所に位置する村だと聞いていたが、実際のポポロ村は、のどかで牧歌的な農村だった。
ただ、村の雰囲気はひどく沈み込んでいた。
それもそのはずだ。強い日差しが照りつける中、村人たちが総出で――それこそ、腰の曲がった老人や小さな子供までもが、重い木のバケツを抱えて必死に村と川を往復していたのだ。
「……ハァ、ハァ……っ! みんな、もう少しの辛抱です! 太陽芋と月見大根の畑だけは、絶対に枯らさないで……っ!」
キャルル自身も、自警団のパーカーを泥だらけにしながら、両手に巨大な水桶を持って畑に水を撒いている。彼女の顔には、隠しきれない疲労が色濃く浮かんでいた。
「おいおい、何かの罰ゲームか?」
俺が呆然と呟くと、水を撒き終えたキャルルが肩で息をしながら説明してくれた。
「……数日前の夜、野生のロックバイソン(牛型魔獣)の群れが暴走して、村の畑に水を引いている水路を破壊してしまったんです」
「水路が?」
「はい。ドンガン地下帝国のドワーフの職人さんに修理を依頼していますが、到着は早くても来週になります。それまで、こうして人力のバケツリレーで川から水を運ばないと、村の収入源である作物が全滅してしまうんです……っ」
それを聞いて、俺の脳裏に最悪のトラウマがフラッシュバックした。
社畜時代、本社のシステム障害でレジと在庫管理機能が完全にダウンした時のことだ。発注と棚卸しを、スタッフ全員で徹夜して手書きと電卓で処理したあの地獄の三日間。
『システムが復旧するまで、気合と根性で乗り切れ!』というエリアマネージャーの無責任な怒号が耳に蘇る。
俺の目の前で、重いバケツを持った村の老婆が足をもつれさせて転んだ。
こぼれた水が、乾いた土に無情に吸い込まれていく。
「……ああっ! せっかく運んだ水が……もう一度、川へ汲みに行ってきます!」
キャルルが悲痛な声を上げ、空になったバケツを持って再び走り出そうとした。
「待て。ストップだ」
俺はキャルルの細い腕をガシッと掴んで引き留めた。
「な、何をするんですか! 離してください、一刻も早く水を……」
「キャルルさん。川から村まで片道一キロはあるぞ。それを人力で往復? しかも炎天下で? そんな非効率なブラック労働を続けてたら、作物が枯れる前に村人が過労で全滅するぞ」
「そ、そんなことは分かっています! でも、高位の水魔法を使える魔導師なんて村にはいませんし、こうするしか……!」
「あるだろ、解決策。俺の『店』を忘れたのか?」
俺はキャルルからバケツを取り上げ、イグニスに視線を向けた。
「イグニス! タローマンの倉庫に応援に行くぞ! 一番デカい台車を持て!」
「お、おう! 任せてくだせぇ、店長!」
*
数十分後。
俺とイグニスは、マンションの1階にある『タローマン・ポポロ支店』の資材館から、必要な機材を台車に載せて崩落した水路の現場へと戻ってきた。
「は、春太さん。その奇妙な鉄の塊や、灰色の粉が入った袋は一体……?」
村人たちと一緒にバケツリレーを中断させられたキャルルが、不思議そうに尋ねてくる。
「魔法のアーティファクトみたいなもんだ。……よし、イグニス! まずはこの崩れた水路の隙間に、この『速乾性セメント』を流し込むぞ!」
「おう! ……って店長、この袋、どうやって開けるんだ?」
「牙で噛みちぎるな! カッターを使え! 水と混ぜて泥状にしたら、コテでひたすら隙間を埋めろ!」
俺の指示を受け、イグニスが持ち前の怪力を活かして次々とセメント袋を練り上げていく。本来なら数人がかりの重労働だが、身長2メートルの竜人のパワーならあっという間だ。俺はイグニスが練ったセメントを使い、崩落した石積みの水路のヒビや隙間を綺麗に塞いでいった。
「……す、凄い。土魔法も使わずに、ただの泥がみるみるうちに石のように硬くなっていくなんて……」
「これが『速乾セメント』だ。30分もすりゃカチカチになる」
驚愕するキャルルを尻目に、俺は本命の機材のセッティングに取り掛かる。
タローマンの農業・土木コーナーで販売されている最強のインフラ兵器――『エンジン式・大型水中ポンプ』だ。
ガソリン(タローマンの備品倉庫から持ってきた携行缶)を給油し、川の水源にポンプの吸水ホースを放り込む。そして、吐き出し口には直径の太い送水用塩ビホースを接続し、村の畑の入り口まで延々と這わせた。
「キャルルさん、畑の方のホースの出口を持っておいてくれ」
「は、はい……」
準備は完了だ。
俺はエンジンポンプのチョークを引き、リコイルスターターの紐を力強く引っ張った。
――ブルルルルルンッ!! ドルドルドルドルドルッ!!!
ガソリンエンジン特有の、腹の底に響くような爆音が川辺に轟いた。
「ひぃっ!? な、なんだこの轟音は! 鉄の箱の中に、凶暴な雷獣でも封じ込められているのか!?」
イグニスが尻尾を巻いて岩の陰に隠れ、遠くで見守っていた村人たちも悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「ただのエンジン音だ! ビビるなイグニス! ほら、畑の方を見てみろ!」
俺が指差した先。
村の畑の入り口でホースの先端を持っていたキャルルが、信じられないものを見るように目を丸くしていた。
「あ……っ、嘘……!」
ズドバァァァァァァァァァァッ!!
太い塩ビホースの先端から、濁流のような勢いで大量の川の水が噴き出したのだ。
毎分数百リットルという凄まじい水量が、修復されたばかりのセメント水路を通って、干上がりかけていた村の畑の隅々にまで瞬く間に行き渡っていく。
うなだれていた『太陽芋』の葉が、水分を吸ってピンと天を仰いだ。
土の中に埋まる『月見大根』の畑が、豊かな水に潤っていく。
「み、水だあああーっ!!」
「村長! 畑の隅まで水が届いてます! これなら、明日の朝には完全に元通りになりますよ!」
「なんという水流だ……。あれほどの水を魔法で操るなど、宮廷魔導師クラスでも不可能だぞ……!」
歓喜の声を上げる村人たち。
その光景を見届けた俺は、ポンプの出力を少し調整し、タバコに火をつけて深く紫煙を吐き出した。
……うん。機械が文句も言わずに仕事をしてくれる光景ってのは、本当に目に優しい。
「……春太さん」
気がつくと、泥だらけのキャルルが俺の目の前に立っていた。
その大きな瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「この魔法の機械……一体、どれほどの金貨をお支払いすればいいのでしょうか。村の予算は限られていますが、私物を売ってでも必ずお支払いします。だから、どうか作物が育つまでこの機械を貸して……」
「金なんていらないよ。初回サービスだ」
「えっ……? でも、こんな神の遺物のようなアーティファクトを無償でなんて……裏があるんじゃ……」
キャルルが、俺の胸元にスッと顔を近づけた。
どうやら、俺の『心音』を聞いて嘘や下心がないか確認しているらしい。野生動物のように鼻をヒクヒクさせているウサギ耳の村長に、俺は苦笑しながら彼女の頭をポンと撫でた。
「裏も表もないさ。言っただろ、俺は小売業だ。村が豊かになってくれないと、うちの店で買い物をしてもらえないからな。これは先行投資だよ」
俺はタバコの煙を空に向けて吐き出し、畑で休んでいる村人たちを一瞥した。
「それに……俺は、『サービス残業』とか『気合と根性の過重労働』ってやつが、この世で一番大嫌いなんだよ。機械に任せられる仕事は機械にやらせる。人間は、定時になったら家に帰って、温かい飯を食って、ゆっくり寝るべきだ」
その言葉を聞いた瞬間。
キャルルの胸の奥で、ドクンッ、と何かが強烈に跳ねる音がした。いや、俺にまで聞こえるくらいだから、よほど大きな鼓動だったのだろう。
「定時で、家に帰って……ゆっくり、寝る……」
彼女は俺の言葉を反芻するように呟き、そして、顔を真っ赤に染め上げた。
村を守るため、誰よりも自分をすり減らして『過剰な労働と責任』を背負っていたキャルルにとって、俺の「休め」という言葉は、何よりも深く心に突き刺さったらしい。
「あの……春太さん」
「ん?」
「私、決めました」
キャルルは俺のシャツの裾をギュッと握りしめ、上目遣いで、しかし絶対に逃さないという強烈な意志を宿した瞳で俺を見つめ上げた。
「あなたのこと、絶対にこの村から逃がしませんから。……ずっと、私のそば(ポポロ村)で、その温かい心音を聞かせてくださいね?」
「……えっと、それはつまり、店舗の長期契約を結んでくれるってことでいいのか?」
「はい! 死ぬまで一緒(専属契約)です!」
何か背筋に冷たいものが走った気がしたが、村の代表者からの信頼を勝ち取れたのは間違いない。
後ろでは、イグニスが「さすが店長だ! 村の野蛮人どもを完全に心服させやがった!」と一人で勝手に感動して泣いていた。
こうして、過労死した俺の異世界生活は、インフラ整備という形から順調に(?)幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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