第2部:第16話:甘き海の朝と、お忍びデート
「……ん、ぅ……」
窓から差し込む、スペーシング王国の眩しい朝の光。
ふわり、と意識が覚醒し、私がベッドの上で目を覚ましたその瞬間――網膜に飛び込んできたのは、やはり、私より先に起きて私の顔を優しく撫でながら、じっと愛おしそうに見つめているブルーの美しすぎる顔だった。
青い髪が朝日に透けて輝き、その少し垂れ目の青い瞳には、昨日までの冷淡な雰囲気が嘘のように、とろけるような深い甘さと熱情が宿っている。
(あ、圧倒的な顔の良さ……っ! っていうか……うぅっ)
ここ数日間、例の『クソ男発言』のせいでブルーが上の空になり、別々に寝たり距離があったりしたから、こうして起きた瞬間にゼロ距離で彼に見つめられるのが、なんだかもの凄く久しぶりな気がして心臓がドギドキと不規則に跳ね上がってしまう。
――と、その瞬間。私の脳内に、昨日の夜の記憶がブワッと鮮烈に蘇った。
『ブルーが大好きだから……嫌われるのが、こんなに怖いだなんて思わなかったのよっ!』
(ぎゃああああああーーーっ!!! 私、昨日の夜、一国の国王様の胸の中で一体なんて恥ずかしいセリフを大声でワンワン大号泣しながらぶちまけちゃったのっ!!!)
前世を含めて20年間、男性経験ほぼゼロ、オタクとして一歩引いていたこの私が、本気で恋を自覚して子供のように泣きじゃくったという、人生最大級の黒歴史。
思い出した瞬間、私は顔から火が出そうなほど一気に顔を真っ赤に染め上げ、逃げるようにガバッとブルーの後ろを向き、布団の中で足をドタバタと悶絶させて暴れ狂った。
「ふふっ……。はい、捕まえた」
背後から、耳がとろけて鼓膜が幸せに震えるような、低く心地よい大満足の笑い声が響いた。
反転して逃げようとした私の細い腰に、ブルーの大きな手が優しく、けれど絶対に拒絶を許さない強固な独占欲で回される。そのままグイッと強引に引き寄せられ、私は彼の広い胸の中に背中からすっぽりと抱きすくめられてしまった。
「おはよう、リン。……ここ数日、君に触れられなくて本当に寂しかったんだ。だから、数日分のリンを、今からたっぷり堪能させてもらうよ?安心して、今日は久しぶりに全ての執務を休みにしておいたから。ずっと私のそばにいて、君のすべてを私に見せておくれ」
ブルーはそう囁くと、私の細い腰をさらに自分の方へと引き寄せ、私の首筋や耳の裏へと、熱く切ない口づけを何度も容赦なく落としながら、愛おしそうに顔を埋めてきた。
「ひゃっ……!? ぶ、ブルー……ちょっと、待って……っ!」
(なんだか今日のブルー、上の空期間の反動のせいか、前より何倍も甘くなってるし……っていうか、色気が凄すぎるんですけど!?私のライフが朝の時点で完全にマイナスなんですけどっ!!)
心の中で涙目を浮かべながら硬直している私を、ブルーはさらにぎゅっと、骨が軋むほど強く愛おしそうに抱きしめ直した。
「リン……。私が君をどれだけ愛しているか、リンの好きなところを今からたくさん、たくさん言ってあげる。だから、もう私が君を嫌うなんて、そんな悲しいこと思わないで、安心してくれ。私は、君のことが世界で一番、狂おしいほど大切なんだ」
ブルーは私の耳元でそう優しく囁くと、本当にたくさん……それはそれは数え切れないほどの、私の好きなところを一つずつ、深く掠れた美声で挙げ連ねていった。
「君のその、柔らかくて長い栗色の髪が好きだ。私を見つめてくれる、愛らしい垂れ目の瞳も好きだ。私がお茶を淹れると、いつも美味しそうに、幸せそうに笑ってくれるその笑顔も好きだし、私が甘えると、恥ずかしがりながらもこうして優しく背中に手を回してくれる、その不器用な優しさも、君のすべてが愛おしくてたまらないよ」
最初は顔を真っ赤にして、布団に顔を埋めながらキュンキュンして聞いていた私だったけれど。
ブルーのセリフが、段々と、何十分も続いていくうちに、冷静さがじわじわと戻ってきた。
「君が、デール嬢からの手紙を読んでいる時に、テンションが上がって一人で奇妙なステップを踏みながらベッドにダイブしている時のあの楽しそうな姿も好きだし。第一王子が近づいてきた瞬間に、一瞬だけ眉間に凄まじい皺を寄せて心の中で毒づいている、あの最高に面白い顔芸も好きだよ。あと、実家からトマトの手紙届いた時に、お義父上の暗号を必死に片目を瞑って解読している時の、あの真剣な横顔も……」
(……えっ? ちょっと待って……ブルー、そんなところまでガッツリ見てたの……!?私が部屋で一人でオタ芸踊ったり、変顔特訓したり、暗号解読してキレ散らかしてたの、全部観察されてたのっ!!)
最初の感動はどこへやら、段々と「えっ? そんなストーカー並みに細かいオタクの挙動まで挙げる?」と思うような、私の恥ずかしい裏の姿まで山ほど具体的に挙げられて、嬉しさを通り越してちょっとガチで引いてしまったのは、私の胸の中だけの絶対の秘密だ。
ブルーはそんな私の微妙な空気の変化に気づく様子もなく、私の変な姿すら「世界一愛おしい」と言わんばかりの蕩けるような最高の笑顔を咲かせると、私の手を引き寄せた。
「……さあ、私のリン。今度は、君の番だよ? 君が私のことをどれだけ大好きか……私の好きなところも、たくさん教えてくれるかい?」
ベッドの中、至近距離。青い髪を揺らしながら、少し垂れ目の美しい顔を信じられないほどのゼロ距離まで近づけて、甘くおねだりしてくる私の旦那様。
(無理無理無理!! そんな国宝級のイケメンに真っ正面から逆プロポーズみたいなことおねだりされても、私のボキャブラリーじゃ『顔が良い!』か『尊い!』しか出てこないわっ!!)
◇
それから、その日は本当に、ブルーは片時も私のそばから離れようとしなかった。
執務を完全に休みにした彼は、何をするにも私の隣や後ろにくっついていて、一秒たりとも距離を空けてくれないのだ。
お茶を飲もうと部屋を移動する時も、廊下を歩く時も、ブルーは当たり前のように私の腰を引き寄せ、私の長い栗色の髪を指で愛おしそうに撫でながら歩いている。
当然、城内ですれ違う使用人たちや文官たちは、仲睦まじすぎる私たち夫婦を見ては「おや、まあ……」とばかりに顔を見合わせてニヤニヤと楽しそうに笑い、それはそれは恭しくお辞儀をして通り過ぎていく。
(ちょっと待って!! 城内中の人たちにニヤニヤ見られてるんだけど! これ何かの公開処刑っていう名の罰ゲームですかっ!?)
恥ずかしすぎて廊下の壁にめり込みそうになる私。
――だけど、そんなパニックの心の隅で、ふと、愛おしい本音が胸に宿った。
(……いや、でも、仕方ないか。……だって、この数日間、ブルーが寂しそうにしてて、私も本当は……もの凄く寂しかったんだもん……)
思わず心の中に湧き出たその素直な感情に、自分自身が一番驚いて、胸の奥がキュンと甘く震えた。
前世では、誰かをこんな風に求めることなんて一度もなかった。男性という生き物を、ただ大嫌いなゲームの攻略対象としてスルーし続けてきた私の世界に――ブルーは、いつも温かくて新しいものを、たくさんたくさんくれるのだ。
この愛おしい気持ちを、もっとブルーに伝えたい。
そう思った私は、私の後ろを歩くブルーを振り返り、少し恥ずかしがりながらも自分から彼の服の袖をぎゅっと引っ張った。
「ねえ、ブルー……、城下町に、お忍びデートに行かない?私、こういう普通のことが、ずっとしたかったの。……ブルーと、一緒に……」
「っ……!」
私が勇気を出してそう言うと、ブルーは一瞬ハッとしたように驚いた後、その美しい顔を耳の先まで一気に真っ赤に染め上げた。
「リンと、デート……っ!? う、嬉しすぎる……っ!!」
「ひゃぁっ!?」
次の瞬間、ブルーは子供のように歓喜の声を上げると、私をその逞しい腕の中にガバッと抱き寄せ、嬉しさのあまり中庭で私を抱き抱えたまま、くるくるとその場で何度も回ったのだ! ハーフアップの青い髪が嬉しそうに揺れている。
それから私たちは、お互いに目立たない平民の服に着替えて、活気溢れる城下町へと繰り出した。
それは、前世の私がずっと画面の向こうで憧れていた、本当に普通の、大好きな恋人同士のデートだった。
賑やかな出店の前で立ち止まり、香ばしい匂いを立てる串刺しのお肉を買い、私が「ブルー、あーん」と差し出すと、ブルーは世界一幸せそうな顔でそれをパクリと食べた。二人で一緒の一つのカップのハーブティーを、ストローを共有して半分こしながら飲んだり、手を繋いで街並みを歩いたり……心から、胸が苦しくなるほど楽しい時間を一緒に過ごした。
王宮へと戻ってきた頃には、空は美しいオレンジ色に染まっていた。
ブルーは繋いでいた私の手を優しく引き上げると、私を愛おしそうに見つめて囁いた。
「……こんなに幸せで良いのかと思うほど、今日は本当に、すごく楽しかったよ。私をデートに誘ってくれて、本当にありがとう、リン」
ブルーはそう言って、私の唇へと、今日一日のすべての愛を込めて優しく口づけした。
「ーーっ」
私は顔を真っ赤に染め上げながらも、今度は逃げることなく、彼の広い胸の中へと、自分から思い切りぎゅっと抱きついた。
「私も……本当に、本当に楽しかったです。私も、ブルーの隣にいられて、今、とても幸せです……!」
「リン……っ」
ブルーは私の最高の告白に再び愛おしさを大爆発させ、私を壊れ物を扱うように、けれど絶対に離さないという強さで抱きしめ返した。
裏での魔女の脅威や緊迫した世界の動きなんて、今の二人の間には1ミリも届かない。お互いを愛称で呼び合う、世界一甘くて幸せな夫婦の絆は、お忍びの青空の下で、二度と解けないほどに固く結ばれるのだった。




