EP 12
不良品は泥沼へ。店長の悪知恵と即席インフラトラップ
ギィィィン……ッ!!
死蟷螂機の巨大な右鎌が、空気を引き裂きながら俺の頭上へと振り下ろされた。
「店長ォォッ!!」
「春太さんッ!!」
間一髪。イグニスの太い腕が俺のスーツの襟首を掴み、強引に後方へと引きずり倒した。
直後、俺が立っていた場所のコンクリート――タローマンの入り口の立派なタイル床が、爆発したかのように粉々に砕け散った。
「……チッ。店舗の入り口を壊しやがって。修繕費、高くつくんだぞ」
俺は口に咥えたセブンスターの灰を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
膝の震えは、もうない。
恐怖の限界を突破した脳髄は、異常なほどの冷静さで目の前の『鉄クズ』を分析し始めていた。
「て、店長! ダメだ、俺様たちじゃあいつには勝てねェ! 店長だけでも地下シェルターへ……!」
「落ち着け、イグニス。キャルルも立てるか」
「は、はい……っ。でも、あんな硬い装甲、私の打撃もイグニスさんの斧も通りません……!」
絶望に顔を歪める二人の従業員に、俺はバインダーで軽く彼らの頭を小突いた。
「バカ言え。正面から殴り合って勝てないなら、別のやり方で処理すればいいだけだ。……よく見ろ、あのデカブツを」
俺はペン先で、ネクロマンティスを指し示した。
体長5メートル、重量は数トンはあるだろう鋼鉄の塊。その動きは確かに速いが、生き物特有の『しなやかさ』がない。関節の駆動には明らかな機械的法則があり、カメラのような赤い複眼が捉えた対象に直線的に向かっていく。
「あれは魔獣でもモンスターでもない。ただの『重量過多の不良重機』だ」
「じゅう、き……?」
「ああ。いくら装甲が硬くても、所詮は機械だ。関節部には隙間があるし、何よりあの異常な重量……足場が悪くなれば、自重で勝手に機動力が死ぬ」
俺は店長用タブレットを開き、タローマンの在庫データと、村の広場の地形を瞬時に照らし合わせた。
先ほど、こいつが村の防護柵を破って着地した際、広場の中央にはすり鉢状の大きなクレーターができている。あそこなら使える。
「いいか、お前ら。これより本店舗は、緊急の『在庫一掃および土木工事オペレーション』に移行する。絶対に定時(生き残ること)を死守するぞ!」
俺の目にハイライトがないこと、そしてその声の底冷えするような迫力に中てられ、キャルルとイグニスはゴクリと息を飲んで直立不動の姿勢をとった。
「キャルル! お前は囮(クレーマー対応)だ。絶対に接近戦はするな。お前のスピードを活かして、あいつのヘイトを稼ぎながら、広場の中央のクレーターまで誘導しろ!」
「広場の中央……わかりました! 誘導ですね!」
「イグニス! お前はタローマンの資材置き場に飛べ! 第4パレットに積んである『速乾性セメント粉末』の袋をあるだけ全部、広場のクレーターにぶちまけろ! 袋ごと引き裂いて構わん!」
「セ、セメントの粉!? オウッ、意味は分からねェが、店長の指示なら絶対だ!」
二人がそれぞれの役割に向かって弾かれたように走り出した。
俺もまた、タローマンの入り口に放置してあった台車を蹴り飛ばすようにして走らせ、農業コーナーの奥深くへと向かった。
ギギギギギギッ!!
ネクロマンティスが、高速で移動するキャルルを新たな標的として認識し、巨大な鎌を振りかざして追従を開始した。
「こっちよ、鉄クズ! ポポロ村の村長を舐めないで!」
キャルルがダブルトンファーを打ち鳴らし、瓦礫を蹴って飛び回る。
ネクロマンティスの鎌が彼女の残像を切り裂き、村の広場に次々と深い爪痕を残していく。だが、身軽な月兎族のトップスピードを完全に捉え切ることはできない。キャルルは付かず離れずの絶妙な距離感を保ち、巨大な機械虫を広場の中央へと引きずり込んでいく。
「どけェェェッ!! 店長のお通りだァァッ!」
そこへ、上空から巨大な影が降ってきた。
イグニスだ。彼は両脇に50キロ入りのセメント袋を限界まで抱え込み、広場のクレーターめがけて次々と投下していく。
ドサッ! バフゥッ!
袋が地面に激突して破裂し、周囲に真っ白なセメント粉末がもうもうと舞い上がった。
『……? 視界不良……障害物ナシ……タダノ粉塵……』
ネクロマンティスの赤い複眼がチカチカと明滅するが、物理的な攻撃力を持たないただの粉末と判断したのか、意に介さずキャルルへの追撃を止めない。
ズンッ、ズンッ!と、数トンもの重量を持つ六本の鋼鉄の足が、セメント粉末が大量に撒かれたクレーターの中心へと踏み入った。
「よしっ、罠のど真ん中に入りました!」
「店長! セメントは全部ぶちまけたぜ! 次はどうする!?」
トランシーバー代わりの魔導通信石から、二人の声が響く。
俺はタローマンの店先から、長く太い塩ビホースを引きずりながら広場の端へと駆けつけた。ホースの根元は、先日村の水路工事で使った『エンジン式・大型水中ポンプ』に接続し、水源の川へと放り込んである。
「よくやったお前ら! そこから離れろ!」
俺はエンジンのリコイルスターターを力いっぱい引き抜いた。
ブルルルルルルンッ!!!
腹に響く重低音と共に、大型ポンプがフル稼働する。
「……乾燥したセメント粉末に、大量の水を加えるとどうなるか。異世界の古代兵器には分からねぇだろうな」
俺がホースのバルブを全開にした瞬間。
ドバァァァァァァァァァァッ!!!
毎分数百リットルという凄まじい勢いの水流が、広場のクレーター――大量のセメント粉末が撒き散らされたすり鉢状の地形へと一気に流れ込んだ。
『……!? 足元、流動性物質……計算外……』
ネクロマンティスの足元で、水とセメント粉末が急速に混ざり合う。
そして、俺が用意したのはただのセメントではない。タローマンでも売れ筋の、緊急工事用『超速乾性セメント』だ。
化学反応による発熱と共に、ドロドロの泥沼と化したクレーターは、ネクロマンティスの数トンという自重をズブズブと飲み込み、瞬く間にその硬度を増していった。
「ギ、ギギ……!?」
ネクロマンティスが足を引き抜こうと巨大なモーターを唸らせる。
だが、遅い。
足掻けば足掻くほど、重い機体は泥沼の底へと沈み込み、そして足元から急速に石のように硬化していくコンクリートの拘束衣に囚われていく。
「す、すげぇ……! あんなバケモノの足が、泥に完全に埋まって動けなくなっちまったぞ!」
「これが、店長の言っていた『土木工事』……!」
イグニスとキャルルが、呆然と固まる鋼鉄の虫を見下ろして息を飲んだ。
「機動力(足)さえ奪えば、ただのカカシだ。……だが、まだ終わってないぞ!」
俺はタバコを吐き捨て、次の指示を飛ばす。
硬い装甲を破らなければ、完全に無力化したとは言えない。
ここから先は、俺の部下たちの『武力』の出番だ。
「イグニス! キャルル! 反撃の(残業)時間だ! あのクソ迷惑な不良品をスクラップにしてやれ!」
読んでいただきありがとうございます。
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