第2部:第13話:白銀のガールズトークと、青き王の嫉妬
デールが最強の近衛騎士団を率いて隣国へ爆走してきた、その翌日のこと。
私たちは、スペーシング王国の美しい海と青空が一望できる王宮のテラスで、久しぶりの「親友としてのお茶会」を開いていた。
私はデールに、先日の黒魔女レッド・ビアンカによる襲撃をどのように罠で撃退したのか、そして、あと一歩のところで禁忌の魔術具で逃げられてしまったことの顛末を、すべて話して聞かせた。
「……恐ろしい魔女ね。しかも、まだ貴女のことを執念深く狙っているなんて……話を聞いているだけで、私のほうが気が気じゃないわ。心配で、心配で仕方がないわよ、シーリン様」
デールは白銀の瞳を痛そうに歪め、私の手をぎゅっと握りしめて本気で心配してくれる。
「それなら、一つ提案があるわ!しばらくの間は、オールゴルト様と数人の影たちに、このままこちらに滞在してもらってはどうかしら?貴女の実のお兄様ですもの。他の誰よりも、貴女のことを一番近くで守りやすいでしょう?」
「えっ? でも、ファンナステッド王国側にも影の防衛線は必要でしょう?そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ、デール様。こちらにもブルーの優秀な影たちがおりますし――」
私がそう話し、断ろうとした、まさにその時だった。
はるか彼方、お城の広大な中庭の端っこにいたはずの、米粒大の大きさにしか見えない『金色の人影』がこちらに近づいてくるのを見た――。
シュババババババッ!!!
「――今、私の名前が聞こえましたので、馳せ参じました」
一瞬にして凄まじい音速の風を巻き起こし、テラスの柵を軽やかに飛び越えて目の前に着地した人物。それは、普段の冷徹な影の顔を完全に消し去り、満面の眩しい営業スマイルを浮かべた実の兄、オールゴルトだった。
(いや、あんなに遠くにいたのにどうやって会話を聞き取ってたのよ!?地獄耳を通り越して化け物じゃないのよぉぉぉーーーっ!!)
私がその常軌を逸した有能っぷりに引き攣った苦笑いを浮かべていると、お兄様はデールに向かって、それはそれは恭しく美しく一礼してのけた。
「せっかく王子妃殿下から、我が最愛の妹の護衛を直接仰せつかったのですからね。このオールゴルト・ブラウン、次期首領としての重大な役目を、しっかりと喜んで引き受けさせていただきますよ」
それを見たデールは、安心したように美しくクスッと笑った。
「まぁ、心強いわ。オールゴルト様がいてくだされば、シーリン様も絶対に安全だわ。我が親友のことを、よろしくお願いしますね」
「ははっ、仰せのままに」
(ひ、ひぇぇぇ……! ありがたいけど、これでシスコンお兄様が毎日私の公務や新婚生活の後ろにまで『影』として張り付くってことでしょ!?これからめちゃくちゃめんどくさ……ゲフンゲフン、大変な日々が始まってしまうじゃないっ!!)
私は心の中で盛大に涙目を浮かべながら、これからの過保護すぎる毎日にがっくりとげんなり肩を落とすのだった。
◇
――そして、その日の夕方。
お茶会を終え、私は執務室から戻ってきたブルーコーラルの首に後ろから抱きつくと、上目遣いでお願いをしてみた。
「ねえ、ブルー。デール様が、せっかく遠いファンナステッドからここまで来てくれたんだから……今夜は私、デール様とお泊まり会をさせてね?」
その瞬間、肩までの青い髪をハーフアップにしたブルーコーラルの美しい顔が、一瞬で「絶対に嫌だ!」という強烈な拒否顔へと変わった。彼は子供のように私の腰をぎゅっと抱きしめると、これ見よがしに駄々をこね始めたのだ。
「絶対に嫌だ、リン! 嫌なものは嫌だよ! 今夜も、これから先も、君は毎晩私の腕の中で眠ってもらうって決めているんだから!」
「……っ、そんなこと言うなんてひどいわ、ブルー……。ブルーにはここで毎日会えるけれど……デール様とは、国が離れて今はほとんど会えないのよ?なのに、そんな意地悪を言うなんて……ううっ」
私は顔を伏せ、グスン、と涙を流すふりをしてみた。
前世で20年間、男性経験ほぼゼロな私だけど、この1ヶ月でブルーの扱い方だけは完璧にマスターしていたのだ。
「あ、リン! 泣かないでおくれ……っ!」
案の定、私の涙を見たブルーコーラルは一瞬でオロオロと狼狽し始め、大焦りで私の涙を指先で拭ってきた。そして、もの凄く悔しそうに、切なそうに青い瞳を伏せて呟いたのだ。
「……一日だけ、今夜だけだからねっ!ああ、本当に私のリンを別の誰かに奪われたくない……。それに、あの黒魔女が逃げてからというもの、執務や処理でずっと忙しくて、まだリンのことを全然堪能できていないのに。デール妃殿下に取られるとは……本当に悔しくてたまらないな」
ブルーコーラルは酷く拗ねたように唇を尖らせていたが――次の瞬間、ガバッと顔を上げた彼の青い瞳には、息を呑むほどの獰猛で熱情の光がドクドクと灯っていた。
「……今夜の一日だけは許すけれど、明日からは覚悟しておいてよ、リン。君を、朝まで一秒だって寝かせないほど、たっぷりと深く深く愛してあげるからね」
「ひゃぅっ……!!?」
国宝級の旦那様からの、「夜の宣戦布告」を真っ正面から食らい、私は顔から火が出そうなほど真っ赤になってフリーズするしかなかった。
◇
そして迎えた、夜のお泊まり会。
豪華な天蓋付きのベッドの中で、私とデールはパジャマ姿で並んで枕を並べ、最近のファンナステッド王国の近況や、ガールズトークを繰り広げていた。
「……聞いてちょうだい、シーリン様。なんだか、彼……最近、私が少しでも執務室から離れようとすると、後ろから強引に私の腰に手を回してきてね。『どこへ行くんだい? 私を一人にして行かせないよ?』なんて、甘えた声を出すのよ。それに、私が彼の隣に座って次期国王としての帝王学をみっちり教えている時も、時々、私の話を全然聞かずに、私の顔を熱のこもった瞳でじーっと見つめてきて……いきなり『愛しているよ、デール』なんて言ってのけるの。本当に調子が狂ってしまいますわ!」
「まあ……デール様……っ!」
(はい、キタァァァーーーっ!!! ご馳走様です!100%ガチのノロケでしたァァァーーーっ!!!)
私は話を聞きながら悶絶した。
不器用で、いじめの捏造(事実だけど)の罠にハメられて世界一不幸になるはずだった私の最推しの口から語られる、グレイスタードからのベタ甘な溺愛報告。
(あの方たちが、今、こんなに幸せそうに暮らしている……。私が回避してきたバッドエンドの先に、こんなに輝かしい最高の幸せが続いていくなんて……私、本当に、本当に嬉しくてたまらないわ……っ!)
私が感動の涙を流して拝んでいると、デールは少し顔を赤くして、今度は悪戯っぽく白銀の瞳を光らせて私を覗き込んできた。
「ふふ、私の話はこれくらいにして、シーリン様。貴女たちの方はどうなんですの?あの国王と、ちゃんと仲良くやれているかしら?」
「えっ!? わ、私ですか!?私たちはその……ブルーが、なんというか、その……」
私は顔を真っ赤に染め上げながらも、観念して、ぽつりぽつりと白状した。
「……ブルーったら、『君の何もかもの初めてが私が良かった』って本気で言ってきたり……。毎朝、絶対に私より早く起きて、私が目を覚ますまで、ずっと私の顔を愛おしそうに眺めては、私の頬や髪を優しく撫でて待っているんです。……私、そんなことされるのなんて一切慣れていないから、恥ずかしくて毎朝すぐにバッと後ろを向いて布団を被っちゃうのですけれど……。その度に、ブルーは後ろから私の腰をグイッと引き寄せて、『はい、捕まえた』って言って、絶対に離してくれないのです……っ」
「まああ……っ!!!」
私の素の本気のノロケを聞かされたデールは、今度は自分の時以上に顔を真っ赤にリンゴのように染め上げ、「シーリン様、なんてお熱いのですか……!」と悶絶していたのだった。
◇
そんな、世界一幸せで尊い情報交換をした、翌日の朝。
「グレイスタード様をあまりに一人にしておいては、寂しがってまた何をしでかすか分かりませんわ」と少し照れくさそうに笑いながら、デールは最強の騎士団を引き連れて、愛おしい王子の待つファンナステッド王国への帰国の途についたのだった。
――そして、デールを見送った、その日の夜。
私は、約束通り、待ってましたとばかりにブルーコーラルに完全に捕獲されていた。
プライベートな寝室の大きなベッドの上。ブルーコーラルは、私をシーツへと押し倒すと、いつも通りの飄々とした王子の仮面を完全に脱ぎ捨て、ギラギラとした獰猛なまでの愛の熱情をその青い瞳に宿して私の全てを支配してきた。
「ああ……リン。この時を、ずっと、ずっと待っていたんだよ」
ブルーは私の長い栗色の髪に顔を埋め、ふわりと息を吹きかけながら、低く掠れた美声で耳元に囁いた。
「本当に良い香りだ。……さあ、魔女の襲撃から君が本当に無事かどうか……私に、君の、全てを隅々まで見せておくれ。……今夜はもう、一秒だって君を寝かせないからね?」
「ん……っ、あ……ブルー……っ」
重ねられる、息ができないほど深く、激しく、情熱的な甘い甘い口づけ。
私はブルーコーラルの腕の中で、彼の放つ凄まじい独占欲と本気の愛に、全身を蕩けさせ尽くされながら――これ以上ないほどの最高の幸福感に包まれて、終わらない夜を、深く深く刻み込んでいくのだった。




