第7話:裏庭の告白、あるいは狂信の証明
「最低の泥棒猫……! 私からグレイスタード様を奪って、裏で被害者のフリをして私を陥れるなんて……!」
白銀の瞳に大粒の涙を溜め、私の胸ぐらに掴みかかりながら激しく詰め寄ってくるデール。その細い指先は怒りと悲しみで小刻みに震えている。
ゲームの全ルートで絶望の末に断罪されてきた最推しが、今、目の前でボロボロになりながら私を睨みつけている。その悲痛なお姿に、私の胸は激しく締め付けられた――。
(……いや待って。至近距離のデール様、顔が良すぎて息ができない。涙目で睨んでくるの破壊力高すぎでしょ。それに『泥棒猫』って言われた! 私、デール様に泥棒猫って罵られたわ……っ!!)
いや、そんなことを思っている暇はないっ!私は大急ぎでオタクの煩悩を殴り飛ばした。いま最優先すべきは、この世界一愛らしい令嬢の誤解を解き、その傷ついた心を救うことだ。
「デール、いい加減にしたまえ!これでは本当に噂通りになってしまうではないかっ!」
その時、新緑の髪を揺らしたグリーンタールが息を切らせて駆け込んできた。彼は王子の手を振り払って逃げていった私を不審に思い、ここまで尾行してきていたのだ。
さらにもう一人、頭上の枝からパサリと身軽に飛び降り、私たちの横に音もなく降り立つ影があった。
「やれやれ。何やら穏やかではない状況だね。」
南国の海のような青い髪をなびかせ、悪戯っぽく微笑む隣国王子ブルーコーラル。彼は相変わらず木の上から一部始終を観察していたらしい。
ブルーコーラルはスッとデール様と私の間に割って入ると、デール様を窘めるように青い瞳を向けた。
「ホワイト公爵令嬢。いくら婚約者を想うあまりとはいえ、さすがにそれはやり過ぎなのではないかな? 彼女は何も――」
「うるさいわね! 外国の王子は黙ってて頂戴!」
デールは怒り狂ってブルーコーラルを一喝すると、弾かれたように再び私を指差して怒鳴りつけた。
「シーリン・ブラウン! あなたが学園に来てから、グレイスタード様は私を一度も見ようとしない! 今日だって、あなたの頬をあんなに愛おしそうに撫でて……! 私がどれだけ惨めな思いをしたか、あなたに分かるわけがないわ!!」
悔しさに唇を噛みしめるデール。
その瞬間、私の頭の中で何かがパチンと弾けた。
「……な、何をおっしゃっているのですか、デール様」
「なによ……っ」
私は一歩前へ出た。
私は無意識に憎しみの表情を浮かべていた。
「私が、あのクズ王子のことを好きだとでもお思いですか? 冗談ではありませんわ! あんな目つきの悪い男、こちらから願い下げです!!」
「え……?」
デールが呆気に取られたように目を見開く。
背後でグリーンタールとブルーコーラルが「クズ王子……?」と同時に息を呑むのが分かったが、オタクの怒濤のマシンガントークはもう止まらない。
「私は入学式の日から、あいつの視界に入らないように必死に隠れていたのです! それなのに魅了の魔法か何だか知りませんが、勝手に一目惚れだの、いじめられているだの噂が流れてくるわ、私に付きまとってきて、本当に気持ちが悪くて吐き気がしますわ! 今日だって頬を触られた瞬間、全身に鳥肌が立って、今だってこうしてハンカチでボロボロになるまで皮膚を擦り落とそうとしていたところです!!」
私は自分の真っ赤になった頬をデールに見せつけ、さらに熱っぽく一歩詰め寄った。
「私が願っているのはただ一つ! デール様とグレイスタード殿下が、幼い頃のように想い合って、幸せに結婚式を挙げることだけです! デール様のあの、白銀の雪景色のように気高く美しいお姿こそ、王妃の座にふさわしい! 私はただ、デール様が幸せになるルートを……デール様が笑顔でいられる未来だけを、心の底から愛し、渇望しているのです!!」
その時の私の顔には、周囲を怯えさせるほどの、デールに対する深い愛情と、一点の曇りもない崇拝の表情が浮かんでいた。
「……は、え? な、なによそれ……」
あまりにも純粋で、あまりにも異常な「自分への愛」を限界オタクの熱量で叩きつけられ、デールは完全にキャパオーバーして後ずさりした。
その横で、グリーンタールは緑の瞳をこれ以上ないほど見開き、頭を抱えていた。
(……シーリン・ブラウン。君がデールをハメようとしている犯人だと思っていたが、違う。君は……君はただの、異常なまでの『デールの狂信者』なのか……!?)
そしてブルーコーラルは、最初は止めに入るつもりだったことも忘れ、ぽかんと口を開けた後、あまりの面白さに肩を激しく震わせ始めた。
(あはは、やっぱりこの娘は最高だ! 誰もが手に入れたがる第一王子の求愛を『気持ち悪い』と一蹴し、自分を罵る令嬢のために涙ぐんでいる。……なんて、なんて愛らしくて面白い生き物なんだ!)
裏庭の大樹の陰で、一人の少女の「歪んだオタクの真実」が明かされた。
デールの困惑、グリーンタールの驚愕、そしてブルーコーラルのシーリンへの陥落を巻き込みながら、物語は王子の思惑を置き去りにして、とんでもない方向へと暴走を始めるのだった。




