第2部:第12話:デールの強行突破の旅
黒魔女レッド・ビアンカが、シーリンの仕掛けた究極の魔法陣によって魔力を封じられ、執念の言葉を遺して血の煙と共にスペーシング王国の闇へと逃亡した、まさにその頃。
ファンナステッド王国の王宮では、ある『異常事態』に、王子妃となったデール・ホワイトが激しく心を乱していた。
「――なんですって? 国の隠密組織の影、そしてブラウン家の精鋭部隊が、忽然と姿を消した……!?」
デールは、白銀の瞳をかつてないほど激しく動揺させ、報告に上がった騎士を問い詰めていた。
あの有能すぎる『黒』や『金』、そしてブラウン家が一斉に動くなど、理由はただ一つしか考えられない。
(シーリン様に……隣国へ嫁いだ私の愛しい大親友に、何かが起こったのではないかしら……っ!?)
一度そう考えてしまえば、もう恐怖と心配で居ても立ってもいられなかった。
グレイスタードへの王子教育にも、今日ばかりは一切身が入らない。手元の書類を見たまま、デールはずっとソワソワと落ち着きなく時計ばかりを気にしていた。
「デール王子妃殿下。安心してください。我が娘も、隣国の国王も、そして影たちも皆無事です。すべては裏で完璧にコントロールされていますよ」
王宮の廊下でばったり会ったシーリンの父親――表向きは地味な伯爵、裏の顔は実質公爵の国王直属スパイボスが、いつものポーカーフェイスでデールにそう声をかけた。ブラウン伯爵は影たちが『永久パス』を使ってスペーシング王国の王宮へ強制転移したことをすべて把握していたのだ。
だが、ブラウン伯爵が「無事だ」と言えば言うほど、デールの中で「やっぱりシーリン様は今、命の危機に直面しているんだわ!」という確信に変わってしまった。
「デール! 行っちゃダメだ!今、あそこは隣国の影のトップたちが集まる戦場なんだぞ! 君がそんな場所へ行っても足手纏いになるだけだ!もし……もし君が逆に敵に捕らえられたりしたら、私はショックで死んでしまう……っ!」
「うるさいわね! 離して頂戴、グレイスタード様!」
デールは、愛おしさが限界突破して縋りついてくる夫の言葉を1ミリも聞かず、グレイスタードよりも完全にシーリンを優先した。
「私、シーリン様のところへ行ってきますわっ!!!」
デールはドレスの裾を翻すと、グレイスタードをその場に置き去りにして、王子妃付きの近衛騎士団を統率し、凄まじい速度で隣国スペーシング王国へと向けて旅立ってしまったのだった。
◇
「……ああ……本当に、シーリンにデールを奪われてしまった……」
王宮に残されたグレイスタードは、自分よりシーリンを最優先して行ってしまった最愛の妻の後ろ姿に、絶望してガックリと肩を落としていた。元々、シーリンはデールのことを異常なほどに溺愛している。だから、余計に我が妻を取られてしまった気持ちでいた。
デールが留守の間中、グレイスタードは完全に魂が抜けた上の空状態で、側近たちから執務の確認をされても「ああ……」「適当にやっておいて……」と呟くばかりの廃人と化していた。
「グレイスタードよ。そんな情けないことでは、せっかく教育してくれたデールに本気で嫌われるぞ」
見かねた現国王から背中をバシッと叩かれ、グレイスタードはハッと我に返った。
(そうだ……! デールが留守のこの間に、私はもっと自分を磨き上げ、次期国王として完璧な男になって、戻ってきたデールにさらに好きになってもらうんだ……!)
グレイスタードは涙を拭うと、デールに褒めてもらうためだけに、血眼になって帝王学の勉強と自分磨きの努力を猛然と開始するのだった。
◇
その頃、高級馬車の中で、デールは「シーリン様、どうかご無事で……っ」と、胸の前で両手を握りしめ、親友の無事を一瞬たりとも休まず祈り続けていた。
そして数日後。
ファンナステッド王国の最強の馬車が、ついにスペーシング王国の王宮の巨大な城門前へと到着した。
馬車の扉が勢いよく開くと、そこで出迎えてくれたのは――。
「はぁぁぁ……デール様直筆のお手紙の残り香が尊い……むふふ……」と、ついさっきまで部屋で手紙を読んでいた余韻で、完全に頬を薔薇色に染めて恍惚の表情を浮かべているシーリン。
そして、その隣で「……私という夫が目の前にいるのに、いつまでデール王子妃殿下の幻影を見て蕩けているんだ」と、気に食わなそうな顔で腕を組んで嫉妬している新国王ブルーコーラルの二人だった。
デールは、出迎えの王族としてのマナーや挨拶なんて一切全てを投げ出した。
「シーリン様――っ!!!」
馬車から飛び降りるや否や、デールは水色のドレスを纏ったシーリンに向かって大ジャンプで飛びついたのだ!
「シーリン様っ……! シーリン様っ、無事でしたのねっ……! 本当によかった……うああああんっ!」
いつもは気高いツンデレであるはずのデールが、私の胸に顔を埋めて、子供のように声を上げてポロポロと大粒の涙を流して号泣している。
「……えっ? デ、デール様……っ!?」
驚きに目を見開いたのも、ほんの一瞬だった。次の瞬間、私の限界オタクとしての、そして大親友としての魂が限界突破して大爆発した。私の茶色の瞳からも、滝のような大粒の涙がブワッと吹き出す。
「うわああああーーーっ!!! デール様が! 私のためだけに国境を越えてここまで来てくださったァァァーーーっ!!! 尊い! 尊すぎる! 私、もう今ここで死んだとしても何一つ悔いはありませんわーーーっ!!!」
私はデールの細い腰をこれでもかと強く抱き返すと、二人で城の前で抱き合って大声で泣きじゃくった。
「ちょっと待ってくれ、リン!! 死ぬなんて簡単に言わないでくれっ!!」
目の前で繰り広げられた凄まじい大親友ハグに、ブルーコーラルの嫉妬心が焦げ付くような音を立てて燃え上がった。ブルーコーラルは狂おしいほどの独占欲を剥き出しにすると、無理やり私とデールを引きはがし、私の身体を自分の広い胸の中へと強引に強く強く抱きすくめてきた。
「君の命が無事で、本当に本当に良かった……! 怖い思いをさせたね、さあ、私の胸でいくらでも泣いてくれ、リン……っ!」
ブルーコーラルは必死に夫として甘く囁いてくる。
――が、私は彼の胸の中で、これ以上ないほど不服そうに眉間に凄まじい般若のような皺を寄せ、営業スマイルすら作らずにキッと言い放った。
「ちょっとブルー! 今はデール様の尊い涙を堪能させてくださいっ! 邪魔しないで!」
「えっ……?」
スッ……。
私は一瞬の隙に、ブルーコーラルの腕の中を、するりとすり抜けると、再び両手を広げてデールの胸の中へとダイブした。
「シーリン様ぁぁ!」
「デール様ぁぁ!」
完全に自分の存在を空気扱いされ、城門前で両手を広げたまま呆然と立ち尽くしている可哀想なブルーコーラル。
そんな哀れな旦那様の姿をチラリと見て、私とデールは顔を見合わせて「ふふっ」「クスッ」と最高に楽しそうに笑い合った。
「本当によかった、シーリン様。ご無事で、本当に……」
「はい、デール様。私、今が世界一幸せですわ!」
私たちは、ブルーコーラルの嫉妬の視線なんて全て青空の彼方へ置き去りにして、お互いの無事と、あのお茶会を遥かに超える『世界一固い親友の絆』を確かめ合うように、いつまでも温かく抱きしめ続けるのだった。




