EP 11
平和な村を引き裂く鋼鉄の鎌。絶望の古代兵器と、震える店長の『覚悟』
その日の午後。ポポロ村の広場は、穏やかな空気に包まれていた。
村人たちが畑の手入れをし、子供たちが走り回る。俺は『タローマン』の店先で、特売品の肥料を並べながら、その光景をぼんやりと眺めていた。
――キィィィィィンッ!
突如として、耳をつんざくような不快な高周波の音が鳴り響いた。
次いで、ズドォォォォンッ!という地響きと共に、村の入り口を囲っていた頑丈な丸太の防護柵が、まるで紙切れのように「斜め」に両断されて吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
「きゃあああああっ!」
巻き上がる土煙。逃げ惑う村人たちの悲鳴。
俺が陳列用の軍手を外して立ち上がった時、土煙の奥から『それ』は姿を現した。
「……嘘、だろ」
体長5メートルを超える、巨大な鋼鉄のバケモノだった。
カマキリのようなフォルムをしているが、全身はくすんだ灰色の超硬度装甲で覆われ、関節部からは不気味な黒いオイルが滲んでいる。両腕には、高速で回転するチェーンソーのような巨大な鎌。その刃からは、まだ新しい生々しい赤黒い血がポタポタと滴り落ちていた。
古代兵器――『死蟷螂機』。
俺にはその名前も正体も分からなかったが、本能が「あれは生き物じゃない。純粋な殺戮マシーンだ」と警鐘を鳴らしていた。
「皆、地下シェルターへ避難して!! イグニス、前衛を頼みます!」
真っ先に動いたのは、自警団長であるキャルルだった。
彼女はいつものラフなパーカー姿から一転、両手に黒光りする『ダブルトンファー』を構え、タローマン特注の安全靴で地面を蹴って最前線へと躍り出た。
「おうっ! 任せな村長! 店長は下がっててくだせぇ!」
上空からは、巨大な両手斧を構えたイグニスが急降下してくる。
頼もしい二人の従業員の背中を見て、俺は少しだけ安堵した。あの巨漢の竜人のパワーと、月兎族の圧倒的なスピードがあれば、あんな鉄クズくらい何とかしてくれるはずだ。
「喰らえェェッ! イグニス・ブレィィィクッ!!」
イグニスの咆哮と共に、彼の全身から闘気と紅蓮の炎が噴き出した。
隕石のような速度と質量を乗せた両手斧の一撃が、ネクロマンティスの頭部めがけて振り下ろされる。
――勝った。
そう思った瞬間だった。
ガキィィィィィィィンッ!!!!
「なっ……!?」
イグニスが驚愕の声を上げた。
彼の全力の一撃は、ネクロマンティスが交差させた鋼鉄の鎌によって、いとも容易く受け止められていたのだ。火花が散り、熱波が周囲を焼き焦がすが、灰色の装甲には傷一つついていない。
ギギギギッ……。
機械の虫が、赤い複眼を不気味に光らせた。
「しまっ――」
イグニスが斧を引き戻そうとした瞬間、ネクロマンティスの右鎌が目にも留まらぬ速度で振り抜かれた。
「が、はァッ!?」
装甲の隙間を縫うような的確な一撃。
刃の平(腹)の部分で強かに弾き飛ばされたイグニスは、巨体をくの字に折り曲げながら、タローマンの資材置き場の壁まで数十メートルも吹き飛ばされた。
ズドォォン!と壁が砕け、彼が瓦礫の下に埋もれる。
「イグニスさんッ!!」
キャルルが悲鳴を上げ、すぐさまネクロマンティスの死角へと回り込んだ。
「月影流・破衝撃ッ!!」
マッハの速度で放たれた、闘気を凝縮したダブルトンファーの連撃。
しかし、ネクロマンティスは背後を見ないまま、関節をあり得ない方向へ捻曲げ、左の鎌でキャルルの攻撃を全て弾き落とした。
「嘘……っ! 私のトップスピードに、反応して……!?」
キャルルが目を見開いた直後。
巨大な鋼鉄の足が、容赦なく彼女の腹部を蹴り飛ばした。
「きゃぁぁっ……!」
キャルルの小柄な身体が宙を舞い、地面を何度もバウンドして転がった。
土埃にまみれ、彼女の口から鮮血が吐き出される。真っ白だった兎耳が、力なく垂れ下がった。
「あ……」
俺は、タローマンのレジカウンターの裏で、ガタガタと震えていた。
奥歯がカチカチと鳴り、膝の震えが止まらない。
怖い。恐ろしい。
あんなバケモノ、人間がどうにかできる相手じゃない。
逃げたい。今すぐマンションのシャッターを下ろして、布団の中に引きこもりたい。俺はただの一般人で、勇者でも戦士でもない。争いごとが大嫌いな、ただの小市民なんだ。
ギィィィン……ギギギ……。
ネクロマンティスが、ゆっくりとターゲットを変えた。
その赤い複眼が捉えたのは、村で最も巨大な建造物――俺の『タローマン(マンション)』だった。
「だ、ダメ……」
地面に倒れ伏したキャルルが、血を吐きながらも無理やり身体を起こそうとしていた。
足はガクガクと震え、トンファーを握る手にはもう力が入っていない。それでも彼女は、俺の店とバケモノの間に立ちはだかろうとする。
「春太さんの、お店には……指一本、触れさせない……っ」
瓦礫の中から、イグニスも這い出してきた。
自慢の両手斧は刃こぼれし、赤黒い鱗からは血が滲んでいる。
「ハァ……ハァ……っ! 当たり前だ……俺様たちは、この城の従業員だからな……! 命に代えても、店長は守り抜くぜ……!」
ボロボロになった二人が、絶望的な戦力差を前にしても、一歩も引かずに立ち上がった。
それを見た瞬間。
――俺の中で、何かが『プツン』と切れる音がした。
恐怖はあった。足の震えも止まらない。
だが、それ以上に、腹の底からドス黒いマグマのような『怒り』が込み上げてきたのだ。
どうして、こいつらはここまで俺のために命を張る?
俺が雇ったからだ。俺の従業員だからだ。
従業員が血を流して悪質クレーマー(理不尽)の矢面に立っているのに、店長である俺が裏に隠れて震えている?
(……冗談じゃない)
前職で、アルバイトに土下座を強要したクレーマーに、俺がどう対応したか。
理不尽な本社のノルマに対し、俺がどんな悪知恵を使って現場を守ってきたか。
責任を部下に押し付けるような三流のブラック経営だけは、俺は絶対にしないと誓ったはずだ。
「……ふぅーっ」
俺は深く息を吐き、震える手で『セブンスター』を一本取り出し、火をつけた。
肺いっぱいに紫煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
その瞬間、俺の瞳から完全に『光』が消え去った。
恐怖は消えていない。だが、それらは全て、極限の冷静さと冷酷な計算式(社畜覚悟モード)へと置き換わっていた。
俺はレジ横にあった『店内用ワイヤレスマイク』を手に取り、スイッチを入れた。
そして、店舗の入り口からゆっくりと姿を現し、広場に響き渡るタローマンの屋外スピーカー越しに、冷たく低く、ドスの効いた声で命令を下した。
『――業務連絡。キャルル、イグニス。ただちに接客を中断し、第3アイルのラインまで後退しろ。これは店長命令だ』
「え……?」
「て、店長!?」
マイクを持った俺の姿を見て、キャルルとイグニスが驚愕の声を上げる。
ネクロマンティスの赤い複眼が、俺を『新たな排除対象』としてロックオンしたのが分かった。
巨大な鎌が持ち上がり、死の気配が俺を包み込む。
だが、俺は咥えタバコのまま、バインダーを片手にその鉄のバケモノを真っ直ぐに見据えた。
「……アポなしの訪問で、うちの可愛い従業員に怪我をさせてくれたな」
俺はマイクを切り、タローマンの『店長用タブレット』の画面を操作する。
魔法も、剣術も、俺には一切使えない。
だが、俺の背後には、何万点もの「現代インフラの結晶」を抱える最強のホームセンターがある。
「うちの店で暴れた不良品は……俺が責任を持って、廃棄処分にしてやる」
剣と魔法が通用しない古代の鉄クズに、現代の悪知恵とホームセンターの物量で引導を渡してやる。
元社畜店長の、絶対に退勤時間を死守するための泥臭い反撃が、今、始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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