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第31話:『断ることは許さない』、焦燥の海と青き王子の誤算

ブルーコーラルの私室。

一束の報告書をデスクに叩きつける。


「……待て。みんな、いくらなんでも本気すぎるだろう……!?」


スペーシング王国の第二王子、ブルーコーラルは、留学生専用の豪華な寮の私室のデスクの前に立ち尽くし、珍しく青い髪を乱暴にかきむしっていた。


手元にあるのは、秘密裏に雇った影の調査員から届けられた、シーリンと他の男たちの『デート報告書』。


公爵家嫡男グリーンタールによる、夜景の丘での額へのキスと後ろからの熱烈なハグと、愛の告白。


グレイスタード王子の第一側近アズパープルによる、美術館での密着デートと愛の囁き、そして植物園での頬へのキスと「生涯を捧げる」という直球のプロポーズ。


そして極めつけは、あの冷徹な第二王子ブラックスタードが、城下町の噴水前で騎士のように片膝をつき、妃になってくれと迫ったという決定的な事実――。


「グリーンタールはいつも通りだとしても、アズパープルもブラックスタードも、普段はあんなに冷淡な癖に、彼女の前だと何なんだあの肉食獣っぷりは……っ。完全に理性を無くしているじゃないか」


報告書を読み進めるたび、ブルーコーラルの背筋に冷たい戦慄が走る。


一時は、このまま押していけば自分のものにできるのではないかという確信めいたものがあったが、あの愛らしい栗色の小鳥は、あっという間にこの国の貪欲なオオカミどもに巣ごと攫われてしまう。


(……焦るな。私の強みは一体何だ? 落ち着いて組み立て直すんだ、ブルーコーラル)


彼はデスクに両手をつき、何度も何度も自分に問いかけた。


スペーシング王国の王子という絶対的な身分。誰もが目を奪われる南国の海のような容姿。洗脳の呪いすら退ける魔導具を作れるほどの明晰な頭脳。幼き頃から訓練していた戦闘能力も申し分ないはずだ。いつもなら、自分の有利な手札などいくらでも瞬時に並べ立てることができたはずだった。


だが――。


あの裏庭で、変顔の特訓をしていた彼女の姿を思い出す。


誰もが羨む第一王子の求愛を拒絶し、自分をいじめたはずのデールを必死に守り、顔を真っ赤にして「デール様が世界一素晴らしいのです!」と息を荒くして熱弁していた、あの眩しすぎる彼女を思い出す。


その瞬間、いつもはすぐに出てくるはずの自分の『強み』が、頭の中から綺麗に霧散して何一つ出てこなくなってしまった。


(駄目だ。身分も、容姿も、頭脳も、力も、彼女の前では何の盾にもならない。私はただ……一人の男として、彼女を他の誰にも渡したくないと、狂いそうなほどに焦っているだけだ……)


「……最後のデートだ。手段なんて選んでいられない。私の持てる全ての熱量で、彼女の心を完全に奪い尽くして見せる」


完璧だったはずの隣国王子のプライドが、一人の少女への恋心によって完全に粉砕されていた。ブルーコーラルはぎゅっと拳を握りしめ、青い瞳に今までにないほど激しく、揺るぎない独占欲の炎を灯した。



そして迎えた、4回目となる最後の強制デート当日。


デールから「完璧な男たちが内心ドギマギしている」というアドバイスを貰い、少しだけ心の準備ができていたはずの私は、寮の門の前で、またしても激しい衝撃に襲われていた。


「お、お待たせいたしました、ブルーコーラル殿下……」


そこに待っていたのは、いつもの飄々とした笑顔……ではなく、どことなく視線が鋭く、獲物を絶対に逃さないと決めた野生の肉食獣のようなオーラを纏ったブルーコーラルだった。気合いの入った彼の正装姿は、相変わらず心臓に悪いほど美しい。


そして、今日の私が身に纏っていたのは、侍女たちが選んだものではなかった。


かつてのあの放課後、彼が私の手に口づけを落としながら「私の髪色のドレスを君にプレゼントさせてくれないかい?」と微笑み、贈ってくれた――あの、世界に一着だけの、鮮やかで美しいマリンブルーのドレスだった。


「……シーリン」


シーリンの姿、何より、ブルーコーラルが彼女のために贈り、自分の髪色と同じ青に染まったそのドレスを見た瞬間。


ブルーコーラルは激しく息を呑み、その青い瞳を信じられないほど大きく見開いた。


他の男たちとのデートでは、色合いはそれぞれ似せていたものの、別のドレスを着ていた彼女が。

自分との最後のデートに、社交会の時、自分が彼女のためだけに用意した、この世に一つしかない自分の色のドレスをわざわざ選んで着てきてくれたのだ。

その瞬間、焦り狂っていた彼の瞳の奥に、ゴオッと凄まじい歓喜と、狂おしいほどの愛おしさが爆発した。



ブルーコーラルは私の前に一歩詰め寄ると、私の手を骨が軋むほど強く、強引に引き寄せ、そのまま私の腰をがっしりとホールドして自分の体に密着させた。


「て、殿下……っ! 距離が近いですわ……っ!」


「……もう、本当に限界なんだ、シーリン」


耳元で、今まで聞いたこともないほど低く、焦りと激しい独占欲に満ちた声音が降ってくる。


「他の男たちにこれ以上君を見せたくない。……私の贈ったドレスを纏った君は、信じられないほど綺麗だ。今日は私の全てを賭けて、君を完全に私だけのものにしてみせる。……覚悟してね?」


ドレス越しに伝わる彼の熱い体温と、吐息が直接触れるほどの至近距離での独占宣言。


(無理無理無理!! 確かにデール様は『男たちもドギマギしてる』って言ってたけど、ブルーコーラル殿下のはドギマギの域を超えて肉食獣になってるじゃないの!! 私のライフはまたしても最初の1秒でゼロよーーーっ!!)


顔を真っ赤にしてパニックを起こす私を、ブルーコーラルはこれ以上ないほど愛おしそうに強く抱き寄せ、周囲に見せつけるように甘く、獰猛に微笑んだ。


デールのお茶会でリフレッシュしたはずの私の心臓は、最後のデートの幕開けと共に、これまでにないほどの最大風速の暴風雨パニックに巻き込まれてしまうのだった――。

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