第14話:白銀の誓いと、魅了の足音
「他国の王族からの贈り物を故意に汚すとは……我がスペーシング王国への宣戦布告と受け取って良いのだな? グレイスタード第一王子」
静まり返った舞踏会に、地を這うような冷徹な声が響き渡った。
睡眠剤入りのワインで眠らされたはずのブルーコーラルが、何事もなかったかのように王子の前に立ち塞がっていた。その青い瞳は、南国の海の優しさなど微塵もなく、すべてを凍りつかせるほどの絶対的な怒りを孕んでいる。
「……っ、な……に……!?」
グレイスタード王子は、完全に立ち尽くし、言葉を失っていた。計画が失敗したこと、そして「宣戦布告」という国際問題のワードを突きつけられ、蛇に睨まれた蛙のように硬直している。
その一触即発の修羅場に、漆黒の髪を揺らした第二王子ブラックスタードが、静かに前に出た。
「申し訳ございません、ブルーコーラル殿下。兄が大変な失礼をいたしました。どうか、この場は私に免じて納めていただけないでしょうか。このお詫びは何でもいたします。これは決して、我が国からスペーシング王国への宣戦布告ではございません」
ブラックスタードは冷徹な黒い瞳を兄に一瞥させた後、ブルーコーラルに向かって深々とお辞儀をした。あまりにも完璧な大人の対応に、会場の貴族たちからも安堵の溜息が漏れる。
そして、ブラックスタードは私に向き直ると、静かに声をかけた。
「シーリン嬢。本当に申し訳ない。もし着替えがないようなら、こちらで至急用意させるが……」
「――シーリン様。こちらへいらして? 私の予備のドレスを差し上げるわ」
私の手を取ったのは、白銀のドレスを翻したデールだった。
デールは王子を一切見ようともせず、私の手を力強く引くと、そのまま大舞踏会を退出した。会場に響くざわめきを背中で聞きながら、私たちは女子寮にあるデールの豪華な私室へと向かった。
◇
デールの私室。
静まり返った部屋の中で、私は彼女から手渡された美しい白銀のドレスに着替え終えていた。
その時、鏡の前で佇んでいたデールが、ぽつり、と重い口を開いた。
「シーリン様。本当に……本当に申し訳ございませんでした」
「デール様……?」
振り返ると、デールはきゅっと唇を噛みしめ、拳を震わせていた。
「グレイスタード様は……あのお方は、ブルーコーラル殿下に睡眠剤を飲ませようとしたり、ダンス中のあなたに執拗に触ったり、最後には、あんな大切なドレスにわざとワインをかけるなんて……っ。あのお方は、あんな……そんな卑怯なことをするような人ではなかったのに……!」
悔しさと悲しさに白銀の瞳を潤ませながらも、デールはキッと前を見据え、凛とした表情で宣言した。
「ホワイト公爵家の娘として、そして、彼の婚約者として、私は、これ以上あのお方の暴挙を見過ごせません。あのお方が歪んでしまったというのなら……私が、彼を止めなければなりませんわ」
大好きな最推しが、絶望の未来に立ち向かうために気高く前を向いている。その神々しいお姿に、私の胸は激しく打たれ、目からボロボロと涙が溢れてきた。
「デール様……っ、あ、ありがとうございます……っ!」
「な、なによ、また泣いて……。泣きたいのは私の方よ……」
デールは顔を赤くして照れ臭そうにハンカチを差し出してくれた。
私はそのハンカチで涙を拭いながら、ふと、頭の片隅でまたも強烈な違和感を感じた。
(……待って。『そんなことをするような人ではなかった』……?)
デールのその言葉が、私の脳内で何度も何度もリピートする。
デールと王子は、幼い頃から確かに想い合っていた。王子は不器用なデールをいつも優しく微笑ましく見守っていたはずだ。ゲームの原作でも、設定資料集でも、入学式前までの二人は間違いなく相思相愛だった。
なのに、学園に入学し、シーリンというヒロインが現れた途端――王子はまるで人格が変わったかのように狂気的な執着を見せ、卑劣な手段を平気で使うクズへと変貌してしまった。
(王子のあの異様なまでの、理性を失ったかのような私への執着。初対面の時の、あの操られているかのような、王子自身も戸惑っていた虚ろな目……)
背筋に、ゾワリと冷たい悪寒が走る。
(設定にはなかったけど…もしかして……本当に、誰かの手によって『魅了の魔法』が掛けられているの……!? 王子も、学園の皆も……ゲームの強制力だと思っていたものは、システムなんかじゃなくて、本物の邪悪な呪詛……!?)
デールを救うための私の戦いは、単なる「クズ王子からの婚約破棄阻止」ではない。
この世界そのものを裏から操り、デールを絶対に断罪ルートへと叩き落とそうとする、本当の黒幕の存在という、最悪の不気味な予感が、静かにしおりの胸を支配し始めるのだった。




