第26話:『断ることは許さない』、紫紺の美術館デート
あの情熱的すぎるグリーンタールとのデートから、一週間後。
私の心は、この世の終わりかというほど憂鬱だった。
(あんな命が縮まるようなデートが、あと3回もあるの……!?)
そして迎えてしまった2回目の強制デート当日。
本日のお相手は、王子の第一側近であり、常に冷静沈着なアズパープル。
だけど私は、いつもの裏庭のノリで自分を必死に励ましていた。
(大丈夫よ、今回は『美術館』だもの! この間の劇みたいに感情移入して大号泣することもないし、ロマンチックな夜景の丘に連れて行かれる心配もないわ。うん、今日ならきっと、まともに正気を保っていられるはず!)
楽観視という名の現実逃避をしていたこの時の自分に、すぐに後悔することとなるとは、当時の私は知る由もなかった。
◇
案の定、寮の門の前には、気品溢れるトルネーク伯爵家の豪奢な馬車が停まっていた。
そしてそこに佇んでいたアズパープルは、いつも以上に洗練された、伯爵家嫡男としての煌びやかな正装を完璧に着こなしていた。ただでさえ国宝級のイケメン、その上、普段は王子の側近としてあまり目立たない格好をしているので、気合いの入った正装姿は直視できないほど眩しい。
対する私はというと、またしても侍女たちに「これしかありませんわ!」と血眼でクローゼットの奥から引っ張り出されたドレス。それは、他でもないアズパープルの髪色に合わせた、可憐な薄紫色のドレスだった。
「お待たせいたしました、アズパープル様」
私が引きつった営業スマイルを向けると、いつも鉄のポーカーフェイスを崩さないアズパープルが、一瞬でその白い顔を林檎のような赤へと染め上げ、大股で近づいてきた。
「……美しいな、あなたは」
彼はいつも通り、表情を大きく崩しはしない。けれど、その紫の瞳を細め、ほんのりと不器用に、けれど最高に愛おしげにはにかんだのだ。
「想い人が、私の髪色のドレスを身に纏ってくれるというものは……どうして、こんなにも嬉しいものなのだろうか。ああ、本当に、愛おしい」
(っ……!!!)
私は思わずポカーンと口を開けたまま、その破壊力抜群のはにかんだ笑顔に見惚れてしまった。
ちょっと待って。あのクールで冷徹なアズパープルが、そんな、可愛い照れ笑いをするなんて反則じゃない!?そして何より…なんだか色っぽい…。
不覚にも心臓がドクンと跳ね上がり、今度は私の方が顔を真っ赤にさせて俯くハメになった。
◇
スマートにエスコートされ、馬車へと乗り込む。
車内では、グリーンタールとは違って対面の席に座ってくれたので、私は「よかった、まともな距離感だわ」と深くほっと胸を撫でおろしていた。
――が、それも本当に、ほんの一瞬の間だった。
アズパープルは、対面からずっと、隠そうともしない熱を孕んだ紫の瞳で、じっと私を見つめ続けているのだ。視線だけで射抜かれてしまいそうなほど…。
「……あの、アズパープル様。私、何かついておりますか……?」
あまりの居心地の悪さに恐る恐る聞いてみると、彼は滑らかな声音で、とんでもないセリフを返してきた。
「いや。あなたが美しすぎて、一瞬たりとも目を離したくなくてね。……あぁ、やはり駄目だ。あなたに触れたい……」
そう言うと、アズパープルはスッと席を立ち、流れるような動作で私の隣の席へと移動してきた。
(またこのパターンかいっ!! 私の安心した心を今すぐ返しなさいよ!!)
心の中で激しく絶叫していると、彼は私の右手を彼の両手で優しく包み込んだ。
「少しだけ、こうしていてほしい」
いつもより少しだけ低く、甘えるような、とろけるような熱い声で囁きながら、指を絡めてぎゅっと手を握ってくる。美術館に着く前に、私のライフはすでに瀕死状態だった。
◇
ようやく到着した王立美術館。
馬車を降りた瞬間、アズパープルは私の返事を待たず、スッと私の腰に大きな手を添え、自らの体へとぴったり密着させてきた。
誰にもこの少女を触れさせない、一歩も近づけさせないと言わんばかりの、凄まじい独占欲がドレス越しに伝わってくる。
(ひいっ、聞いてない! 美術館でこんなゼロ距離密着デートになるなんて聞いてないわよ!! これなら劇に夢中になれていたこの間の方が、まだマシだったんじゃ……!?)
頭の中が大パニックを起こす中、私たちは美しい絵画の並ぶ回廊を歩き始めた。
私はアズパープルの色気からなんとか意識を逸らそうと、必死に壁の絵画に目を向け、感想を呟く。
広大な自然を描いた絵を見て、私が「わぁ……素敵な絵ですね、こんな素敵な場所に行ってみたいです。」と呟くと。
「君の方が素敵だ。ああ、もちろん一緒に行こう。」
華やかな花々を描いた絵を見て、「とても美しいお花の絵ですね」と呟くと。
「君の方が、何倍も美しい」
少し暗い、雨の街並みを描いた絵を見て、「なんだかこの絵は少し儚い感じで、寂しく感じますね」と呟くと。
「ああ。君のその儚さに……私はいつも、今すぐ強く抱きしめて、私の手の中だけに閉じ込めておきたいと思ってしまうよ」
最後に、鮮やかな朝日の絵を見て、「この絵は、気持ちがとっても明るくなりますね!」と努めて元気に呟くと。
「君のその笑顔を見るたび、私の気持ちも世界で一番明るくなる」
――私は絵画の感想を言っているはずなのに、全て…全てを、私に向けての愛の言葉に変え耳元に唇が触れるほどの至近距離で、あの極上の美声で囁かれ続けた。
私の心臓は、とっくに限界を超えて激しい悲鳴を上げ続けていたのだった。




