第2部:第10話:影の罠
「――なるほど。魔女を確実に捕らえるため、退路を断って正面から迎撃する陣形は完璧だね、黒、金」
立体地図を前に、ブルーは冷徹な青い瞳を光らせて頷いた。
男三人による、国家防衛レベルの完璧なビアンカ捕縛作戦。しかし、その時、部屋の隅のソファでイケメン大渋滞の気圧に耐えていた私が、恐る恐る手を挙げた。
「……あの、皆様。少し、私からもよろしいでしょうか?」
「どうしたんだい、リン?」
ブルーが優しく微笑み、金と黒も一斉に私に視線を向けた。私は喉をゴクリと鳴らし、シーリンのチート魔術スペックを総動員して、一つの作戦を提示した。
「黒魔女レッド・ビアンカは、自分の『絶対に解けないはずの術式』を私に解かれたことに激怒して、私を探し回っているのですよね? ……ならば、敢えて私が魔法陣を描いて罠に嵌めるのはいかがでしょう?」
「君の、魔法陣……?」
黒が黒一色の瞳を微かに見開く。
「はい。ビアンカが強行突破してこのテラスの扉を破って突入してきた瞬間、彼女が必ず踏み込むであろうこの床の位置に、あらかじめ、私が【ビアンカの魔力を一瞬で枯渇させる魔法陣】を、目に見えない透過魔力で描いて仕込んでおくんです。……きっとビアンカは私が目の前にいたら突っ込んで来ると思うのですが……突っ込んできた瞬間、彼女の魔力は一瞬で尽きます」
私の突飛、かつあまりにも凶悪な『初見殺しの罠』の提案に、部屋にいた男三人、そして影の精鋭部隊が一斉に言葉を失って静まり返った。
「……はは、最高だね」
次の瞬間、ブルーが心の底から楽しそうに、愛おしさが限界を突破した凄まじい笑みを咲かせた。
「さすがは私の聖女様だ。魔女が人生をかけて誇ってきた魔術を、君が描いた魔法陣で正面から完全に無力化する……。自分の術式を小枝で解かれたことに怒り狂っているビアンカからすれば、これ以上ないほどプライドを粉々に砕かれる、本当の『屈辱的な大敗北』になるよ」
「ああ、素晴らしい。シーリン、君は本当に天才的なブラウン家の娘だ。……よし、作戦を変更する。正面からの力づくの迎撃ではなく、シーリンの罠へと魔女を綺麗に誘導する形にする。私たちは奴が魔法陣を踏み抜いて無力化された瞬間を狙い、四方から一斉に包囲して拘束するぞ、金、ブルーコーラル」
黒が罠のロジックに納得し、不敵な笑みを浮かべて陣形を書き換えていく。
「ふふ、私の可愛い妹が描いた究極の罠だ。罠にかかる哀れな魔女の姿を、特等席で拝ませてもらおうじゃないか」
金も金髪を揺らし、プロの『影の首領』としての冷酷な笑みを深くした。
(……褒めてくれるのはありがたいけど、皆が『聖女様の罠最高!』ってガチの悪党みたいな顔で笑い合ってるの怖すぎるんですけど……! 完全にスペーシングとファンナステッドの影のトップたちを私が悪に染め上げちゃったみたいじゃないのよっ!!)
影たちの「私の罠への全肯定」に脳内で盛大に突ツッコミを入れつつも、私はブルーに見守られながら、テラスの床へと、魔力を込めた筆を走らせて、魔女を罠にかけるための透過魔法陣をササッと描き上げていくのだった。
◇
――そして、その数十分後。
何をやっても情報を手に入れられず、シーリンに近づけないもどかしさに、完全に理性を失って狂気へと染まった黒魔女レッド・ビアンカ。
彼女は、高位の侍女の姿に擬態したまま、誘導されているとは知らず、ついに標的であるシーリンのいるプライベートテラスの扉の前へとたどり着いていた。
(見つけた……見つけたぞ、私のプライドを弄んだ小娘めっ!!!)
ビアンカの赤い瞳が、擬態の裏側で悍ましく濁り狂う。
魔女は不敵な、勝利を確信した邪悪な笑みをその唇に浮かべると――凄まじい爆発の魔力と共に、テラスの重厚な扉をドゴォン!!! と、魔法で派手に爆破させ、中へと突入した。
しかし。その扉の向こう、シーリンが描いた魔法陣のその先には、二つの国のバケモノ級に有能な最強の男たちが、全員揃って冷酷な笑顔で彼女を待っていることなど、彼女は知る由もなかったのだった――。




