第11話:白銀の謝罪と、オタクの至福ー決意のエスコートと、裏での警戒網
隣国の王子ブルーコーラルからの、まさかのエスコートの申し出。そして、目の前にいる男たちのあまりの顔の良さにドキドキと心臓を暴れさせていた、翌日のことだった。
私は、またしても校舎裏の大樹の陰に呼び出されていた。
手紙で呼び出してきた相手は――他でもない、我が最推し、デール・ホワイト公爵令嬢その人である。
(ま、またデール様からの直接のご褒美……!? うれしい、うれしすぎる!)
胸の前でぎゅっとハンカチを握りしめ、脳内で喜びの舞を踊りながら待っていると、デールが姿を現した。
陽光を浴びてきらめく白銀の髪に、神秘的な白銀の瞳。相変わらず世界一美しい。だが、今日のデールはいつもと違って、取り巻きの令嬢を連れておらず、たった一人だった。しかも、その白い頬は心なしか、最初からほんのりと赤く染まっている。
「……待たせたわね、シーリン・ブラウン」
「デール様……! お呼び立ていただき、光栄にございます!」
私は淑女のカーテシーをしつつ、視線はしっかりとデールの国宝級のお顔をロックオンしていた。
デールは気まずそうに視線を泳がせ、ドレスの裾をぎゅっと握りしめると、意を決したように私を真っ直ぐに見据えた。
「あなたに、聞きたいことがあったのよっ。……学園中に流れている、あの新しい噂。あなたが私のことを……その、け、敬愛していて、グレイスタード様との幸せを一番に願っている、という……あの馬鹿げた噂のことよ!」
デールは一気にまくしたてると、ふいっと顔を背けた。耳の先まで真っ赤になっている。可愛い。
「最初は、私を油断させるための、あなたの新たないやらしい罠だと思っていたわ。でも……周囲の誰もが、あなたのあの言葉には一点の嘘もなかったと言い張るの。昨日、グリーンタールからも、あなたの言葉は本心だと聞かされたわ……」
デールはそこまで言うと、深く、深く息を吐き出し、もう一度私に向き直った。その白銀の瞳には、公爵令嬢としてのプライドを乗り越えた、真摯な光が宿っていた。
「……私の勘違いで、あなたを泥棒猫などと罵り、押し倒し胸ぐらまで掴んで…酷いことをしてしまったわ。……ごめんなさい。悪かったと思っているの」
「え……?」
まさかの、デールからの謝罪。
ツンデレ悪役令嬢が、自分より格下の私に対して、頭を下げて自分の非を認めてくれたのだ。
デールは真っ赤な顔のまま、そっぽを向いて不器用に言葉を続ける。
「……あなたがあそこまで私のことを想ってくれているなんて、夢にも思わなかったから。……これからは、あなたに対する態度を改めようと思っているわ。……だから、その……これからも、私を、見ていなさい!」
最後の最後でツンデレ特有のセリフが出たが、それはデールが私の「愛(狂信)」を受け入れ、私に心を開いてくれた決定的な瞬間だった。
その瞬間、私の脳内は完全に真っ白になり、そのまま後ろに倒れた。
「……ちょっ…ちょっと、あなた…大丈夫?」と心配するデール。
(デール様が……私に謝ってくださった……!? それに『態度を改める』って、これからは嫌がらせじゃなくて、友達として、あるいは特別な存在として接してくれるってこと……!? しかも『これからも私を見ていなさい』って公式からの最高のファンサじゃん!!!)
「……っ、う、うああああ……!」
あまりの尊さと幸福感の濁流に、私は言葉にならず、ポロポロと目から涙を溢れさせた。
「な、なによ!? なんで泣くのよ! 私、また何か酷いことを言ったかしら!?」
焦ってハンカチを取り出そうとするデール。
私は起き上がりデールの目を見て話す。
「いいえ! 違います、嬉しすぎて、尊すぎて、私の涙腺が爆発しただけです! ああ、デール様……! 私は一生、あなたについていきます! あなたのその美しく気高いお心を、我が命に代えてもお守りいたしますわ!!」
「だ、だから声が大きいわよ、もう変なお人ですこと……っ!」
涙を流しながら熱弁する私に、デールは顔を真っ赤にして、今度は不気味がるのではなく、照れ隠しでプンプンと怒りながらも、嬉しそうに微笑んでくれたのだった。
◇
デールとの奇跡的な和解の後の、放課後の作戦会議。
昨日ブルーコーラル殿下から提案された「隣国王子のエスコート」という作戦を前に、私はまだ赤くなった顔を手で押さえながら、ドギドキと心臓を暴れさせていた。
男性経験ほぼゼロ…いや、ゼロのしおりにとって、この国宝級イケメンからの色々な申し出は刺激が強すぎる。しかし、いま私がひよってどうする。
(落ち着け私! これは乙女ゲームの甘いイベントじゃない。すべては、あのクズ王子からデール様の尊い名誉と幸せを守るための聖戦よ……!)
私は深く息を吸い込み、真っ直ぐにブルーコーラルを見つめた。
「……ブルーコーラル殿下。デール様を傷つけないため、あそこであの馬鹿王子の暴挙を完全にへし折るため……殿下からのエスコートのお申し出を謹んでお受け致します!」
「ふふ、賢い選択だ。ありがとう、シーリン嬢」
ブルーコーラルは満足そうに青い瞳を細めると、私の前に一歩歩み寄り、スッと右手を差し出してきた。
戸惑いながらも私がその手を重ねると、彼は私の手の甲をそっと押し上げ――あろうことか、そのまま慈しむように、優しく手に口づけを落としたのだ。
「ひゃっ……!?」
あまりの出来事に短い悲鳴が漏れる。それだけでなく、ブルーコーラルは私の手を握ったまま、澄み渡るような青い瞳でまっすぐに私を見つめ、とびきり甘く微笑んだ。
「当日は私のパートナーとして、世界一輝いてもらうよ。……ねえ、良ければ私に、私の髪色のドレスを君にプレゼントさせてくれないかい?」
「……っっっ!!?」
耳元で囁かれた低く心地よい声と、手の甲に残る生々しい熱に、私の頭は一瞬でオーバーヒートを起こした。
みるみるうちに顔が、首筋までが真っ赤に染まっていくのが自分でも分かる。
(ま、待って、無理無理無理! なにこのスマートすぎる王子様ムーブ!? 殿下の髪色のドレスって、あの鮮やかで美しいブルーのドレスってこと!? それって社交界だと完全に『この女は俺のもの』っていう独占宣言じゃないのーーーっ!!)
これまでは「デール様を救う! クズ王子を殺す!」というオタクの義務感だけで脳内が100%埋まっていたため、周りの殿方たちの「顔の良さ」を完全にスルーできていた。
だが、至近距離で見るブルーコーラルは、本当に、心臓に悪いほど恐ろしい美男子だった。
「もう……っ、…無理……っ!!」
私は真っ赤な顔のままガバッと俯き、握られていない左手で顔を覆い隠した。
そんな私の初心な反応が可愛くてたまらないといった様子で、ブルーコーラルは「はは、可愛いな」と嬉しそうに声を震わせ、横にいたグリーンタールは複雑そうに、しかしやはり耳を赤くして視線を逸らしていた。
二人の胸の奥で、彼女への恋心が取り返しのつかないほど深く根を張っていた。
◇
社交会が数日後に迫る中、学園の裏側では、グレイスタード王子のさらなる暴挙を阻止するための『鉄壁の警戒網』が静かに敷かれ始めていた。
王子の側近であるアズパープルは、私室で密かに防諜魔法の魔導具を点検していた。
(殿下はダクワールを使い、社交会の裏で何事かを仕掛けるつもりだ。シーリン嬢を無理矢理にでも手に入れるため、手段を選ばないおつもりだろうが……これ以上、我が主の狂行を許すわけにはいかない)
アズパープルは冷徹な紫の瞳を光らせ、王子の手足となる影の動きをすべて監視下に置くべく、密かに信頼できる近衛の配置を完了させていた。
公爵家嫡男のグリーンタールもまた、独自に動いていた。
「デールを、そしてあそこまでデールを想ってくれているシーリン嬢を、二度とあのようなクズの勝手に巻き込ませはしない」
グリーンタールは学園内の警備体制を見直し、怪しいダクワールの息がかかった者たちが社交会の会場へ近づけないよう、実家の公爵家の権限を使って会場の出入り口を完全に封鎖する手配を進めていた。
――正式な衣装を身に纏い、南国の美しい海を思わせる鮮やかな青のドレスを着たシーリン。
そのすべての動きを、さらに高い場所から冷ややかに見下ろす少年がいた。
「……なるほど。兄上の狂気、アズパープルたちの防壁、隣国の王子の乱入。そして、あの栗色の令嬢の逆襲か」
第二王子ブラックスタードは、漆黒の髪をかき上げ、冷徹な黒い瞳を愉しげに細めた。
「役者は揃ったな。兄上、あなたのその傲慢さのツケをどう支払うことになるのか……最前列で見物させてもらうよ」
それぞれが異なる思惑を胸に抱きながら、学園全体が不穏な熱気に包まれたまま、ついに社交会の当日を迎えることとなった。




