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第36話:青き国の祭壇と厳かなる前奏曲

スペーシング王国において、王族の婚約とは口約束だけでは決して成立しない。

内定の後、国内外の有力な貴族や王族を全て集めた大儀式――【婚約式】を執り行い、皆の前で正式にお披露目を済ませて初めて、法律の元に「婚約決定」となる結婚前の最も重要な儀式なのだ。


その重大な婚約式当日。私とお父様、お母様を乗せたブラウン家の馬車は、スペーシング王国の絢爛豪華な王宮へと到着していた。


(ひ、人が多すぎる……! これ、もし私が粗相をして婚約が白紙になったら、デールといつでも会える友好国ルートが消滅しちゃうんじゃ……!)


馬車を降りた瞬間、会場を埋め尽くすスペーシング王国の高位貴族や王族たちの、値踏みするような視線が一斉に私へと突き刺さる。


「他国の、しかもただの伯爵令嬢が第二王子殿下の正妃に内定しただと?」「一体どのような術を使ったのやら」と、あちこちから不躾な囁き声が聞こえてくる。


だが、そんなアウェイな空気の中、私より先に一歩前に出たのはお父様だった。


いつも通り地味で気弱そうな笑顔を浮かべつつも、その背後には、お父様がトマトの暗号手紙で手配していた、完璧に気配を消した我が家の私設精鋭暗殺部隊が、影のように王宮の死角に配置を完了させている。お父様が軽く喉を鳴らすだけで、この会場の不届き者の首がいつでも飛ぶ状態だ。スパイボスのバックアップ、相変わらず心強すぎて逆に怖ろしい。


「お待たせしたね、シーリン。…… ブラウン伯爵」


その重苦しい空気を切り裂くように、正面の大きな扉が開き、ブルーコーラルが姿を現した。


今日の殿下は、留学時の制服とは比べ物にならない、スペーシング王国の正統なる第二王子としての、凄まじい威厳と気品に満ちた正装を纏っていた。流れるような青い髪に、一切の揺るぎない確固たる青い瞳。その眩しすぎるお姿に、会場の令嬢たちから一斉にため息が漏れる。


ブルーコーラルは私を見つけると、それまでの冷徹な王族の顔を一瞬でとろけるような優しい笑みへと変え、あちこちで値踏みをしていた自国の貴族たちを冷ややかに一瞥した。


「皆、静粛に。本日ここに集まってもらったのは、私の生涯で唯一の婚約者――ファンナステッド王国のシーリン・ブラウン伯爵令嬢を、正式に紹介するためだ。……ブラウン家の方々も、我が国へようこそ。歓迎いたします」


殿下がスッと私を自分の隣へと引き寄せ、その細い腰をがっしりと抱き寄せた。


スペーシング王国の第一王子や有力貴族たちが、「ただの伯爵令嬢ではないな」と、殿下のあまりの執着ぶりと、その背後に控えるお父様の底知れないオーラに気づき、じわじわと顔色を変え始める。



ファンファーレが鳴り響き、いよいよ厳かな婚約式典が幕を開けた。


私たちは大理石の階段を上り、色鮮やかな絨毯を踏みしめて、一番奥にある花々で飾られた神聖な祭壇の前へと並び立つ。


国王陛下や神官、そして国の全貴族たちが見守る中、私たちは法律に基づいた婚約の誓詞を読み上げ、互いの指に美しい婚約指輪を滑り込ませた。ここまでは伝統に則った、完璧で厳格な儀式。


――しかし、指輪の交換を終えた直後、ブルーコーラルは私の手を繋いだまま、会場の全貴族や王族たちに向かって、真っ直ぐに冷徹な視線を向けた。


その青い瞳に宿ったのは、他者を一切寄せ付けない、圧倒的な覇王の輝きだった。


「――ここで、私を支えてくれる我が国の臣下たちに、一つ宣言しておきたいことがある」


ブルーコーラルの低い美声が、水を打ったように静まり返った式典会場に響き渡る。


「私は第二王子だが、これからは【国王】を目指す。この私の隣に立つシーリンを我が国の『正妃』に迎え、ファンナステッド王国とは未来永劫、最も固い絆で結ばれた友好国であることを、私がこの国の王となって世界に示してみせる。……異論のある者は、今ここで前に出るといい」


「……っ!?」


殿下のあまりにも不敵で、あまりにも壮大な『国王宣言』に、国王陛下や第一王子、そして会場を埋め尽くす貴族たちが、驚愕のあまり完全に言葉を失っていた。


一人の少女への愛のために、そして彼女の願いを全て叶えるためだけに、国を動かして玉座を奪い取ると、全貴族の前で堂々と宣言してみせたのだ。


あまりのカッコ良さと、国中を敵に回しかねない凄まじい愛の大きさに、私の胸の奥からは止めどない愛おしさがドクドクと溢れ出してくる。


ブルーコーラルは、呆気にとられて顔を真っ赤にしている私を見つめると、フッと世界で一番幸せそうに目を細めた。そして、繋いだ私の手を口元へ引き寄せ、全貴族に見せつけるように、その手の甲に熱い誓いの口づけを落としたのだった。

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