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第24話:『断ることは許さない』、翡翠の夜の演劇デート

その日の夕暮れ。私は寮の門の前で、完全にフリーズしていた。


門の前に停まっていたのは、誰が見ても最高級だと分かる、ホワイト公爵家と並ぶ大貴族・コシェフード公爵家の紋章が入った豪華な馬車。

そして、その前に佇んでいたのは――いつもより遥かに気合の入った、公爵家嫡男としての煌びやかな正装に身を包んだグリーンタールだった。


新緑の髪を完璧に整え、非の打ち所がない美貌を際立たせた彼の姿に、通りすがる生徒たちが「大切な用事でもあるのかしら」と色めき立って目を向けている。


(……うっ……。正装ですか……。っていうか、本当にカッコ良すぎるんですけど……っ!)


私はあまりの眼福さに悶絶しつつ、引きつった営業スマイルを貼り付けて歩み寄った。


今日の私の衣装は、侍女たちが「これしかありません!」と血眼になって選んでくれたドレス。それは、他でもないグリーンタールの髪色に合わせた、深く美しい翡翠ひすい色のドレスだった。


私がドレスの裾を揺らして笑顔を向けると、それを見たグリーンタールは新緑の瞳を大きく見開き、次の瞬間、その白い肌を耳の先まで真っ赤に染め上げた。


「……シーリン」


グリーンタールは掠れた声で私の名前を呼ぶと、大股で近づき、私の断りを待たずにスッと長い指を私の顎に添えた。

そのまま、くい、と上を向かされる――まさかの、王道の顎クイ。


「……なんと美しいのだ。君はそうやって、無自覚に私の心を弄んでいるのか? 私はもう、劇などどうでもいい。このまま君を、誰も知らない場所へ奪い去ってしまいたい」


超至近距離。吐息が触れ合うほどの距離で、真剣な瞳で紡がれる熱烈な愛の言葉。


(無理無理無理!! 最初の1分でこれ!? まだ馬車に乗ってもいないのに、私の心臓が持たないわよーーーっ!!)


心の中で激しく悲鳴を上げる私を、グリーンタールは愛おしげにエスコートして馬車へと乗せた。



ガタゴトと揺れる豪華な馬車の車内。


対面の席が空いているというのに、何故かグリーンタールは当然のように私の隣の席に座ってきた。それだけでなく、私の右手を自分の大きな手でぎゅっと包み込み、指を絡めてずっと握ってくるのだ。


「……あの、グリーンタール様。何故、私の手を……?」


緊張でガチガチになりながら恐る恐る聞いてみると、彼は私を真っ直ぐに見つめ、微塵の迷いもないド直球な答えを返してきた。


「もちろん、君を逃さないためだ。そして……一秒でも長く、君に触れていたいからな」


(本当に私の心臓が持たない……死ぬ……。誰かこのオオカミを止めて!!)


私は顔をこれ以上ないほど真っ赤にさせ、車窓の夜景を見るフリをして硬直するしかなかった。

しかし、ずっと視線を感じる。

ふと、隣に目を向ければ、グリーンタールと目が合い、ニコッと微笑んでくる。

……大人しく夜景を見ようと心に誓った。



劇場に到着すると、さすがは公爵家、案内されたのは一般席とは完全に隔離された、特等席である二階の贅沢な個室だった。


今日の上演作は、身分差のある男女が数々の苦難や周囲の反対を乗り越え、最後には真実の愛で結ばれるという大人気の恋愛劇。


観劇が始まると、私はいつの間にか自分のパニックを忘れ、劇の素晴らしい演出とストーリーに完全に夢中になっていた。そしてクライマックス、男女が涙を流して抱き合う感動のラストシーンで――。


「うっ……うう、よかった、本当によかったわぁ……っ!」


私は我慢できずにボロポロと涙を溢れさせ、号泣してしまった。


感情が溢れ出しなかなか涙が止まらない。


「ふふ、本当に君は素直で、愛らしいな。……ほら、涙を拭いて」


グリーンタールは困ったように、しかしこの上なく愛おしそうに目を細めると、そっと私の目元に上質なシルクのハンカチを差し出してくれた。


(……なんて紳士的なのかしら……っ)


不意の優しさに不覚にもトキメキかけたが、私は大急ぎでオタクの冷静さを取り戻した。


(いや違うわ。落ち着きなさい私。あのお方は公爵家の完璧な教育を受けたハイスペック貴族よ。これくらいのエスコートは、彼らにとっては朝飯前の『普通』の所作なんだわ……っ!)


必死に「これは仕様です!」と言い聞かせ、涙を拭って劇場の外へと向かう。


だが、夜のデートは、これだけでは終わらなかった。


劇が終わった後、再び乗り込んだ馬車が向かったのは、劇場から少し離れた、王都を一望できる美しい夜景の見える丘だった。


馬車を降り、煌めく街の光を見下ろしながら佇んでいると、グリーンタールは私の背後からそっと距離を詰め、私の体を包み込むように腕を伸ばしてきた。


ここからさらに、グリーンタールの、甘々の言葉の総攻撃が待っていることも知らずに、私はただ夜風に吹かれていたのだった――。


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