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第2部:第5話:引き裂かれた呪詛と、魔女の屈辱

――フン。国の『影』が総出で血眼になっているようだが、実につまらない包囲網だね。


ファンナステッド王国の王都。行き交う人々で賑わう雑踏の中、上品な老婦人の姿に擬態した黒魔女レッド・ビアンカは、周囲の気配を感知して鼻で笑った。


街の死角、建物の屋根の上。そこには気配を完璧に消した、ブラウン家が率いる『諜報部』の精鋭たちが潜んでいる。さらには新しくスパイの頂点に就任したという第二王子、ブラックスタードの情報網までもが街を完全に包囲しているのを、ビアンカは本能的に察知していた。

だが、どれだけ強固な網を張ろうとも、ビアンカが一度呪文を唱えて姿を変えてしまえば、彼らは一髪の毛ほどの手がかりすら掴めない。


老婦人から、次はどこにでもいる平凡な男の姿へ。ビアンカはするりするりと網の目をすり抜けながら、裏社会の闇ルートを使い、目的の「犯人」の情報を集め続けていた。

そしてついに、ビアンカはダクワール子爵の残党である情報屋を脅しつけ、探していた『答え』を完全に突き止めたのだ。


「……見つけた。見つけたぞ……!」


王都の寂れた路地裏。男の姿から、本来の「深紅の髪を持つ妖艶な女」の姿へと戻ったビアンカは、手に入れた報告書を凝視し、狂気的な怒りにその身を激しく震わせた。

報告書に書かれていた、あの香炉の絶対の術式が解かれた「あの日の真実」。

あの日、ダクワールの計画が崩壊した裏庭で、ビアンカが人生をかけて構築した特級呪詛の魔法陣を書き換えた人物。

それは、大国の高名な宮廷魔術師でもなければ、名高き大賢者でもなかった。


ロイヤル学園に通う、当時わずか17歳の小娘。

ブラウン伯爵家の令嬢であり、いまは隣国へと嫁いで王妃となった、シーリン・ブラウン。


「……ブラウン家の、あの小娘……っ!?」


ビアンカの口から、激しいプライドの崩壊を伴う、憎悪に満ちた声が漏れる。

しかも、さらにビアンカの理性をズタズタに引き裂いたのは、その『解除の手口』だった。


情報屋が吐いた現場の目撃証言によれば、そのシーリンという娘は、大貴族の男たちが頭を抱える前で、「落ちていたそのへんの小枝」を拾い、まるで子供の落書きを直すかのようにササッと魔力線を書き換えて、一瞬で呪いを無効化してみせたというのだ。


「小枝……だと……? 私が何年もかけて練り上げた、誰にも解けぬはずの絶対の術式を……あんな、あんなただの小娘が、小枝一本で弄んだというのかァァァーーーっ!!!」


路地裏に、ビアンカの凄まじい絶叫が響き渡った。


ドゴォン!! と激しい魔力が炸裂し、周囲のレンガの壁が木っ端微塵に爆発して砕け散る。

恐怖。そして、それを遥かに上回る、耐え難いほどの屈辱。

自分の存在すべてを「非効率な配列」だと笑われたかのような、あまりにも無慈悲な才能の暴力。


「許さない……。シーリン・ブラウン……いや、いまはスペーシング王国の王妃。……お前がどれほどの『聖女』だろうが関係ない。私のプライドを小枝一本で踏みにじったその傲慢な顔を、絶望と血の海に染め上げて、引き裂いてやる……!」


ビアンカの赤い瞳が、ギラリとおぞましい殺意で濁り狂う。

犯人の名前、そして現在の居場所は完全に割れた。


二国の最強スパイ連合が必死にファンナステッドの街を捜索している中、当の黒魔女レッド・ビアンカはすでに彼らの裏をかき、様々な人間に擬態しながら、国境を超えてシーリンのいる「スペーシング王国」へと、その凶悪な牙を剥いて潜入を開始していたのだった――。

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