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第40話:トマトの暗号と、白銀の誓い

あの賑やかな帰国パーティーから数ヶ月が流れた。


この世界では、高位貴族の子息令嬢たちは、17歳でロイヤル学園の高等部を卒業し、18歳の『成人』を迎えるまでの1年間、実家の領地経営の引き継ぎや、花嫁修業といった本格的な結婚の準備期間に充てるのが通例なのだ。


(我がブラウン家に関しては、お父様の『国王直属スパイのボス』というヘビーすぎる裏の役職は、全てオールゴルトお兄様が『影』として引き継いでくださることになりました! お兄様、本当にありがとうございます……っ!)


お兄様が家の闇を引き受けてくれたおかげで、隣国へ嫁ぐ私は、この1年間を「本格的な花嫁、王妃修行」と「スペーシング王国の歴史や経営、公務の勉強」だけに、全力で費やせることになったのだ。


そんな人生の節目を前にしたある日、私の元に実家のお父様から最後の一通の手紙が届いた。私は慣れた手つきで、トマトの収穫状況が書かれたその手紙に魔力を流し、真実の文字を浮かび上がらせた。


『これにてダクワールに関する我が隠密任務も一段落だ。国王陛下との特別謁見式にて、お前たちのために【入国審査永久免除】と【ファンナステッドとスペシーングの転移許可証】を勝ち取ってきた。これで両国間の国家規模の永久フリーパス通商条約が締結された。お前が卒業後、隣国へ嫁いだあとにデール嬢に会いたくなった時は、いつでもこのパスを使って国へ戻り、好きなだけ我が家の権利を使うといい。なお、これからの我が家の実務の引き継ぎは全てお前の兄に任せてある。奴はあの社交会の前日、学園の手伝いにかこつけて「影の潜入捜査」として王子の周りを調べていたのだ。その後ダクワールの裏工作を完全に調べ上げ、すでに次期首領としての初仕事を完璧に成し遂げているからな。愛する娘の未来に、国王陛下の影として最大の祝福を。ーー但し、黒魔女に関してはまだ居所が掴めない。念のため注意を。』


手紙のその一文を解読した瞬間、私は自室のベッドの上で、顎が外れそうなほど驚愕して目を見開いた。


「……えええええーーーっ!!!?」


私の脳裏に、あの学園の社交会の前日、中庭でブルーコーラルと子供のようにバチバチに言い合っていた、あの陽気でイケメンなシスコンお兄様の姿が鮮烈に蘇った。


(あの時のお兄様、ただのシスコンのちょっかいじゃなくて、お父様の命令で『影の潜入捜査員』として本当に王子の周りを調べていたのーーーっ!!? だからあんなに誰とでも仲良くなって、警備の手伝いとか言いながら堂々と学園中を歩き回って証拠を掴んでたのね!?)


明るく人たらしな表の顔を完璧なカモフラージュにして、裏では次期スパイボスとしての冷徹な任務を完璧に遂行していたお兄様。


「お兄様、どこまで有能で恐ろしい男なのよぉぉぉーーーっ!!」


実家の「ブラウン公爵家」の、何から何まで常軌を逸した有能っぷりと、お兄様の見事なスパイムーブに、私は最後の最後まで頭を抱えて激しい突っ込みを炸裂させるしか無かったのだった。

有能すぎて最早ホラー。だけど、お父様とお兄様の深い愛が詰まったその『永久免除パス』を、私はそっと胸の前に抱きしめて涙ぐんだ。これで卒業して国が離れても、18歳で成人して正式に嫁いだあとも、いつでも大好きなデール様や家族に会い戻ってこられるのだ。



そして月日は流れ、私たちはロイヤル学園の『卒業式』の日を迎えた。

17歳となった私たちは、無事にすべての課程を修め、いよいよ明日には、私はブルーコーラルと共に、本格的な公務や王妃教育を学ぶために一旦スペーシング王国へと旅立つことになる。


卒業式の放課後。私はデールと、学園での「親友としての旅立つ前の最後のお茶会」を開いていた。並んでいるのは、初めて出会った日にデールが私に投げつけてきた、あの懐かしいお菓子。


「……思い返せば、色々なことがありましたわね、シーリン様」

デールが白銀の瞳を少し寂しげに揺らし、紅茶に視線を落とした。


「はい。入学式の日、私がグレイスタード殿下から隠れていたのに見つかって愛の言葉を掛けられていた所を、デール様が柱の陰から『泥棒猫』と睨みつけてくださったあの瞬間から……私、世界で一番幸せでしたわ!」

「な、何よそれ……。っていうか、何でそんなこと知ってるのよっ!……もう、本当にあなたは最初の最初から変な人だったわね」

デールは顔を赤くして呆れつつも、嬉しそうにクスッと微笑んだ。語り合う思い出の全てが、今では愛おしい宝物だった。


「シーリン様。明日、隣国へ発つあなたに、これを差し上げるわ」

デールはそう言って、私に小さな美しい小箱を手渡してくれた。開けると、そこにあったのは、まばゆい輝きを放つ、ホワイト公爵家の家紋が刻まれた白銀の美しいブレスレットのお守りだった。


「それは、我が公爵家に代々伝わる守護の魔道具よ。……これを持っていれば、たとえ国が離れていようとも、私たちの親友としての絆は永久に切れないわ。……もしあの生意気な青い男があなたを泣かせるようなことがあれば、そのブレスレットに魔力を込めなさい。私がホワイト家の私設軍隊を引き連れて、すぐに隣国へ攻め込んであげますから」


「デール様……っ! 最高のプレゼント、ありがとうございます……っ!」

私はデールから貰った白銀のお守りをぎゅっと握りしめ、大粒の涙をポロポロと溢れさせた。


「もう、本当に泣き虫ね、私の大切な親友は」

デールは優しく微笑むと、私をその白い腕の中にそっと、暖かく抱きしめてくれたのだった。



そして迎えた、隣国スペーシング王国への旅立ちの当日。


校門の前には、ブルーコーラルが用意してくれた、マリンブルーの装飾が施された美しい豪華な馬車が待っていた。


馬車の前には、なんとあの男たちが全員、見送りに来てくれていた。


「シーリン、元気でね。あいつが浮気でもしたら、すぐに実家へ帰ってくるんだぞ」

グリーンタールが寂しそうに笑いながら新緑の瞳を揺らす。


「二国間の通商条約の窓口は、私が責任を持って担当します。いつでもお戻りください、シーリン嬢」

アズパープルが完璧な礼を執りながら、紫の瞳に深い愛を宿して微笑む。


「……ブルーコーラル殿下。私の目の届かない場所だからと、彼女を泣かせるなよ。ほんの一瞬でも隙を見せれば、私はいつでも奪いに行くからな」

ブラックスタードが不敵に黒い瞳を光らせ、ブルーコーラルを牽制する。


「フン、君たちにそんな隙は一秒も与えないよ」

ブルーコーラルはニヤリと笑うと、見せつけるように私の腰を強く抱き寄せた。男たちの間でバチバチと視線の火花が散る中、最後に、デールがグレイスタードを従えて私の前に立った。


「シーリン様、行ってらっしゃい。……いつでも、待っていますわ」

「はい! デール様、行ってまいります!!」

私は馬車に乗り込み、窓から大きく手を振った。


白銀のデール、彼女の尻に敷かれているグレーの王子、そして私の幸せを願ってくれる緑、紫、黒の男たち。彼らの姿が遠ざかっていく。


皆が見えなくなった頃、ブルーコーラルは私の体を自分の方へと引き寄せ、愛おしげに私の額に口づけを落とした。


「さあ、行こうか、私の未来の王妃。18歳の成人を迎えて正式に結婚式を挙げるその日まで……私の国で、私の歴史も、経営も、公務も……全て、私の隣でたっぷりと勉強してもらうよ」

「はい、ブルーコーラル様!」

私は顔を真っ赤にさせながらも、彼の胸に優しく寄り添った。


大好きな最推しを救い出し、世界一大切な親友になり、そして、17歳で学園を卒業して未来の王の隣へ。馬車は澄み渡る青空の下、私たちの新しい幸せな未来の国へと向けて、力強く走り出すのだった。

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