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第26話:『断ることは許さない』、紫紺の美術館デート

あの情熱的すぎるグリーンタールとのデートから、一週間後。


私の心は、この世の終わりかというほど憂鬱だった。


(あんな命が縮まるようなデートが、あと3回もあるの……!?)


そして迎えてしまった2回目の強制デート当日。


本日のお相手は、王子の第一側近であり、常に冷静沈着なアズパープル。


だけど私は、いつもの裏庭のノリで自分を必死に励ましていた。


(大丈夫よ、今回は『美術館』だもの! この間の劇みたいに感情移入して大号泣することもないし、ロマンチックな夜景の丘に連れて行かれる心配もないわ。うん、今日ならきっと、まともに正気を保っていられるはず!)


楽観視という名の現実逃避をしていたこの時の自分に、すぐに後悔することとなるとは、当時の私は知る由もなかった。



案の定、寮の門の前には、気品溢れるトルネーク伯爵家の豪奢な馬車が停まっていた。


そしてそこに佇んでいたアズパープルは、いつも以上に洗練された、伯爵家嫡男としての煌びやかな正装を完璧に着こなしていた。ただでさえ国宝級のイケメン、その上、普段は王子の側近としてあまり目立たない格好をしているので、気合いの入った正装姿は直視できないほど眩しい。


対する私はというと、またしても侍女たちに「これしかありませんわ!」と血眼でクローゼットの奥から引っ張り出されたドレス。それは、他でもないアズパープルの髪色に合わせた、可憐な薄紫色のドレスだった。


「お待たせいたしました、アズパープル様」


私が引きつった営業スマイルを向けると、いつも鉄のポーカーフェイスを崩さないアズパープルが、一瞬でその白い顔を林檎のような赤へと染め上げ、大股で近づいてきた。


「……美しいな、あなたは」


彼はいつも通り、表情を大きく崩しはしない。けれど、その紫の瞳を細め、ほんのりと不器用に、けれど最高に愛おしげにはにかんだのだ。


「想い人が、私の髪色のドレスを身に纏ってくれるというものは……どうして、こんなにも嬉しいものなのだろうか。ああ、本当に、愛おしい」


(っ……!!!)


私は思わずポカーンと口を開けたまま、その破壊力抜群のはにかんだ笑顔に見惚れてしまった。


ちょっと待って。あのクールで冷徹なアズパープルが、そんな、可愛い照れ笑いをするなんて反則じゃない!?そして何より…なんだか色っぽい…。


不覚にも心臓がドクンと跳ね上がり、今度は私の方が顔を真っ赤にさせて俯くハメになった。



スマートにエスコートされ、馬車へと乗り込む。


車内では、グリーンタールとは違って対面の席に座ってくれたので、私は「よかった、まともな距離感だわ」と深くほっと胸を撫でおろしていた。


――が、それも本当に、ほんの一瞬の間だった。


アズパープルは、対面からずっと、隠そうともしない熱を孕んだ紫の瞳で、じっと私を見つめ続けているのだ。視線だけで射抜かれてしまいそうなほど…。


「……あの、アズパープル様。私、何かついておりますか……?」


あまりの居心地の悪さに恐る恐る聞いてみると、彼は滑らかな声音で、とんでもないセリフを返してきた。


「いや。あなたが美しすぎて、一瞬たりとも目を離したくなくてね。……あぁ、やはり駄目だ。あなたに触れたい……」


そう言うと、アズパープルはスッと席を立ち、流れるような動作で私の隣の席へと移動してきた。


(またこのパターンかいっ!! 私の安心した心を今すぐ返しなさいよ!!)


心の中で激しく絶叫していると、彼は私の右手を彼の両手で優しく包み込んだ。


「少しだけ、こうしていてほしい」


いつもより少しだけ低く、甘えるような、とろけるような熱い声で囁きながら、指を絡めてぎゅっと手を握ってくる。美術館に着く前に、私のライフはすでに瀕死状態だった。



ようやく到着した王立美術館。


馬車を降りた瞬間、アズパープルは私の返事を待たず、スッと私の腰に大きな手を添え、自らの体へとぴったり密着させてきた。


誰にもこの少女を触れさせない、一歩も近づけさせないと言わんばかりの、凄まじい独占欲がドレス越しに伝わってくる。


(ひいっ、聞いてない! 美術館でこんなゼロ距離密着デートになるなんて聞いてないわよ!! これなら劇に夢中になれていたこの間の方が、まだマシだったんじゃ……!?)


頭の中が大パニックを起こす中、私たちは美しい絵画の並ぶ回廊を歩き始めた。


私はアズパープルの色気からなんとか意識を逸らそうと、必死に壁の絵画に目を向け、感想を呟く。


広大な自然を描いた絵を見て、私が「わぁ……素敵な絵ですね、こんな素敵な場所に行ってみたいです。」と呟くと。


「君の方が素敵だ。ああ、もちろん一緒に行こう。」


華やかな花々を描いた絵を見て、「とても美しいお花の絵ですね」と呟くと。


「君の方が、何倍も美しい」


少し暗い、雨の街並みを描いた絵を見て、「なんだかこの絵は少し儚い感じで、寂しく感じますね」と呟くと。


「ああ。君のその儚さに……私はいつも、今すぐ強く抱きしめて、私の手の中だけに閉じ込めておきたいと思ってしまうよ」


最後に、鮮やかな朝日の絵を見て、「この絵は、気持ちがとっても明るくなりますね!」と努めて元気に呟くと。


「君のその笑顔を見るたび、私の気持ちも世界で一番明るくなる」


――私は絵画の感想を言っているはずなのに、全て…全てを、私に向けての愛の言葉に変え耳元に唇が触れるほどの至近距離で、あの極上の美声で囁かれ続けた。

私の心臓は、とっくに限界を超えて激しい悲鳴を上げ続けていたのだった。

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