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第45話(番外編):前世の記憶

スペーシング王国の王宮、ブルーの私室。


私はソファの上で、彼が淹れてくれた紅茶を飲みながら、ずっと胸に秘めていた秘密を打ち明けていた。


「実は……ブルー。信じられないかと思いますが……私……前世……今、こうして、シーリンとして生きている前に、別の人生を生きた記憶があるんです。その時に遊んでいた乙女ゲームの世界と、この世界が驚くほどそっくりで。そのゲームの主人公はシーリン・ブラウン。彼女はゲームの中で男性たちにだけ甘えたり色目を使ったりしていて私は一番嫌いでした。」


私はふっと視線を落とし、あの始まりの日を思い返して小さく肩を震わせた。

ブルーは私の不安を察したように、大きな手で私の頭を優しく、愛おしそうに撫でてくれる。その温もりに支えられながら、私は言葉を続けた。


「それなのに……寝て目が覚めたら知らないベッドの上で、鏡を見たらそこに写っていたのはシーリン・ブラウンで……私は夢かと思って何度も自分の頬を引っ張りました。そして……絶望したのです。あのゲームでグレイスタード殿下と同じくらい憎いヒロインに転生してしまったのだと……」


「リン……」

ブルーが切なげに私の名前を呼び、抱きしめる腕にギュッと力を込めるのが分かった。


「前世の記憶が戻ったばかりで頭が混乱していましたが、落ち着いた時にはシーリンの記憶も残っていることがわかりました。その記憶もやはり男性にはか弱いように見せかけて甘えてばかりで、女性にはツンとした態度を取っていたようです。私はそれが本当に嫌で、そこから私はなるべく男性たちとは話さないようにしました。そして、男性たちから何か手伝うと言われても断るようになりました。特に……攻略対象者たちにはなるべく近づかないようにしていました。……あっ、私の話はこれくらいにして」


私は恥ずかしくなって、慌ててブルーの胸元に顔を埋める。


「当時の私はどれだけやり込んでも、推しのデール様が幸せになるルートだけはどうしても見つけられなかったんです。……だからね、今、デール様がこの世界で、グレイスタード殿下と幸せそうに暮らしていることが……私は、本当に嬉しくてたまらないんです」


これは乙女ゲームで攻略対象者との恋愛を楽しむゲームということ。その対象者は、グレイスタード、グリーンタール、アズパープル、ブラックスタード………そして、ブルーコーラル…あなただったこと。そして、自分がやり込んで知っている、彼らと本来迎えるはずだったすべての結末をも包み隠さずブルーに話した。


ブルーは「なんだって……?」と、いつも余裕な彼には珍しく、青い瞳を驚愕に大きく見開いて固まっていた。


そして、私たちが辿ってきたこれまでの奇妙な足跡をなぞるように、ふっと切なげな、けれど合点のいったような苦笑いを浮かべたのだ。


「……なるほど。だから、君は私に対してあんなにも素っ気ない態度だったのか。あの時はデール妃殿下を救うためなら誰でも使ってやるみたいな雰囲気だったから…。私は留学中、君にあれほど必死にアピールしていたのに、君は全く気づいてくれないと思っていたけれど……わざと知らないふりをしていたのかい?」


「あ…あれは、だって! そもそもブルーとの間に、ゲーム本来の甘い『出会いイベント』なんて起きてないですし! 私は出会いイベントを全て回避してきたんですよ!私とブルーの出会いなんて、あの裏庭での“変顔の大事故”だったんですよ!? そんな最悪のスタートから、まさか王子様が私にそんな気持ちになるなんて普通思わないでしょ? なんで私を好きになってくれたのか、私、いまだに全然わからないんですから!」


私が顔を真っ赤にして必死に弁明すると、ブルーはハッとしたように目を見開いた後、私の両肩を優しく包み込み、世界で一番甘く、そして真摯な瞳で真っ直ぐに見つめてきた。


「それは、君を間近でずっと見ていたからだよ、リン。君が自分のことより、他人の幸せを必死に願っていたからだ。誰もが欲しがる第一王子の隣には全く興味がなくて、デール妃殿下のことを常に一番に考えていて、どうすれば彼女が傷つかないか、それだけを考えて奔走していた。……そんなに愛情深くて真っ直ぐな君に、私の気持ちが動かないわけがないだろう? ……いつの間にかね、私も君に、彼女のように大切に想われたい、私だけを見てほしいと思ってしまったんだよ」


「ブルー……っ」


(ずるい……っ! そんなの、私の方がブルーをどうしようもないほど大好きになっちゃうじゃないの……っ!)


ゲームのヒロインのぶりっ子が大嫌いだった私の魂を、世界で一番美しく全肯定して愛してくれる、私の最愛の旦那様。


しかし、ストーリーすべてを聞き終えたブルーは、私の手を引き寄せながら、今までに見たことがないほどの激しい嫉妬の炎をその青い瞳にギラつかせた。


「……君がこの世界に来てくれて、他の誰でもなく、私だけを本気で選んでくれて……本当に良かったよ」


「ブ、ブルー……?」


「だけど……私はゲームとはいえ、今、もの凄く嫉妬しているよ」


ブルーはスッとソファから立ち上がると、余裕のない、酷く焦ったような顔で私の両肩を掴んだ。


「そのゲームをプレイした君は、全てのルートを攻略したのだろう? ……ということは、君は私の他にあの男たち4人全員と、それぞれ甘い結末を迎えて結ばれたということじゃないか。……はぁ、嫌だ。最悪だ…耐えられない…。ゲームの中の私にすら嫉妬して、胸が引き裂かれそうだ。私は、君の初めても、君の人生の全ての彩りも、私だけのものであって欲しかった……!」


(まさか……ゲームの画面の出来事に、一国の国王がこんなに本気でヤキモチを焼いて嫉妬してくれるなんて……!っていうか、ゲームでは全ルート攻略しましたけども……リアルでは何もかもがブルーが初めてだったんですけどっ!)


ブルーは私を骨が軋むほどの強さでぎゅっと、強く強く抱きしめて、耳元で掠れた声で必死に懇願してきた。


「ねえ……リン。お願いだから……君は私のものだと、口に出して言ってくれ。私の前で、私だけを愛し続けると誓ってくれないか……?」


彼の胸から伝わる、激しい心臓の鼓動。完璧なはずの彼が、私を前にしてこんなに子供のように余裕をなくして愛を乞うている。そのあまりの愛おしさに、私の胸の奥から止めどない愛がドクドクと溢れ出してきた。


私はもう逃げるのをやめて、顔を真っ赤にさせながらも、彼の広い背中に自らそっと腕を回し、耳元で小さく、けれど真っ直ぐに告げた。


「……私は、ブルーだけのものです。……世界で一番、ブルーだけを、心から愛していますし、これからもあなただけを愛し続けます…。それに……前世も含めてですけれど……私は……これほど愛する殿方に出会えたのは初めてですし……何もかもが……ブルーとが……初めてでしたよ……?」


「っ……!!!?」


その言葉を聞いたブルーの全身が、言葉にならないほどの凄まじい歓喜と熱情で、ビクッと激しく震えた。


「……っ、リン……あぁ、本当に君は……!」


もう、彼の理性を繋ぎ止める鎖はどこにも残っていなかった。


「……もう、絶対に、一秒だって離さないからね」


ふわりと身体が浮き上がったかと思えば、そのまま抗えないほど強く、情熱的な力で広いベッドへと押し倒される。シーツの上に純白の肌が広がり、上から覆い被さってきた彼の熱い青い瞳が、獰猛なまでの愛の熱を帯びて私の全てを射抜いていた。


「ん……っ、ブルーっ……」


彼は何度も何度も「愛している」「私の可愛い…リン」と優しく髪を撫でながら、全身へと熱い口づけを落としていく。そうして、彼は私のすべてを大きな愛で優しく、情熱的に満たし、夜が更けるまで何度も何度も甘く蕩けさせ尽くしてくれたのだった。


夜が更ける頃。私は心地よい疲労感と幸福感に包まれながら、ブルーの温かい腕の中で、彼の胸の音を子守唄代わりに聞きながら、すうすうと静かに眠りについた。


乙女ゲーム『ファンナステッドの恋する乙女〜王宮の光と影〜』の大嫌いなヒロインに転生し、ただひたすらに最推しデール様を救うために奔走した私の異世界生活。


推しを救い出し、最高の大親友になり。そして、世界を変えてまで自分を狂おしいほどに愛してくれた『私の青き王』の腕の中で――。

この時の私は、これからもずっと、終わらない本当の、世界一幸せなハッピーエンドを歩み続けていくと思っていた。

この後、第2部へと続きます

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