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第13話:火花散る円舞曲(ワルツ)と、白銀の救い手

「――ブルーコーラル殿下。学園の社交会を楽しんでいただけているかな?」


耳元で甘い囁きを繰り返すブルーコーラル殿下に、私が真っ赤になって脳内パニックを起こしていたその時。


地を這うような低い声と共に、グレーの髪を揺らした第一王子グレイスタードが、私たちの前に立ち塞がった。そのグレーの瞳は、怒りと激しい嫉妬で濁りきっている。


「おや、グレイスタード殿下。もちろん、とても素晴らしい夜ですよ。特に、私の隣にいるこの可憐なレディのおかげでね」


ブルーコーラルはニヤリと不敵に笑うと、私の腰を抱く手にわざと少し力を入れ、さらに自分の方へと引き寄せた。


「……彼女は、我が国のブラウン伯爵家の令嬢だ。他国の人間が、あまり馴れ馴れしく触れるものではないな。手を離してもらおうか」


「おや、エスコート相手に触れるのは当然の礼儀だろう? それとも、婚約者であるデール令嬢を差し置いて、君が彼女にそこまで執着する理由でもあるのかい?」


バチバチと火花が散る、王子同士の視線の応酬。


グレイスタードは、なかなか私を離そうとしないブルーコーラルに激しく嫉妬し、狂いそうになっていた。これ以上、あの青い男の好きにさせてなるものか。


王子は背後に控えるダクワール子爵に、誰にも聞こえない超低音の囁きで冷酷な命令を下した。


「……ダクワール。あの隣国の王子のワインに、強い睡眠剤を混入しろ。眠らせて、会場から退場させるのだ」


「ははっ、仰せのままに……」


――しかし。その陰湿な命令を、少し離れた場所から白銀の瞳で見つめている人物がいた。デールである。


(あの馬鹿、他国の王子を薬で眠らせるなど、国際問題よ……! 王子の婚約者として、そんな愚行、絶対に止めさせなくては……!)


デールはキッと美しく眉をひそめ、ダクワールの陰謀を阻止すべく、静かに動き出したのだった。



一方、そんな裏でのサスペンスを知る由もない私は、最悪の状況に陥っていた。


「シーリン嬢、一曲私と踊ってくれるね?」


「え……っ、あ、あの……」


「他国の王子とのダンスも終わっただろう。我が国の第一王子の誘いを、まさか断るわけではないよね?」


有無を言わせぬ圧力をかけられ、周囲の生徒たちの目もある手前、私はどうしても断ることができず、グレイスタード王子の手を取るハメになってしまった。


始まった、最悪のワルツ。


「……っ!」


ステップを踏むたび、王子は執拗に私の腰や背中に触れてくる。ゲームのシナリオ補正のせいか、その触れ方はあからさまにねっとりとしていて気持ちが悪い。さらには、耳元に顔を近づけ、何度も何度も熱っぽい声で愛を囁いてくるのだ。


「ああ、シーリン。やっと君に触れられた。君は本当に愛らしい。早く私のものになっておくれ……」


前世を含め、恋愛経験が皆無に等しい高槻しおり。

普通なら、超絶イケメンの第一王子にこんなセリフを囁かれたら、ドギドキして陥落してしまうのかもしれない。

だが、シーリンの肉体を持つ私の魂は、オタクだ。しかも、デールを一途に愛する限界オタクである。


(……一ミリも刺さらない。っていうか、キモい。キモすぎる! なんで私の最推しのデール様を放置して、こんな浮気男のセクハラダンスに付き合わなきゃいけないのよ! 誰か助けてーーーっ!!)


私の脳内メーターが嫌悪感で真っ黒に染まり、本気で白目を剥きそうになった、その時。


スッ……。


王子の肩越しに、眩いばかりの白銀の光が差し込んだ。


流れる音楽の合間、強引に私たちの間に割り込み、王子の手を私の手からパッと弾き飛ばした人物――。


白銀のドレスを美しく翻した、デールだった。


「なっ、デール……!? 何の真似だ!」


激怒する王子を完全に無視し、デール様は私に向かって、これ以上なく凛とした、美しい右手を差し伸べた。


「――私と、踊ってくださる? シーリン」


「……っ!!!?」


その瞬間、私の脳内は一瞬でピンクのペンライトが百万本点灯した。


最っ高。神。私のヒーロー。


さっきまでの嫌悪感は一瞬で消し飛び、私の顔には、またしても深いときめきと、一点の曇りもない「恍惚の表情」が浮かんでいた。


「はいっ……! よろこんで!デール様……っ!!」


私はデールの白くて美しい手を取り、吸い寄せられるようにその胸元へと飛び込んだ。


自分のエスコートから無理やり奪われたこと、そして、自分には一度も見せなかったあの「心からの恍惚の表情」をデールに向けている私を見て、グレイスタード王子の怒りは完全に沸点へと達した。


(あいつの青いドレスも私からシーリンを奪ったデールも気に入らない……。あの男の影がチラつくのが許せない……!)


嫉妬で完全に理性を失った王子は、近くの給仕のトレーから素早く赤ワインのグラスを奪い取ると、ダンスを終えて離れようとした私の元へ大股で歩み寄り――あろうことか、私の胸元めがけて、わざとバシャリと赤ワインを引っ掛けたのだ。


「きゃっ……!?」


「あ……っ、すまない、手が滑ってしまった。大切なドレスが汚れてしまったね、シーリン」


王子はわざとらしい困り顔を浮かべ、床に落ちたグラスを踏みつけながら、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。


美しいマリンブルーのドレスに、どす黒い赤ワインのシミが容赦なく広がっていく。


(……は? 今、わざとやったわね……? ブルーコーラル殿下が私のために贈ってくれた、デール様を守るための大切なドレスを……よくも汚してくれたわね、このクズ王子がぁぁぁ!!!)


私の脳内で何かが完全にブチ切れる音がした。


しかし、王子は私の激怒など気にも留めず、勝ち誇ったように私の腕を掴もうとしてくる。


「さあ、ドレスが汚れてしまった。今すぐ着替えてもらうよ。私が用意した、君に本当にふさわしい新しいドレスに、ね!」


他国の王子の色を消し去り、自分の用意した衣装で私を染め上げようとする、王子の狂気的な暴挙。


大切なドレスを汚された私の怒りと、王子の強引な「ドレスの着替え」の命令によって、会場の空気は一気に一触即発の限界へと達するのだった。

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