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第3話:オタクの脳内会議と、待ち望んだご褒美

学園の自室(寮)に逃げ帰った私は、ベッドに大の字でひっくり返り、天井を睨みつけていた。


「あいつ……! マジでなんなのよクズ王子ーーーっ!!」


私の怒りは頂点に達していた。


初対面の、しかも目を合わせてすらいない(必死に隠れていた)女子生徒に対して「君は美しい、堂々としてほしいな」だと?


どの口がそれを言うのか。あんたには白銀の美の結晶、デール様という世界一の婚約者がいるでしょうが!


「やっぱりゲームの『強制力』か『魅了の魔法』が働いてるわ。私の意思に関係なく、あのクズ王子の脳内フィルターが勝手に私を美化してる……。本当に気持ち悪い!」


このままではゲームのシナリオ通り、王子の心が私に傾き、デール様を傷つける最悪のカウントダウンが始まってしまう。それだけは、私の魂が、オタクとしてのプライドが絶対に許さない。


「こうなったら作戦変更よ。王子を避けるだけじゃダメ。王子の前で、徹底的に私の好感度を下げる行動を取るのよ!」


例えば、王子の前でわざと鼻をすするとか、めちゃくちゃ下品に笑うとか、あるいは「お金とお財布しか興味ありませんわ!」とお金に汚い女のフリをするとか。


そうやって王子に「シーリンって、顔は可愛いけど中身は最低な女だな……」と幻滅させれば、王子の目は自然と、気高くて美しいデール様に戻るはずだ。


「よし、完璧な計画ね。待ってて、私のデール様……! 私が必ず、あのクズ王子をあなたに返品して差し上げますわ!」


一人で拳を握りしめ、推しの幸福な未来を妄想してフンスと鼻息を荒くした、翌日の放課後のことだった。




校庭の裏庭を歩いていると私に向かって何かが飛んできた。

何だろうと下を向いていると……


「――ちょっと、そこのブラウン伯爵令嬢」


心臓がドクンと跳ね上がる。

……この声、この高貴な響き、間違えるはずがない。


恐る恐る振り返ると、そこには夕日に照らされ、白銀の髪をきらめかせたデール様が、二人の取り巻き令嬢を引き連れて立っていた。


(ひ、ひぇぇぇぇ……!! 生デール様が、私の名前を呼んだ……っ!!!)


私の脳内ではピンクのペンライトが、音を立てて激しくオタ芸を始めた。


見て、あの冷ややかな白銀の瞳。蔑むように私を見下ろす、あの完璧な角度の顎のライン。ゲーム画面の1万倍美しい。尊い。今すぐこの空間の空気を缶詰にして家宝にしたい。


しかし、デール様の美しさに悶絶する私の表面は、緊張でガチガチに固まっているように見えただろう。


デール様は腕を組み、ツカツカと私に近づくと、扇で私の胸元をピシッと指し示した。


「あなた、昨日の入学式の後、私のグレイスタード様にずいぶんとあざとい態度で媚びを売っていたようじゃない。中級貴族の分際で、身の程をわきまえなさい。これ以上、私の婚約者に色目を使うようなら……ただで済むと思わないことですわ!」


キッと私を睨みつけるデール様。その白い頬は、怒りと嫉妬でほんのり赤くなっている。


(……可愛い。え、待って、怒り顔のデール様、信じられないくらい可愛いんだけど!?)


「私のグレイスタード様」というワードに込められた不器用な独占欲。そして、私みたいなポッと出の女に必死に威嚇しているその健気さ。


(しおり)の脳内は、今や限界突破の供給過多で消し飛んでいた。


(あああっ、デール様が私をいじめて(叱って)くださっている……! 『身の程をわきまえなさい』だって! 最高!! デール様の美しい唇から、私に向けられた直筆の罵倒ワード、いただきました!!!)


「……っ」


あまりの幸福感と尊さに、私は言葉を失い、顔をわずかに紅潮させながら、うっとりとデール様を見つめてしまった。


口元は「デール様しゅき……」と言いそうになるのを必死に堪え、まるで極上のご褒美を与えられた信者のような恍惚の表情を浮かべている。


そんな私の顔を見て、凄んでいたはずのデール様が、一瞬ピキッと固まった。


「な……、なによ、その顔は……?」


デール様は、いじめた相手から恐怖や涙ではなく、なぜか「深い悦びと崇拝の眼差し」を向けられ、完全に不気味さを覚えて引き始めていたのだった。


口元を手で覆い、熱っぽい瞳で自分を見つめてくるシーリンに対し、デール様は戸惑うように後ずさりした。


「……っ、ふん、不気味な女ね! 行くわよ、あなたたち!」


デール様はこれ以上調子を狂わされてはたまらないとばかりに、ツンと美しい顎を跳ね上げ、取り巻きの令嬢たちを連れて嵐のように去っていった。


(ああ、デール様……去り際のフンスッとしたお顔も国宝級に愛らしかったです……。ごちそうさまでした……!)


私は胸の前でぎゅっと手を組み、心の底から満たされたタメ息を漏らす。


まさに神イベント。これなら毎日でもいじめられたい。


――だが、しおりは気づいていなかった。


夕闇に染まる回廊の2階、その手すりの影から、この様子をじっと見下ろしていた二人の男がいたことに。


「……なんという、美しい表情をするのだ……」


ぽつりと、掠れた声で呟いたのは第一王子グレイスタードだった。


彼のグレーの瞳は、怪しくギラギラとした光を放ち、階下にいる私に釘付けになっていた。


王子から見れば、(シーリン)はデールから理不尽な嫉妬をぶつけられ、身を震わせながら耐えている悲劇のヒロインだった。それなのに、恐怖に泣き叫ぶこともせず、夕日に照らされながら神秘的で、どこか恍惚とした表情を浮かべて佇んでいる。


(私を見て、あの表情をさせたい……。あの美しい瞳に、私だけを映してほしい)


王子の心の中で、歪んだ独占欲の種が急速に芽吹いていた。


(彼女を、何が何でも自分のそばに置きたい)


それは初恋の熱病というよりも、シーリンへの『魅了の魔法』にでも掛かっているかのように、脳を完全に狂わされた、執着の始まりだった。


一方、その数歩後ろに控える側近アズパープルは、主君のただならぬ様子に、内心で冷や汗を流していた。


(殿下、またそんな目をされて……。やはりこの令嬢は危険だ)


アズパープルは紫の瞳で階下の私を見つめ、同時に、すぐにでもこの場に割って入るべきか激しく葛藤していた。


なぜなら、アズパープルは事の真相をすべて知っているからだ。


(デール様は誤解されている。シーリン嬢は何も、殿下に色目など使っていない。昨日の入学式の後、緊張のあまり身を隠そうとしていた彼女を、殿下が無理やり引き止めてほぐしてあげようとしただけだというのに……)


もし自分が下へ降りていけば、「シーリン嬢は無実です。すべては殿下が一方的に声をかけたことが原因です」とデール様に伝え、この場を収めることができるかもしれない。これ以上、ホワイト公爵家とブラウン伯爵家の間に無用な摩擦を生みたくはなかった。


しかし、アズパープルが足を踏み出そうとした瞬間。


目の前で拳を固く握りしめ、シーリンをじっと見つめるグレイスタード王子の、あまりにも異常な横顔が目に入った。


(……いや、今ここで私が彼女を庇えば、殿下はさらに意固地になり、彼女への執着を強めてしまうか……?)


アズパープルの怜悧な頭脳が、最悪の未来を予測する。


主君の狂気的な視線の先で、何も知らずにぽつんと佇むブラウン伯爵令嬢。


アズパープルは、王子の身勝手な一目惚れのせいで、これからデール様の嫉妬と王子の執着という二つの暴風に巻き込まれていくであろう少女に対し、初めて、義務感ではない「憐れみ」と「強い興味」を抱き始めていた。

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主人公どんまいすぎる推しから嫌われてT^T
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