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第42話(第1部最終話):白銀の花嫁と、最高の凱旋

私たちがスペーシング王国での結婚式を無事に終えてから、さらに数ヶ月の月日が流れたある日のこと。


私は国王となったブルーコーラルの私室で、朝から幸せなパニックに頭を抱えていた。


「シーリン、今日の執務が始まるまで、あと5分だけこうさせて。……ああ、君のブラウンの髪は今日も本当に良い香りがするね」


「….っ、ブルーコーラル様、抱きしめる力が強すぎますわ……っ! 早く執務に行ってくださいっ!」


新婚生活が始まってからというもの、ブルーコーラルの独占欲と甘さは日々増すばかりで、私は毎日顔を真っ赤にして逃げ惑うのが日課になっていた。


そんな私の元へ、ファンナステッド王国から一通の、白銀の豪華な封蝋がされた手紙が届けられた。


差出人は――我が最推し、そして今や世界一の大親友であるデール・ホワイト公爵令嬢。


『シーリン様、お元気かしら。ついに、私とグレイスタード様の結婚式の日取りが決まりましたわ。……良い? あなたは私の唯一無二の大親友なのですから、絶対に一番前の特等席で、私の花嫁姿を見ていなさいよね! 断ることは絶対に許しませんわ。隣の生意気な青い男も、一応連れてきても構わなくてよ』


「デール様からの直筆の招待状来たァァァーーーっ!!!」


私は手紙を胸に抱きしめ、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、全力で悶絶していた。デール様の花嫁姿。ゲーム画面の100万倍美しいに決まっている。拝むだけで寿命が100年延びるレベルの神イベントだ。絶対に行く。這いつくばってでも一番前の席を陣取って見せるわ!


「むふふ……デール様……最高すぎる……!」


私は起き上がり、手紙を握りしめ、頬を真っ赤にしてうっとりと虚空を見つめていると――すぐ隣から、冷ややかな、けれど猛烈に拗ねたような低い声音が降ってきた。


「……シーリン。私という夫が目の前にいるのに、他の誰かの手紙を抱きしめてそんなに蕩けた顔をするなんて……ずいぶんと酷いじゃないか」


「へっ……? ひゃあうっ!?」


振り返るよりも早く、ブルーコーラルに強引にベッドの上へと押し倒された。


逃げ道を塞ぐように彼が上から覆い被さってくる。その青い瞳は、いつも通りの飘々とした笑みを完全に消し去り、ギラリとした強烈な『やきもち』と独占欲の熱で濁りきっていた。


「ブルーコーラル様っ、あ、あの……っ、これはデール様からの結婚式の……!」


「分かっているよ。でも、嫌だな。君が私以外の誰かにそんなに一途な目を向けるのは。たとえデール嬢が相手でも私は我慢できない」


ブルーコーラルは私の両手首を優しく、けれど絶対に逃がさない強さでシーツに縫い留めると、顔を信じられないほどの至近距離まで近づけてきた。整った美貌が目の前を覆い尽くし、私の心臓が爆発せんばかりに跳ね上がる。


「……お仕置きだ。君の頭の中を、私のことでいっぱいにしてあげる」


「ん……っ!?」


次の瞬間、降ってきたのは、息ができないほどに深く、甘い口づけだった。何度も何度も角度を変えて唇を重ねられ、私の小さな抵抗はあっという間に熱いキスの濁流に飲み込まれていく。


「あ……、は……っ」


ようやく唇が離れたと思えば、今度は首筋や鎖骨、耳の裏へと、熱く深い口づけが何度も容赦なく落とされた。衣服の隙間から伝わる彼の熱い体温と、耳元で「私だけを見て」「私のことだけを考えて」と何度も優しく、低く囁かれ続ける甘い言葉。


(無理無理無理!! 確かにデール様は『男たちもドギマギしてる』って言ってたけど、新婚のブルーコーラル様のやきもちはドギマギの域を超えて肉食獣になってるじゃないの!! 私のライフはもう完全にゼロよっ!!)


私がベッドの上で顔を真っ赤にして完全に蕩けさせられ、はあはあと息を荒くして涙目で彼を見上げると、ブルーコーラルはようやく満足したように、愛おしさが限界突破した最高の笑顔を咲かせたのだった。


ーーーー


そして、「トマトの定期収穫報告」もお父様から届いていた。私は慣れた手つきで魔力を流し、文字を反転させる。


『我が娘よ、デール嬢の結婚式の日取りは掴んだ。お前たちが勝ち取った【永久パスの転移装置】のチェックは全て完了している。我が私設精鋭部隊が、お前たちの凱旋の護衛、および王宮の警備として既にファンナステッド王国で待機中だ。安心して国へ戻り、デール嬢のお祝いをするといい』


「お父様、普通の顔して娘の里帰りのためにどれだけ最強の護衛を配置してるのよぉぉぉーーーっ!!」


相変わらず有能すぎてホラーな実家のバックアップにキレッキレの脳内ツッコミを入れつつも、私は最高のフリーパスを握りしめ、ブルーコーラルと共にファンナステッド王国と繋がっている転移装置のある場所まで向かったのだった。



懐かしのファンナステッドに到着してから数日後。


結婚式の会場である大聖堂に足を踏み入れると、ゲストとして一足先に集まっていた懐かしい「あの三人」が、すぐに私たちの元へと歩み寄ってきた。


「やあ、シーリン。久しぶりだね。……相変わらず、君はブルーコーラルにベタベタに愛されているようで安心したよ」


グリーンタールが寂しそうに新緑の瞳を細めて微笑み、アズパープルが洗練された一礼をする。そしてブラックスタードが「もしこいつが君を泣かせたら、いつでも我が国に連れ戻すからな」と、ブルーコーラルの目の前で相変わらず不敵な黒い瞳を光らせる。


「おやおや、私の妻にこれ以上色目を使うのはやめてもらいたいな」とブルーコーラルが私の腰を強く抱き寄せ、男たちの間でバチバチと視線の火花が散る。


そんな懐かしいけれどやっぱり心臓に悪い男たちの包囲網をなんとかすり抜け、私は式の直前、大聖堂の奥にある花嫁の控室へと足を運んでいた。


(……あぁ、ついにこの日が来たのね。デール様のご成婚の日が……!)


緊張で手が震えるのを抑えながら、私は豪華な扉をトントン、とノックした。


「――どうぞ」


室内から響いたのは、鈴を転がすように美しく、私の魂の奥深くまで染み渡る、あの最推しの声。


意を決して扉を開け、中へと一歩踏み出したその瞬間。


私の視界は、眩いばかりの純白の光によって、瞬時に埋め尽くされた。


そこに佇んでいたのは、レースがふんだんにあしらわれた、この世の贅の限りを尽くした、神聖な真っ白なウェディングドレスに身を包んだ、デール・ホワイト公爵令嬢その人だった。


流れるような白銀の髪は美しく結い上げられ、透き通るような白い肌がドレスの白に溶け込むようだ。神秘的な白銀の瞳は、未来への希望を宿してきらきらと輝いている。


世界で一番美しく、世界で一番高貴で、そして――世界で一番尊い、私の最推しの姿が、そこにあった。


「……っ、う、うああああ……!!!」


私は言葉を失い、次の瞬間には、目からボロボロと大粒の涙を溢れさせて号泣し始めていた。


(美しい……神々しすぎる……っ! デール様の花嫁姿、公式の供給が限界突破して私の全細胞が尊さで消滅しちゃうっ!!)


「な、なによシーリン様!? 入ってきた瞬間にいきなり泣き出すなんて……って私もあなたの花嫁姿を見て涙しちゃったわね」


デールは驚いて目を見開いた後、困ったように、けれどこの上なく愛おしげにクスッと美しく笑った。そしてドレスの裾を揺らしながら私に近づくと、その白い手で私の頬の涙を優しく拭ってくれた。


「……遠いスペーシング王国から、わざわざ来てくれて本当にありがとう、シーリン様。あなたが来てくれなければ、私の結婚式は始まらないもの」


「デール様……っ、おめでとうございます……! 私は、私はデール様の花嫁姿を見られて、もう今ここで死んでも悔いはありませんわ……っ!」


「縁起でもないことをおっしゃらないで頂戴、私の大切な大親友」


デールは顔を真っ赤にして照れ隠しにプンプンと怒りながらも、私の手をぎゅっと固く、暖かく握りしめてくれたのだった。



やがて大聖堂のパイプオルガンの音色が響き渡り、厳かな式典が始まった。


私はブルーコーラルの隣、一番前の特等席に座り、ハンカチを握りしめて祭壇を見上げていた。


神官の前へ進み出る二人。


その隣に立つグレイスタードは、あのダクワールたちの洗脳から完全に解き放たれ、デールのこれまでのスパルタ教育の賜物か、次期国王として非の打ち所がないほど立派で、誠実な男の顔をしていた。彼は、デールの手をそれはそれは愛おしそうに、世界で一番大切な宝物を扱うかのように優しくエスコートしている。


二人が神の前で永遠の愛を誓い合い、そして、静かに唇を重ね合わせた、その瞬間。


頭上から、国中に響き渡るような、高らかな祝福の鐘の音が鳴り響いた。


カーン―― カーン――


その音が鼓膜に響いた瞬間、私の胸の奥から、言葉にならない熱い感動の濁流がブワッと押し寄せてきた。


涙が視界を滲ませ、私はハンカチで何度も何度も目元を拭った。


(……勝った。私は、本当にゲームの強制力に勝ったんだわ……!)


前世のあの日、画面の向こうで何度も何度も見た、あの絶望のエンディング。どのルートを検証しても、デールが涙を流して国外へ追放され、全てを奪われるバッドエンドの象徴だった、あの忌々しい『カーン カーン』という鐘の音。


だけど、今この大聖堂に響き渡っている鐘の音は、違う。


(私は全ルートの絶望を超えて……ようやく、デール様を世界一幸せにするハッピーエンドルートを、この手で見つけられたんだ……っ!)


祭壇の上で、グレイスタードにエスコートされながら、全参列者に向かって世界で一番幸せそうな、眩しい笑顔を咲かせているデール。


乙女ゲームの大嫌いなヒロインに転生し、ただひたすらに最愛の最推しデール様を救うために奔走した私の異世界生活。


気づけば最推しと最高の親友になり、その最推しを救い出し、そして、世界を変えてまで自分を愛してくれたブルーコーラルの隣で、私はこれ以上ない最高の、本当の幸せを掴み取っていた。


(……デール様! 私、デール様を絶対に幸せにするっていう約束、守れました!!!)


私は、隣で愛おしげに微笑むブルーコーラルの胸に寄り添い、世界で一番眩しい、満面の笑顔を咲かせるのだった。

このお話で第1部は最終回になります。


この後は番外編を挟んで第2部に入りますので読んでいただけたら嬉しいです。

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