第25話:翡翠の夜の誓いと、理性の限界
夜景の見える丘。王都の煌めく光を見下ろしながら、グリーンタールはぽつりぽつりと、静かに話し始めた。
「……君との出会いは、私が君を悪女だと勘違いしたことだったな。あれは本当に、申し訳なかったと思っている」
「いっ……いえ! 誰が噂を流したのかまだあの時は分かりませんでしたから。私が噂を流したと思っても仕方がない状況でしたし……」
私は大好きなデールの幼馴染の落ち込む顔なんて見たくなくて、慌ててフォローした。
すると、グリーンタールはフッと優しく笑い、私の体を自分の正面へと向けた。そのまま大きな手が私の頬へと優しく伸ばされる。
「君はどこまでも優しいな。これだから、どうしても手放したくなくなる……。君はあの時、デールのことになると本当に一生懸命だった」
新緑の瞳が、切なげに揺れる。
「私は、君のその凄まじい行動力に深く感銘を受ける一方で……心のどこかで、ずっとデールに嫉妬していたんだ」
「え……?」
「もし、私がデールのような立場になった時、君はこうして、私のために全てを投げ打って助けてくれるのだろうか……とね」
(えっ? いや、デール様だから最推しだから命がけで助けたんですけど!? ……でも、ここまで一緒に戦ってきた大切な協力関係のグリーンタール様が無実の罪で貶められそうになっていたら……そんなの、絶対に黙って見てられない。這いつくばってでも助けにいくに決まってるわ!)
私は自分がヒロインスペックの美少女だという自覚を完全に忘れたまま、満面の、一点の曇りもない笑顔を彼に向けた。
「……はい! もちろん、私が出来る限りのことをして、グリーンタール様をお助けします! 私が困っていた時、グリーンタール様は私にだって真っ先に手を差し伸べてくださったではありませんか」
ニコッと、花が咲いたような最高のヒロインスマイル。
その瞬間。
「………っ……!」
グリーンタールの顔が一気に真っ赤に染まり、その新緑の瞳の奥に、凄まじい熱い炎が燃え上がるのを間近で感じた。
「……えっ?」
あれ? 私、何かまずいこと言った?
シーリンの肉体の野生の勘が「今すぐ逃げろ」と最大警戒のアラームを鳴らす。私が何かとんでもない凶悪なスイッチを入れてしまったことを肌で察知したが、時すでに遅し。
グリーンタールが、信じられないほどの力強さで私の腰を引き寄せ、顔を近づけてきた。整った美貌が、網膜を覆い尽くすほどの至近距離に迫ってくる。
「……ちょっと、待っ……!」
(嘘、待って、キスされる――っ!?)
あまりの恐怖と緊張にぎゅっと目を瞑り呼吸を止めた瞬間。グリーンタールは私の唇の手前で一瞬だけピキッと硬直し、そのまま、愛おしそうに私の額へと優しくキスをした。
「………すまない……。まだ君からの返事をもらっていないというのに、私は君の唇を奪おうとしてしまった。……君があまりにも愛らしくて、私は、理性を保てそうにない……」
解放された瞬間、私は大急ぎで後ろを向き、肩を上下させてはあはあと激しい呼吸を整えた。
心臓が飛び出しそうだ。真っ赤になった自分の顔が沸騰しているのが分かる。
(待って! 本当に無理なんですけど! グリーンタール様、いつもと全然違うじゃないの! あの優しくてまともな同志のグリーンタール様はどこへ行ったのよっ!!)
脳内でパニックを起こしていると、背後から、優しく、けれど拒絶を許さない強さで、ぎゅっと抱きしめられた。
背中に伝わる、彼の大きな胸板の厚みと、激しい心臓の鼓動に、私は再び硬直する。
「ああ……もう、絶対に手放したくない」
耳元に、彼の熱い吐息が直接触れる。
「君は何故、他の男たちからもそんなに言い寄られてしまうのだ。……私と協力関係にあったあの時から、ずっと、私だけの君でいてほしかった。シーリン……君を、心から愛している。……お願いだ、私だけを見てくれ……」
耳元で、甘く、低く、ドロドロとした独占欲を孕んだ愛の言葉を囁かれ続け、私は指一本動かすことができなかった。
その後、私がどうやって馬車に乗り、どうやって寮の自室まで帰ってきたのか、そのあたりの記憶はパニックのあまり完全に飛んでしまっていて、何一つ覚えていなかったのだった――。




