第28話:白銀のヒーローと、限界オタクの聖域
情熱的すぎるアズパープルとのデートから数日後。私の心は、すっかり擦り切れてボロボロになっていた。
あんな命の縮まるような甘々攻撃が、まだあと2回もあるなんて、魂は高槻しおり(20歳・男性経験ほぼゼロ、あの2週間、告白されて付き合ったものの、特になーんにもなくフラれたのだ)の心臓が持つわけがない。
そんな私の元に届いたのは、なんと最推しであるデール・ホワイト公爵令嬢からの、二人きりのお茶会の誘いだった。
「むふふっ……! デール様と二人きり! 最高すぎるだろっ!!」
私は朝からうっきうきだった。ここ数週間の憂鬱が嘘のように消え去り、久しぶりにこれ以上ないほど晴れやかな気持ちで、スキップせんばかりの勢いでデールの豪華な私室へと向かった。
部屋の扉が開くと、そこには白銀の髪を美しく揺らしたデールが待ち構えていた。
「シーリン様、ようこそ」
デールは優しく微笑み、この上なく優雅にお辞儀をして私を迎えてくれた。
「お招きいただきまして、誠にありがとうございます!」
本当は今すぐ駆け寄ってその美しいドレスの裾に五体投地したい気持ちだったが、私はグッと理性を総動員して、最敬礼のカーテシーを返した。
案内されたテーブルには、高貴な香りの紅茶と、見た目も愛らしい最高級のお菓子が並んでいる。デールに勧められるまま、美味しいお茶とお菓子を堪能して、私の心はみるみるうちに浄化されていった。
――が、優雅なお茶会の空気は、デールの一言で一変する。
「ところで……なんだか、大変なことになっているようね。あの4人からデートに誘われて、しかも断ることは禁止だなんて。あの方々、一体何を考えているのかしら? 普通に考えたら、あなたを独占したいと思わないのかしらね?」
デールが困ったように美しい眉をひそめた瞬間、私のダムが決壊した。
「……私にも、本当に訳が分かりませんの! すでにお二方とデートを終えましたが、私はもう、心臓が持ちませんわ! デール様ぁぁぁ!! 私はこれからどうしたらいいのですかーーーっ!!」
私はデールに甘え、半泣きになって机に突っ伏した。
すると、デールは呆れたようにクスッと笑うと、侍女に椅子を私のすぐ隣に置くよう指示を出した。そして私の隣に腰掛けると、スッと白い腕を伸ばし、あろうことか、私を優しくその胸に抱きしめてくれたのだ。
(……あっ。私、今すぐ死んでもいい)
背中に回るデールの優しい手の温もり。最推しに、あの世界一美しき悪役令嬢に、今、私は真っ正面からハグされている。これほどの幸福が、これからの人生であるだろうか。いや、無い。
「うぅ……今が一番幸せです……。デール様さえいてくだされば、私はもう何もいりませんわ……っ!」
私が腕の中で全力で泣きつくと、頭上からふふふ、と鈴を転がすような優しい笑い声が聞こえてきた。
「あなたは本当に、面白いわね。……でも、そんなあなたの一生懸命な姿に、私は何度も救われたわ。本当にありがとう、シーリン様。……これからは、私を『親友』として、あなたのそばにいさせてもらえないかしら?」
「親友……っ!?」
まさかの公式からの神提案。私は涙で視界を滲ませながら、壊れた玩具のように激しく首を縦に振った。
「ありがとうございます……っ! 大好きです、デール様ーーーっ!!」
「もう、本当に泣きすぎですわよ」
デールは困ったように笑いながら、私の目元を優しくハンカチで拭ってくれた。
「ところで、親友としての質問なのだけれど……今、あなたが一番気になっている男性は、どなたかいるのかしら?」
(き、来たァァァーーーっ!! 最推しからの恋バナ!!!)
私は一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、指先をモジモジと動かした。
「………正直に申し上げますと、今まではブルーコーラル殿下と一緒にいることが多く、何となく、あのブルーコーラル殿下の髪の色のドレスを贈られた社交会の時から意識をしている自分がいました。……でも、今回の2回のデートで……あの、デール様、これは他の方々には絶対に内密にしていただけますか?」
「ええ、もちろんよ。誰にも言わないわ」
デールが身を乗り出して、白銀の瞳を輝かせる。私は声を潜めて、俯きながら白状した。
「……グリーンタール様からは、息が止まるほどのたくさんの愛の告白をされまして……。アズパープル様からは、愛の告白に加え、その……『生涯を捧げる』と、プロポーズまでされまして……っ」
「まあ……!」
デールは驚きに目を見開き、上品に扇で口元を隠した。
「それで、私はしっかり他の方たちとも向き合わなきゃいけないと思ったのですが……皆様、その……情熱的すぎて……私、本当に手に負えませんの……っ」
私が涙目で訴えると、デールはしばらく呆然とした後、意地悪にクスッと笑ってみせた。
「4人もの高スペックな男性たちからの、本気のアプローチですものね。きっと4人とも、あなたを他人に振り向かせたくなくて、必死で焦っているのよ。……ねえ、逆に考えてみて? あなたを振り向かせたくて、あなたに触れたくて、あの完璧な男たちが内心でドギマギと余裕をなくしていると思ったら……なんだか少し、クスッと笑えてこないかしら?」
デールは悪戯な子猫のような顔で笑った。
(ああ、尊い……。この美しすぎる笑顔を一生独り占めしたい……!)
私はその笑顔に魂を奪われつつ、デールの言葉を脳内で反芻した。
そうだ。あの恐ろしいオオカミたちだと思っていた男たちは、私を前にして、余裕をなくして必死になってくれているのだ。そう思ったら、少しだけ、彼らへの恐怖が和らぐような気がした。
「きっと、あの4人も……私のことを、そう思ってくれているのかしら……」
デールとの至福のお茶会によって、私の擦り切れていた心はすっかり綺麗に洗われ、翌朝、私は久しぶりに、清々しい真っ直ぐな気持ちでベッドから起き上がることができたのだった。




