第8話:『デール様お守り隊』結成と、執念の足跡
嵐のような熱弁が終わり、裏庭に静寂が戻る。
デールは顔を真っ赤にして「……な、なんなのよもう!」と言い捨て、足早に去っていった。調子を狂わされて限界を迎えたツンデレ令嬢の後ろ姿、最高に尊い。
ポツンと残された私たちの間で、グリーンタールが深く首を垂れた。
「……シーリン嬢、本当に申し訳なかった。君がこれほどデールを敬愛していたとは知らなかったんだ。酷い疑いをかけてすまない」
「いいえ、デール様を心配してのことですから。あの……グリーンタール様、お願いがあるのですが……私と一緒に、あの…噂を流した犯人を探していただけませんか?」
私が真剣な目で提案すると、グリーンタールが頷くと同時に、何故かブルーコーラルが、待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。
「ねぇ、私にもその犯人探し、一枚噛ませてもらえないだろうか? とっても楽しそうだし、聞き込みくらいなら君たちの力になれると思うよ」
(隣国の王子……まあいいわ。使えるものは王子でも何でも全部使ってやる!)
「ありがとうございます、ブルーコーラル殿下。三人でデール様の名誉を挽回しましょう!」
こうして、世にも奇妙な三人組による『デール様お守り隊』の捜査が始まった。
そこからの数日間、私たちは学園内を文字通り奔走した。
下級貴族から上級貴族、果ては廊下を掃除する使用人にまで、しおりのゲーム知識を総動員して網の目を狭めていく。
そんな泥臭い犯人探しをしては報告する私を、ブルーコーラルは特等席――いつもの木の上から、飽きもせずじっと見つめていた。
(本当に……見ていて飽きない娘だ)
ブルーコーラルは既に、シーリンに惹かれ始めていた。
彼女はデールの利益のためならどんなに泥臭い聞き込みも厭わない。その奔走する姿は、型にハマった他の令嬢たちとは比べ物にならないほど生き生きとしていた。
何よりブルーコーラルが愛おしくてたまらないのは、彼女の『徹底した王子拒絶』だった。
学園生活の中、第一王子グレイスタードはこれ見よがしにシーリンに声をかけてくる。王子が近づいてくるのを察知した瞬間、シーリンは「チッ、またクズが来たわ……」とでも言いたげに、眉間に凄まじい皺を寄せて般若のようなひどい顔をするのだ。
しかし、王子が目の前に立った次の瞬間には、伯爵令嬢として失礼のないよう、目は一切笑っていないが完璧な鉄の笑顔へと瞬時に切り替える。その凄まじい顔芸と努力の裏表を、ブルーコーラルは木の上で一人、腹を抱えて笑いながら観察していた。
(こんなに行動能力があって、あの傲慢な第一王子の好意を『ただの迷惑』だと切り捨てる令嬢など見たことがない。……自分(第二王子)の元になら、彼女は来てくれるのだろうか。どうすれば、あの面白い瞳に私だけを映してくれるかな)
◇
――それからさらに数日後。
悪い噂は完全に学園中に広がっており、私たちが核心に近づこうとすると、生徒たちは口を揃えて「みんなが言っていたから」と言い張り、煙のように最初の発信者が隠されてしまう。あと一歩のところで決定的な尻尾が掴めず、私たちは作戦会議の場で行き詰まっていた。
そんなある日の放課後。グリーンタールは廊下で、王子の側近であるアズパープルに呼び止められていた。アズパープルは周囲に誰もいないことを慎重に確認すると、冷徹な紫の瞳でグリーンタールを見つめ、声を潜めた。
「……グリーンタール。君たちが裏で何を探し回っているかは察している。デール様の名誉を取り戻したいのだろう」
「アズパープル……。君は何か知っているのか?」
グリーンタールが切迫した声を返すと、アズパープルは重い口を開いた。
「確たる証拠はまだない。だが、あの悪い噂が学園内に流れ始める前日の夜……私は、王子の私室から密かに退出してくるダクワール子爵を目撃した。殿下と何事かを密談していたようだ。問い詰めたがはぐらかされた。だが、あの男が動いた直後に、この噂だ。偶然とは思えない」
「――ッ! なんだと!?」
グリーンタールは鋭く息を呑んだ。ダクワール子爵。王子の腰巾着であり、平気で汚いことに手を染めることも辞さない男だ。アズパープルは「私から言えるのはここまでだ」と言い残し、主君の狂気を憂うように静かに去っていった。
すぐさまグリーンタールは、私とブルーコーラルが待つ裏庭の作戦基地へと駆け戻ってきた。
「二人とも、聞いてくれ! アズパープルから重要な証言を得た。噂が流れる前夜、王子の部屋からダクワール子爵が出てきたのを目撃したそうだ!」
グリーンタールが息を切らせて報告したその瞬間――。
(繋がった……!!!)
私の脳内で、パズルの最後のピースがガチリと音を立てて嵌まった。
犯人は、あのグレーのクズ王子とダクワールだ。
誰から噂が流されたか、煙に巻かれたのは、ダクワールが噂を流した者たちに口止めをしたのだろう。
「やっぱり……! クズ王子とダクワールがデマを流させたんだわ! 私を可哀想な被害者に仕立て上げて、自分が正義のヒーローとして救い出すために、デール様を悪者に仕立て上げたのよ!」
私の怒濤の推測に、グリーンタールは目を見開き、ブルーコーラルは「なるほど、マッチポンプというわけか。第一王子も随分と陰湿なことをするね」と、青い瞳を冷ややかに細めた。
「グリーンタール様、ブルーコーラル殿下。……悪党の尻尾が掴めましたわ。でも、確証がまだありません。ダクワール子爵に近い貴族のご令嬢など、ご存知ではありませんか?」
「……ああ、それなら私が知っている。私が彼らから話を聞こう」
そう言って、グリーンタールはすぐに聞き込みへと動き出した。
◇
翌日。
いつもの裏庭の作戦基地に集まった私たち。
「……昨日、ダクワール子爵と懇意にしている貴族の令嬢たちに話を聞いてきたよ。最初は口を噤んでいたが、ありもしない噂を流したとわかれば、公爵令嬢を陥れようとした罪で罰せられるだろうと少し脅してやったら、すぐに全てを吐いたよ。やはり、ダクワールと殿下が首謀者のようだ。そのご令嬢が後に父親から聞いた話では、殿下がシーリン嬢に夢中になり、でもデールという婚約者がいるからと悩んでいて、それならばとダクワールが噂を流したということだ。さらには……これで上手くいかなかった場合、シーリン嬢……君を攫い傷つけ、その罪をデールに擦りつけるというシナリオまで考えていたようだ……」
グリーンタールの口から語られた、あまりにも卑劣で勝手極まりない最悪の裏シナリオに、私は怒りと恐怖で身体がわなわなと震えるのを感じた。
(い、いじめの捏造だけじゃなくて、私を本当に誘拐して傷つけて、その罪までデール様に被せるつもりだったの……!? 怖い……あいつら、デール様を社会的に抹殺するためなら、私の身体なんてどうなってもいいと思ってるんだ……っ!!)
背筋を冷たい汗が伝うような恐怖。――しかし、恐怖のすぐ裏側で、私のオタクとしての冷静な頭脳が、小さな違和感を感じた。
(……でも待って……。ちょっとおかしくない?……私に狂ったように夢中になっているはずの、あのクソ王子が本当にそんな『私を直接傷つける』ようなシナリオを考えるかしら……?)
歪んでいるとはいえ、王子の目的は私を「手に入れること」のはずだ。なのに、この計画の残虐さは、どこか破綻している。
脳裏を過る奇妙な違和感。だが、今はそれ以上に、デールを奈落に落とそうとするおぞましい悪意への怒りが勝った。
「……あのクソ王子とダクワールめ! 許せないわっ! ……デール様をハメようとした代償、たっぷりと支払わせてあげましょう!」
私の茶色の瞳に、執念深い限界オタクの反撃の炎がメラメラと燃え上がった。
最推しのデール様の名誉だけでなく、自分の身の安全すらも脅かそうとしていた巨悪の存在。王子とダクワールの仕掛けた罠を、今度は私たちが逆に奈落の底へ落としてやるーー!




