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第10話:噂の書き換えと、青き王子の不敵な誘い

翌日から、私は作戦を即座に実行に移した。


廊下や中庭を歩くたび、噂を信じて「大丈夫?」と悲壮な顔で心配してくる生徒たちに対し、私は大きな声で、少し大袈裟に身振り手振りを交えながら答えるのだ。


「まぁ、いつも心配してくださりありがとうございます! ですが、皆様それは大きな誤解なのです。私、デール様が本当に大好きなのです!」


「え……? 大好き、ですか?」


きょとんとする生徒たちに、私はヒロインの持つ絶対的美少女スペックを120%解放した、最高の笑顔を向けた。


「ええ! 私のような中級貴族の者にも、ああやって間違ったことはしっかりと叱ってくださるなんて、なんと高潔で素晴らしいお方なのでしょう。あの凛とした佇まいに美しい表情は、まさに将来の王妃様にふさわしいと、私は常日頃から憧れておりますの。グレイスタード殿下とデール様は、本当にお似合いの素敵なご婚約者同士ですわよね。ふふふっ!」


いじめられているはずの本人が、頬を上気させて満面の笑みで「デール様尊い!」を連発しているのだ。


これを見た生徒たちの間に、じわじわと新しい空気が広がり始めた。


「……なぁ、あの噂って嘘じゃないか?」「シーリン嬢、いじめられてるっていうか、ただのデール様の熱烈なファンみたいよ……」


王子が流させたドロドロの悪評は、私のオタク全開のクソデカ感情によって、あっという間に爽やかな「憧れの噂」へと上書きされていった。



だが、学園中が「デール様と王子はお似合い」というムードに包まれていく中、ただ一人、怒りと焦燥に身を焦がす男がいた。


第一王子、グレイスタードである。


「なぜだ……! 何故シーリンは、デールと私がお似合いなどと言うのだ……!」


私室の窓枠を軋ませ、王子はグレーの瞳を狂気的にぎらつかせた。


自分がこれほどまでに恋焦がれ、手に入れようと裏で手を回しているというのに。彼女は自分を見ようともせず、デールばかりを褒めちぎる。


「私はこんなにもシーリンを愛している。彼女を奪うためなら、私は何だってできるというのに……! ああ、そうだ。ならば、決定的な事実を突きつけてやればいい」


王子の脳裏に、最悪の名案が浮かぶ。



「今月の学園の社交会で、彼女を私のエスコート相手として指名しよう」



本来なら、王子の婚約者であるデールをエスコートするのが義務であり、絶対の決まりだ。だが、狂った王子は、公の場でデールを完全に無視し、シーリンの手を取ることで「私の真実の愛はシーリンにある」と世界に証明しようと心に誓ったのだ。


――しかし、その歪んだ企みは、内々に動いていたアズパープルによって完全に砕かれることになる。


「……殿下が、社交会でデール様ではなくシーリン嬢をエスコートするおつもりだ。裏でダクワールを動かし、ドレスの手配まで始めさせている」


アズパープルから秘密裏にその情報を告げられたグリーンタールは、顔を険しくして、いつもの『お守り隊』の会合の場に飛び込んできた。


「仮に私が君にエスコートを申し出たとしても、殿下の方が身分が上だからな。殿下が無理矢理にでも君をエスコートするだろう……」


グリーンタールが悔しそうに拳を握り、ぽつりと呟く。


その報告を聞いた瞬間、私は手鏡を机に叩きつけんばかりの勢いでキレ散らかした。


「本当に何なんですか、あの馬鹿王子はーーーっ!! 私はあいつに一切興味が無いって、学園中でこれだけ触れ回っているんですよ!? それなのにエスコートだなんて、ストーカーにも程がありますわ! 一体どれほどデール様を傷つければ気が済むのですか、あのクズは!!」


はぁはぁ、と息を荒くして憤慨する私。デールの美しいドレス姿の横にあのクズが立つのすら許せないのに、デールに恥をかかせるなど万死に値する。


そんな私の全力のブチ切れ姿を見て、横にいたブルーコーラルが、ついに堪えきれず「はははは!」と大声を上げて笑い出した。


「はははは! 面白い、やっぱり君は本当に面白いな! 誰もが羨む第一王子のエスコートを、ここまで本気で嫌悪して怒る令嬢なんて、世界中を探しても君くらいだよ」


笑いながらも、ブルーコーラルの青い瞳には、底の知れない甘い独占欲がゆらりと浮かんでいた。


(……あぁ、やっぱり可愛いな。ずっと自分の隣に置いておきたい。このまま私の国へ連れて帰ってしまいたいと、心から思うよ)


ブルーコーラルはニヤリと不敵に笑うと、机に肘をついて私に顔を近づけた。


「ねぇ。それなら、私に君をエスコートさせてよ?」


「え……?」


「私なら『スペーシング王国の王子』だ。いくら第一王子といえど、他国の王族が正式にエスコートを申し出た相手を、流石に無理矢理奪い取るような国際問題は起こせないだろう?」


ウインクを投げてくるブルーコーラル。


その瞬間、私の頭の中は「えっ? えーーーっ!?」という大パニックで真っ白になった。

みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていくのが自分でも分かる。

この間から護衛と言ってそばにいてくれるだけでもドキドキ展開なのに、エスコートまで⁈


(ま、待って……。私、今更だけど……)


そう、高槻しおりとしての前世を含め、私には男性経験がほとんど無いのだ。

付き合った相手は一人だけ。

高校2年の時、それも2週間だけ…

告白されたがそのまま何もなく…すぐにフラれたのだ…。


これまでは「デール様を救う! クズ王子を殺す!」というオタクの義務感だけで脳内が100%埋まっていたため、周りの殿方たちの「顔の良さ」を完全にスルーしていた。


だが、落ち着いて目の前を見てみれば。


今、私を心配しながら何故か顔を赤くしているグリーンタールも。


不敵に微笑みながら至近距離で見つめてくるブルーコーラルも。


乙女ゲームのメイン攻略対象――つまり、神の筆によって描かれた、それはそれは美しく素晴らしい容姿をされた超絶イケメンたちなのだ。


そんな国宝級の美男子二人に、真剣な目で「私じゃダメか」「私にエスコートさせて」と言わんばかりの猛アプローチをされ、私は生まれて初めて、シーリンの肉体ごとドギマギと心臓を激しく暴れさせてしまうのだった。

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