第33話:オオカミたちの敗北と、無慈悲な勝者
「――シーリンが、ブルーコーラルを選んだ……だと……っ?」
放課後。いつもなら『お守り隊』が集まるはずの裏庭のさらに奥、深い木々に隠された作戦基地には、かつてないほどのドス黒いオーラが立ち込めていた。
彼らの元にそれぞれ届いた一通の手紙。
その内容はシーリンへの告白の断りの返事だった。
大樹の幹をドゴォン!! と凄まじい音を立てて殴りつけたのは、グリーンタールだった。その新緑の瞳は血走り、耳まで真っ赤にして激しい悔しさに身を震わせている。
「嘘だろ……! 私があんなに夜景の丘で全てを曝け出し、後ろから抱きしめて『私だけを見てくれ』と懇願したというのに……! 何故、あいつなんだ……!」
「……見苦しいですよ、グリーンタール。声を荒げたところで、事実は変わりません」
そう冷酷に言い放つアズパープルの声もまた、地を這うように低く、怒りで震えていた。いつも完璧な彼の紫の髪はわずかに乱れ、手元にある手紙は、あまりの指先の力で無惨にもクシャクシャに丸められている。
「私は彼女に『生涯の全てを捧げる』とプロポーズまでしたのです。植物園で私の胸の中で、あんなにカチコチになって私の鼓動を聞いていた彼女が……何故、隣国の、あの飄々とした男を選んだというのですか……っ!」
二人の大貴族が理性を失って荒れ狂う中、大樹の影から姿を現した第二王子ブラックスタードは、漆黒の髪を乱暴にかきむしり、地獄の底のような黒い瞳で地面を睨みつけていた。
「フン……。私としたことが、完全に計算を誤ったな。噴水の前で片膝をつき、完璧な騎士の誓いを立てて、その手の甲に口づけまでしたというのに。……あの他国の第二王子め、まさか『自国に戻って国王になり、ファンナステッドと未来永劫の友好国になるからいつでも会いに行けばいい』などという、国家規模の無茶苦茶な条件を提示して囲い込むとは……!」
ブラックスタードはチッと盛大に舌打ちをした。
そう、この三人は「いかにシーリンを愛しているか」「いかに独占したいか」を競い合っていた。しかし、ブルーコーラルだけは影の報告書から彼らの猛攻に戦慄し、『シーリンの一番の目的はデール嬢の幸せである』という彼女のオタクな本質を完璧に見抜き、「国を動かしてシーリンの親友であるデールごと幸せにする」という反則級の手札を切ってきたのだ。
「あいつ……いつもは私たちのデートを木の上から面白がって見ていた(本人はそういうフリをしていただけ)くせに、自分の番になった瞬間、一番卑怯な手段を使いやがって……!」
グリーンタールが悔し涙を流さんばかりに床の草を毟る。
「……完全に先を越されましたね。他国の『次期国王』宣言をした王子が正式に我が国の『実質公爵令嬢』へプロポーズし、彼女がそれを受け入れた以上、もう力ずくで奪うことは国際問題になります。……くそっ……!」
あのアズパープルが、生まれて初めて綺麗な顔を歪めて悪態を吐いた。
完璧で、傲慢で、誰もが憧れるこの国の最高峰のハイスペック男子三人。
彼らは一人の栗色の少女を前に、これ以上ないほど完膚なきまでに叩きのめされ、互いに強烈な敗北感と嫉妬に狂いながら、醜くヤキモキと頭を抱え続けるしかなかった。
◇
一方その頃、そんな男たちの血の涙の反省会など知る由もない私は、馬車の中でブルーコーラルの隣に座っていた。
「シーリン。はい、あーん」
「ひゃぅっ……、あ、あの、殿下……っ」
一ヶ月前のブラックスタードとの城下町デートでの立場が完全に逆転していた。
婚約が内定した途端、ブルーコーラルは「もう隠す必要は無いからね」と言って、以前よりもずっと、それこそ一秒でも離れたくないかのように私にピッタリとくっつき、移動中の馬車の中でも私の腰を抱き寄せ、嬉しそうに自国の美味しいお菓子を私の口元へと運んでくるのだ。
――実は、ブルーコーラルは、あの影の報告書を読んだ時からずっと、猛烈に羨ましくて嫉妬していたことがあった。
報告書に書かれていた『城下町の大衆食堂にて、シーリン嬢が第二王子ブラックスタードに肉をあーんして食べさせる一幕あり』という、あの微笑ましすぎる一節。
(……ブラックスタードの奴、私より先にシーリンに『あーん』なんて特別なことをされるなんて、ずるいじゃないか。私だってまだ、彼女からあーんなんて一度もされてないのに……!)
一国を動かす天才的な頭脳を持つ王子が、そんなささやかな出来事に本気でヤキモキし、敗北感を感じていたのだ。だからこそ、彼は今回のデートで、その遅れを取り戻すかのように必死になってシーリンにお菓子を「あーん」して食べさせようとし、あわよくば自分にもやってもらおうとしていたのだ。
「もうすぐ我が国は創立記念祭だからね。……君を私の隣に座らせて、世界中に『私の最愛の王妃だ』って自慢するのが、今から待ち遠しくてたまらないよ。……だから、早く私にもあーんして?」
青い瞳をトロけるように甘く細め、確信犯的に私の耳元に唇を寄せて愛を囁きながら、子供のようにおねだりしてくるブルーコーラル。
(だから、甘さが限界突破してるって言ってるでしょーーーっ!! 嬉しいけど、幸せだけど、やっぱり私の心臓が持たないわよ!!)
私は相変わらず顔を真っ赤にしてパニックを起こしながらも、彼の胸元に優しく抱きすくめられ、今度こそ本物の「自分のハッピーエンド」の甘い暴風に、心地よく身を委ねるのだった――。




