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第2部・第1話:黒魔女の焦燥

――キィィィン……ッ。


薄暗い地下の実験室。不気味な緑色の魔導火が揺らめく中、突如として脳内の奥深くに、鼓膜を突き破らんばかりの鋭い警告音が鳴り響いた。


「……っ、は……!?」


劇薬の入ったフラスコを手に持っていた女は、激しい衝撃にその場に凍りついた。


脳に刻まれた、自身の固有魔力の術式。それが、たった今、外側からの凄まじい力によって乱暴に侵入され、完全に断ち切られたのだ。


……術式が解かれた。


それも、ダクワールに手渡した、あの第一王子を洗脳し続けるための『香炉の呪詛』が、だ。


「なぜだ……? なぜ、あの術式が解ける……!?」


女の背中に、冷たい汗がドッと噴き出す。


香炉の行方を追おうと魔力を探るが、まるで深い霧でもかかったかのように、自らの魔力の残滓ざんしすら一切感知することができない。完全に繋がりが消えている。


「繋がりが消えたということは……まさか、上書きされたというのか……? 呪いを破壊されたのではなく、私の描いた術式を、別のより強力な魔陣で塗り替えられたと……!?」


あり得ぬ。断じて、あり得ぬ。


この世界で最強の黒魔術師と恐れられている、この我が描いた絶対の術式だ。


宮廷魔術師が逆立ちしたって、その構造を理解することすら不可能な、黒魔女レッド・ビアンカの最高傑作の術式。それを看破し、上書きして無効化するなど――そんな神の領域の真似、この世の誰にも不可能なはずだ。


ガァァァン!!!


「どこのどいつが私の邪魔をしたァァァーーーっ!!!」


激しい衝撃と、ズタズタに引き裂かれたプライドの怒りに狂い、女――黒魔女レッド・ビアンカは、目の前の頑丈な大理石の実験机を、拳が血に染まるほどの力で思い切り殴りつけた。フラスコが床に落ちてガシャーンと派手な音を立てて砕け散り、不気味な紫の煙が立ち上る。


ダクワール子爵が仕組んだ、ファンナステッド王国の王位簒奪計画。


成功すれば、この国を裏から自由に操る最高の手札が手に入るはずだった。だが、そんな野心よりも、今のビアンカの胸を支配しているのは、得体の知れない「天才」への凄まじい恐怖と、狂気的なまでの憎悪だった。


「私の描いた術式を、小馬鹿にするように塗り替えた化け物が、あのファンナステッドにいる……。許さない。私のプライドを汚した犯人を、絶対に生かしてはおかない……!」


ビアンカは血の滴る手をきつく握りしめると、怪しく、昏くその瞳を光らせた。


幸い、自分は自らの容姿を老婆から絶世の美女、あるいは他人の姿へと自在に変えることができる。


「待っていなさい。王宮に潜り込んででも、裏社会の情報屋を全員脅し倒してでも、必ずお前を突き止めてやる。……私の呪いを笑った不届きなお前の、その首を跳ね落とすためにね……!」


ダクワールが捕まり、計画が崩壊していく陰で、黒魔女レッド・ビアンカは闇に紛れて動き出した。


すべてを塗り替えた「謎の天才」の正体を探るため、魔女の執念深いストーキングの魔の手が、じわじわと、シーリンの待つ世界へと伸びようとしていたのだった――。

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