EP 2
最強のインフラ拠点と、どん底の腹ペコ竜人
巨大な狼型の魔獣が、俺の召喚した『マンション』の下敷きになって絶命してから数十分後。
俺は、マンションの1階部分――煌々と明かりが灯る『タローマン・ポポロ支店』の店内を歩き回っていた。
「……完璧だな。空調は効いてるし、バックヤードの冷蔵庫も動いてる。水道も出る」
生鮮食品こそないものの、レトルト食品や缶詰、カップ麺、アルファ米といった非常食の棚は満載だった。さらに、ネジや釘、セメントといった建材から、チェーンソー、発電機などの大型工具まで、俺が店長として発注・管理していた品揃えが寸分違わず再現されている。
異世界に来てしまったという絶望感よりも、「これで当分は生き延びられるし、無理なシフトを組まなくていい」という強烈な安堵感が勝っていた。
「さて、まずは腹ごしらえと、周辺の探索だな」
俺は買い物カゴを手に取ると、カセットコンロ、ガスボンベ、小さな鍋、ミネラルウォーターのペットボトル、そして『具だくさん豚汁』と『レンチンご飯』をいくつか放り込んだ。
レジを通さずに商品を持っていくのは少し胸が痛んだが、このマンションのオーナーは俺だ。福利厚生ということにしよう。
自動ドアを抜け、外に出る。
周囲は荒野だが、少し歩いた先に小高い丘があり、その向こうには小さな集落のようなものが見えた。
「ん……? なんだ、あれ」
集落の入り口付近、少し開けた広場の隅で、「巨大な赤い岩」のようなものが丸まっているのが見えた。
いや、岩じゃない。背中には立派な翼が生え、全身は赤黒い鱗に覆われている。身長は優に2メートルを超えているだろう。ファンタジーRPGでよく見る『竜人』という種族のようだった。
だが、その威圧的な外見に反して、竜人の背中はひどく哀愁を帯びていた。
「……親父、お袋。俺様は、人間の国で大出世したぜ。純金の像が立って……城も建って……」
ブツブツと虚空に向かって呟きながら、竜人は手に持ったカチカチの黒いパン屑を、足元にいる鳥(ハトに似た魔獣)にポロポロと分け与えている。
「うぅ……本当は、ゴブリン討伐で『イグニス・ブレイク』をぶっ放したら、ゴブリンごと森を灰にして……ギルドをクビになって、日雇いの瓦礫撤去で生計を立ててるなんて……言えねぇよぉ……」
大粒の涙が、竜人の頬を伝ってポタポタと地面に落ちていく。
俺はその光景を見て、思わず足を止めた。
……分かる。痛いほど分かるぞ、その気持ち。
田舎の親に「東京の大企業でバリバリやってる」と見栄を張りながら、実際はサービス残業地獄でコンビニ弁当をすすっていた新入社員時代の俺と同じ匂いがする。
ガサッ。
俺が不用意に足元の枯れ枝を踏んでしまった瞬間、竜人はビクッと肩を揺らし、バッとこちらを振り返った。
涙と鼻水を乱暴に拭い、無理やり胸を張って威嚇のポーズをとる。
「だ、誰だ貴様! 俺様は竜王デューク様に並ぶ逸材、イグニス・ドラグーン様だぞ! 今はたまたま、純金の城の視察に来ていてだな……ッ!」
ギュルルルルルルルゥゥゥゥッ!!
イグニスの口から発せられる強がりのセリフを、彼自身の腹の虫が雷鳴のような大音量でかき消した。
イグニスは顔を真っ赤にして、巨大な両手で自分のお腹を抱え込む。
「……腹、減ってんのか?」
「へ、減ってねぇ! 竜人は3日くらい何も食わなくても平気なんだよ! 昨日の夜、炊き出しのスープを一杯飲んだから……っ」
俺は小さくため息をつき、ひしゃげたセブンスターの箱から一本取り出して火をつけた。
大きく紫煙を吐き出してから、無言のまま地面にカセットコンロを置く。
「な、なんだその四角い鉄の箱は……?」
「いいから、ちょっとそこに座ってろ」
カチッ、とツマミを回すと、青い炎が勢いよく吹き上がった。
魔法の詠唱もなしに炎を出したことにイグニスが目を丸くしているのをよそに、俺は鍋にミネラルウォーターを注ぎ、沸騰させる。そこにフリーズドライの豚汁ブロックを3つほど放り込んだ。
タローマンのバックヤードの電子レンジ(ポータブル電源に接続済み)で温めておいた白飯をプラスチックの丼によそい、その上から熱々の豚汁をたっぷりとかける。
所謂『豚汁ぶっかけ飯』だ。行儀は悪いが、疲労困憊の時にはこういうのが一番胃に染みる。
味噌と豚肉、そしてごぼうの強烈な香りが、風に乗ってイグニスの鼻先を掠めた。
「くんっ、くんくんっ……!! な、なんだこの暴力的な匂いは!? 俺様の竜の嗅覚が、未知の旨味成分に警鐘を鳴らしているぞ!?」
「食え。腹が減ってちゃ、良い仕事はできないからな」
俺は、割り箸を添えた丼をイグニスに差し出した。
イグニスは数秒ほど葛藤したあと、「い、毒見してやるだけだからな!」と叫んで丼を受け取り、割り箸を不器用に割って、豚汁飯をガツガツと掻き込み始めた。
「――ッ!!?」
一口食べた瞬間、イグニスの動きがピタリと止まった。
そして、信じられないものを見るような目で丼を見つめ、再び猛然と掻き込み始める。
「う、うめぇ……! なんだこのスープは!? 豚の脂の甘みと、得体のしれない深みのある塩気(味噌)! それを吸い込んだふっくらした白い麦(米)! 瓦礫撤去の後に食う、冷めた塩スープなんかとは次元が違う……!」
体長2メートル超えの巨漢が、丼を抱え込んでボロボロと大粒の涙をこぼしながら豚汁を啜る。
あっという間に平らげた彼に、俺は無言で2杯目をよそってやった。
「うぅ……っ。俺様、本当は全然ダメなんだ。力加減ができなくて、人間の街の冒険者パーティーを全部クビになった。でも、親父たちには『城が建った』なんて手紙を送っちまって……帰るに帰れなくて……!」
「なるほどな。スキルのミスマッチか」
「みすまっち?」
「こっちの話だ。要するに、お前は『細けぇ作業』が向いてないだけだろ。素材を傷つけちゃいけない仕事なんて受けず、お前のそのバカヂカラを活かせる『更地にする仕事』か『重機代わり』の仕事をすればいいだけだ」
俺はタバコの灰を携帯灰皿に落とし、イグニスを見上げた。
この異世界で生きていくなら、俺のような一般人には『物理的な壁』になってくれる仲間が必要だ。目の前のこいつは、不器用で見栄っ張りだが、悪い奴じゃない。
「おい、イグニスとか言ったな。俺は神城春太。あそこに見えるデカい建物の主だ」
「あ、あの巨大な城の……!? あんた、王様だったのか!?」
「いや、ただの店長だ。……お前、力仕事に自信はあるか? あと、言われた指示をちゃんと守れるか?」
イグニスはハッとして、丼を持ったまま居住舞を正した。
「あ、当たり前だ! これでも竜人の里では『試練の門』を最速でブチ破った逸材だぞ! 指示だって、ちゃんと分かりやすく言ってくれれば守れる!」
「なら、俺のところで働け。食事は三食、腹いっぱい食わせてやる。あと、雨風をしのげる冷暖房完備の部屋も用意してやる」
その言葉を聞いた瞬間、イグニスの目からポロポロと涙が溢れ出し、彼は地面に額を擦り付けるようにして平伏した。
「や、雇ってくれるのか……こんな俺様を! うおおおおん! 一生ついていきます、ボス!」
「ボスはやめろ。前の職場を思い出す。呼ぶなら『店長』にしてくれ」
「はいっ、店長!! 俺様はあんたの剣となり盾となるぜ!」
こうして、過労死した元社畜店長は、異世界に来て最初の『従業員』を雇い入れた。
見栄っ張りで不器用だが、義理堅い竜人の男。
俺とイグニスの奇妙な主従関係は、一杯の豚汁から始まったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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