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第4話:青い国からの留学生と、裏庭の奇妙な令嬢

デール様から極上の罵倒(ご褒美)をいただいた翌日。学園内はある大きなニュースで持ちきりだった。


「隣国のスペーシング王国から、第二王子が留学生としていらっしゃったんですって!」


「ブルーコーラル殿下よ! 目の覚めるような美しい青い髪をされているの。とっても知的で素敵な方らしいわ」


廊下を行き交う令嬢たちの黄色い声を聞き流しながら、私は今日も一人、校舎の裏庭へと足を運んでいた。


(留学生? ああ、ブルーコーラル王子ね。ゲームだと確か、シーリンの『飾り気のない素朴な優しさ』に惹かれて溺愛ルートに入るキャラだったわね……)


だが、今の私はただのシーリンではない。中身はデール様を崇拝するオタク、高槻しおりだ。


(悪いけど、隣国の王子様にもフラグを折らせてもらうわ。これ以上、シーリンに惚れる男が増えたら、デール様の邪魔になるだけだもの。……それより、今はクズ王子の好感度を下げるための『変顔』の練習よ!)


人気のない裏庭の大きな木の陰。私は手鏡を取り出し、自分の顔を映した。


「ふんぬっ……!」


両手で頬を引っ張り、目を思い切り寄せて、口を横に引く。


どう見ても淑女がしていい顔ではない。だが、これだ。これをグレイスタード王子の前で不意に披露すれば、百年の恋も一瞬で冷めるに違いない。


「よし、もう一回。……ぬぬぬっ」


私が必死に顔の筋肉を酷使していた、その時だった。


「――ぷっ、はははは! なんだい、その面白い顔は」


頭上から、鈴が転がるような、しかし低く心地よい青年の笑い声が降ってきた。


「ひゃっ!?」


驚いて手鏡を落としそうになりながら見上げると、大きな木の太い枝の上に、一人の青年が腰掛けていた。


風に揺れるのは、まるで南国の海をそのまま溶かし込んだかのような、鮮やかな青い髪。そして、悪戯っぽく細められた瞳もまた、澄み渡るような美しい青色――ブルーコーラル・スペーシング王子、その人だった。


(げぇっ! ブルーコーラル!? なんでこんな木の上にいるのよ!!)


留学初日から木登りを楽しんでいる隣国王子に、私は心の中で絶叫した。よりによって、一番見られたくない限界の変顔を見られてしまった。

……いや、でもいいか。これを見たら惚れられることなんてないだろうから。


ブルーコーラルは身軽に枝から飛び降りると、トントンと服の埃を払い、私に近づいてきた。その青い瞳は、好奇心でキラキラと輝いている。


「驚かせてすまないね。静かな場所を探していたら、先客がいたから声をかけそびれてしまったんだ。……ブラウン伯爵令嬢、シーリン嬢、だよね? 噂の聖女様が、まさか裏庭で一人でそんな顔の特訓をしているなんて思わなかったな」


「……っ!」


私は思わず息を呑んだ。


変顔を見られた恥ずかしさよりも、彼の口から出た不穏な言葉に、背筋が凍った。


「……な……なぜ、こんな私の名前を? それも、聖女様とは……どなたかの間違いではございませんか?」


私は困惑を隠せないまま、一歩後ずさりして問いかけた。


私はただのしがない伯爵令嬢。学園の高等部に入学してまだ数日しか経っておらず、隣国の王子にまで名前が売れるような大層なことは何一つしていないはずだ。


ブルーコーラルは、私の過剰な警戒ぶりに少し意外そうな顔をしたが、すぐにまた楽しそうに目を細めた。


「間違いなんかじゃないさ。今日、学園に到着したばかりの私の耳にすら、君の噂は届いている。入学式の日に第一王子から熱烈な言葉をかけられながらも、決して奢らず、翌日にはデール令嬢からの厳しいお叱り(いじめ)を、涙一つ見せずに健気に、それこそ聖女のような慈悲深い表情で耐え忍んだブラウン伯爵令嬢……ってね」


「……は、はい?」


あまりの斜め上の評価に、私の頭が完全にフリーズした。


健気? 慈悲深い? 違う。私はただ生デール様の罵倒が尊すぎて脳内で限界オタクのダンスを踊りながらうっとりしていただけだ。


(誰よ!その尾ひれはひれをつけ噂を流した奴はーーーっ!!)


勘違いされるのは御免だ。これ以上「健気なヒロイン」としての株が上がれば、あのクズ王子の執着が強まり、デール様が傷つくことになる。私は一歩前に出ると、ブルーコーラルを真っ直ぐに見据えて、必死の形相で否定した。


「殿下、それはとんでもない誤解です! 私は聖女などでは断じてありません! むしろ、あのお方は……デール様は、私なんかよりも遥かに、何百倍も素晴らしくて気高きお方なのです!」


「え……?」


ブルーコーラルが呆気に取られたように目を丸くする。しかし、オタクのスイッチが入ってしまった私を、もう誰も止められない。


「デール様は、幼い頃からグレイスタード殿下を一途に想い続けてこられたのです。私のようなポッと出の女に殿下が声をかけたから、婚約者として当然の、あまりにも真っ当なご指摘を私にしてくださっただけです! そのお姿のなんと凛々しく、なんと愛らしいことか! デール様のあの白銀の髪、そして冷徹でありながらも確固たる意志を秘めた白銀の瞳……! あれこそが本物の美であり、王妃にふさわしい気品というものですわ! 私はただ、その神々しさに言葉を失っていただけにございます!」


「待って、君、息をして……」


「ですから、私は決して耐え忍んでなどいません! むしろデール様にお声をかけていただき、拝まずにはいられないほどの幸福に包まれていただけです! 聖女はデール様です! 私ではありません!!」


はぁ、はぁ、と息を荒くしながら言い切ると、ブルーコーラルはしばらく呆然とした後、くくっと肩を揺らし、ついにはお腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! 面白い、本当に面白いな君は! 自分をいじめた令嬢をそこまで熱狂的に褒めちぎるなんて、やっぱり噂通りの聖女……いや、それ以上の『変わり者』だ!」


(だから、なんで好感度が上がるのよおぉぉぉ!?)


私が頭を抱えた、まさにその時。


裏庭に面した校舎の廊下の影から、その様子をじっと凝視している人物がいた。


グレーの髪に、怒りと嫉妬で濁ったグレーの瞳。第一王子グレイスタードだった。


王子は、窓枠をメキメキと音を立てるほどの力で握りしめていた。


(……シーリン。なぜ、君はあの男にだけ、そんなにも熱い眼差しを向けているんだ?)


王子には、しおりのデール様への純粋なオタクの熱弁が、すべて「隣国の王子に対して、頬を紅潮させ、必死に自分をさらけ出して語りかけている姿」に見えていた。


自分にはあんなに冷たく、目を合わせることすら拒んだシーリンが。今日やってきたばかりの留学生と、裏庭で二人きりで楽しそうに話し込んでいる。


(許さない……。君にそんな表情をさせていいのは、私だけだ。君を私のそばに置くためなら、私は……何だってしてやる……!)


夕闇が迫る中、王子の瞳の奥に、どす黒い執着の炎が完全に灯ってしまった。


デール様を救うためのしおりの必死の訴えは、隣国の王子を惹きつけ、第一王子の歪んだ嫉妬の獣を呼び覚ますという、最悪のトリガーとなってしまったのだった。

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