第2部:第17話:魔女の屈辱と、悪魔の計画
――ゴォォォォン……ッ!!!
スペーシング王国の王宮最深部、シーリンが筆でササッと描き上げた、忌々しい無力化魔法陣あれにすべてをハメられ、二国の最強スパイ連合に完全包囲された絶体絶命の瞬間。
黒魔女レッド・ビアンカが、自らの『魂』を代償にして発動させた、禁忌の超長距離強制転移。
血の煙と共に、空間を強引に引き裂いてビアンカが転移した先は――ファンナステッド王国の遥か辺境、陽の光すら届かない、鬱蒼とした黒魔女の拠点の森の中だった。
バサバサバサッ……!
不気味に生い茂る枯れ木の枝から、主の帰還を狂喜するように、何十羽もの不吉な黒カラスたちが一斉に羽ばたいて耳障りな鳴き声を上げる。
「……っ、は、あ……っ……げほっ……!」
しかし、転移を終えて地面に這いつくばったビアンカ自身は、それに応える余裕など1ミリもなかった。
シーリンの魔法陣によって一度魔力を完全に霧散させられ、さらには禁忌の術で魂の寿命まで削って命からがら逃げ延びたのだ。その身体は満身創痍、息も絶え絶えの、虫の息となって激しく吐血していた。
「……カ、カラスよ……っ。奥の……隠れ家から、魔力回復薬を……大急ぎで、持って来なさい……っ!」
ビアンカが血の混じった声で命令を下すと、一羽の賢しい大カラスが、漆黒の羽を羽ばたかせて森の奥の隠れ家へと飛び去った。そしてすぐに、妖しい紫色の液体が満ちた小瓶をクチバシに咥えて戻ってくる。
ビアンカは震える手でその瓶をひったくると、喉を鳴らして一気に飲み干した。
ドク、ドク、と冷え切っていた体内の魔力回路に、悍ましい暗黒の魔力がじわじわと再充填されていく。削られた寿命までは戻らないものの、これでなんとか、枯渇していた魔力が3分の1ほどまで回復した。
ようやく呼吸を整え、立ち上がったビアンカは、引き裂かれた衣服のまま、遥か隣国スペーシング王国のある方角をキッと睨みつけた。その赤い瞳は、ドス黒い憎悪と狂気で完全に血走っている。
「……あの忌々しい、シーリン・ブラウン……っ。私の誇りを、私の最高傑作の術式を、二度までもおもちゃにしおって……!必ず、必ずお前を五体満足ではいられない絶望の底に叩き落として、復讐してやるわ……!――だが、焦る必要はない。今はとりあえずこの身体を休めよう。そして、いずれは必ず……あの小娘を、私のこの手で惨殺しに行く……!」
魔女は血の滴る拳を固く握りしめ、闇に紛れて、じっくりと牙を研ぐことを決意したのだった。
◇
――それから、月日は流れ。
体力を回復させたビアンカは、最強スパイ連合の目を巧妙にかわしながら、様々な姿に擬態して裏社会の闇ルートを使い、シーリンの周囲の情報を徹底的に洗い出し、調べていた。
相手は、黒魔術の術式を一瞬で上書きする、規格外の化け物だ。正面から魔術戦を仕掛けたところで、またあの罠で返り討ちに遭う可能性がある。
(どうすれば、あの小娘の魔術を封じ、確実に殺すことができる……?)
ビアンカが彼女の故郷であるファンナステッド王国で、じわじわと情報を集めていた、ある日のこと。
裏社会の情報屋から、シーリンの『ある異常なまでの行動特性(弱点)』についての最新の報告がもたらされた。
『シーリン・ブラウンは、第一王子の妃となったデール・ホワイトのことを、自分自身の命よりも、何よりも異常なほどに大切に想っている。かつて学園で、いじめのデマからデールを救うために命がけで奔走したのも彼女だ』
報告書を読んだ瞬間――薄暗い隠れ家の中で、ビアンカの口元が、ゾクッとするほど邪悪に、歪んで吊り上がった。
「……ひ、ふふ……アハハハハハ!!!良い案が浮かんだぞ……!」
静まり返った森の奥に、魔女の悍ましい絶叫のような大笑いが響き渡る。
「そうか、そうだよ! シーリンに正面から勝てないというのなら、私に勝てるような『舞台』を、こちらから仕掛けてやれば良いだけの話じゃないか! あの小娘が自分より大切にしているという、あのデールという女……!あいつを人質に取って私の前に引きずり出せば、シーリンは私の命令に従って、魔術を使うこともできずに、簡単に自ら死を選びに来るだろうねぇ……!」
気づけば大声で、狂ったように笑い転げていた。
これ以上ない、最も残虐で、最も確実な、シーリン・ブラウンをハメ殺すための復讐のプラン。
「――よし、まずはそのための完璧な計画だ」
ビアンカは赤い瞳をギラギラと光らせ、机の上の書類を広げた。
「あのデールが、王宮の外へと出かける時を陰から見計らい……私の特級の擬態能力で接近し、一瞬で彼女に強力な『催眠魔法』を掛けて理性を奪う。そして、誰にも見つからぬよう我が隠れ家の地下へとデールを誘拐し、そのまま檻に閉じ込めて、シーリンという愚かな小鳥が自ら罠に釣られてやってくるのを、じっと楽しみに待つ。アハハ、完璧な計画だわ……!」
その手でいこう。あの生意気な小娘の、絶望に涙を流す顔が、今から楽しみで仕方ががない。
「――早速、デールのこれからの行動予定、お忍びの外出日についての情報集めを開始しなさい、カラスども!」
ビアンカの命令を受け、何十羽もの黒カラスたちが、次期王妃デールの行動を探るため、ファンナステッド王国の王宮へと向けて不吉な羽音を立てて夜空へと飛び立っていく。
裏で最強の男たちが鉄壁の防衛線を張っていることなんて、魔女の狂信的な執念の前には関係ない。
シーリンの最愛の推しを標的に定めた、黒魔女レッド・ビアンカによる、確実なシーリン抹殺のための『悪魔の誘拐計画』が、闇の中でじわじわと、開始されようとしていたのだった――。




