第7話 魔法少女協会
警察の到着は迅速だった。夜の自然公園には数台のパトカーが連なり、辺りを赤色灯で明滅させている。規制線により、野次馬も手際よく遠ざけられていた。
揺子は少女・籠目智代とともにベンチに座っていた。
「あの人、大丈夫かな……」
智代が、救急車に運ばれていく被害者を見つめた。
心優しい彼女にとっては、助けた後の無事も気になるのだろう。担架が車内へ滑り込む瞬間まで、その視線は一度も逸れなかった。
「大丈夫よ。あとは、ちゃんとした人たちが引き受けてくれる」
揺子の気遣いに、智代はホッと一息。
「よかった」
膝の上の妖精を抱きしめて安堵する。
ふと、その視線が揺子の腹部に落ちた。
「怪我、痛みますか……?」
先ほどの戦闘で負った傷を心配してくれている。
つくづく優しい子だ。揺子は気丈に振舞ってみせた。
「大丈夫よ、これくらい。包帯も巻いたし、何とかなるわ」
「我慢できなくなったら言ってください。私が病院まで連れて行きます」
「ふふ、ありがとう」
自分の怪我をこんなふうに気遣われたのは、いつ以来だろう。
胸が暖かくなる。が、その一方で驚きを禁じ得ない。
――やっぱり、とんでもない魔法よね。
人間への回帰を可能にする魔法など、はっきり言って前例がない。
元が人間である【魔骸】への救済。世間が知れば一躍、時の人だ。
だが、それを最も早く嗅ぎつけるのは――
「失礼いたします」
不意に聞こえた澄んだ声に、揺子はハッとして顔を上げた。
いつの間に近づいたのか。目の前には教会の神官服を思わせる身なりの三人がいた。つば広の冠帽が目元を隠し、赤色灯を受けても表情ひとつ読ませない。
「魔法少女協会監視課です」
やはり来たか。協会が事件を見逃すはずがない。
しかし、そこで違和感を覚える。警察が事情聴取に来ない……。
揺子は周囲を見やった。規制線の付近では、警察官たちが慌ただしく動き回っている。だが誰ひとり、こちらへ近づいてくる気配がない。
「どういうこと?」
「現在、この一帯には認識阻害の魔法を施しております。警察および一般人には、我々の姿は知覚できません」
「徹底してるわね……」
「神秘の秘匿です。今回の件で、ただちに公表できない事象が確認されました」
「最初から、ぜんぶ見ていたと?」
「はい。【魔骸】の生存。並びに籠目智代様が行使した魔法、すべてを」
揺子は内心舌を巻いた。なんという状況把握の早さだろう。
魔法少女だった頃、何度か耳にした噂が脳裏をよぎる。
監視課に目をつけられた案件は、翌朝には世界から痕跡ごと消える――半ば都市伝説めいた話だが、目の前で見ると冗談では済まされない。
「では、後の事は私どもにお任せを」
使者が静かに一礼した。
「今後のお二人の動向については、コスモスフィア魔法堂代表、オリビア・コスモスフィア様が監督役として指導にあたります」
異世界の魔法使いという立場もあり、オリビアは協会との繋がりが強い。
きっと今夜の事件も、すでに協会から知らされているのだろう。
「オリビア様がお待ちです。道中は我々がお供いたします」
一方的な通達。拒否を許さぬ静かな圧に、揺子は息を呑んだ。
思わず智代の肩に触れる。だが智代は、屈託のない笑顔で言う。
「大丈夫です。協会の人たち、優しいですよ」
本当にそうだろうか。自分と違い、肝の太さに呆れてしまう。
「だといいんだけど……」
◇ ◇ ◇
魔法堂までの夜道は、使者たちが用意した車で送られた。
駆動音が響く静かな後部座席で、智代がそっと聞いてきた。
「あのう」
「なに?」
「どうして協会の人たち、ぜんぶ隠しちゃうんですか? 【魔骸】のこと、みんなに知らせたほうが安全なのに」
「そうねぇ……」
確かに智代の言う通り、市民に警戒を促せば遭遇は避けられるだろう。
「けど【魔骸】はね、人の恐怖を糧にするのよ」
「恐怖、ですか?」
「うん」
揺子は前を向いたまま答えた。
「怖がる人が増えるほど、ヤツらは強くなる。知らせることが、そのまま餌になるの」
「そんな……」
「マレフィシアがいた頃もそうだった」
夜気が、ひやりと冷たさを増していく。
「【魔骸】が現れたのは、四幹部が倒された後。追い詰められた悪の首領が、最後に生み出した魔物なのは知ってるわね?」
「はい」
「四幹部はまだ〝物語の敵役〟だった。名乗って、宣戦布告して、正面から戦う。けど【魔骸】は違う。人の祈りを恐怖に変えるためなら、なんでもやったわ」
「人質とか……」
「ええ。人の怖がることばかり。それだけ強くなる敵だった。だから政府と協会は考えたの。恐怖を上回る祈りを、一点に集める方法を」
「あ……」
智代が目を見開いた。
「それが、ランキング?」
「そう。全日本魔法少女ランキングは、元々そのための作戦よ。人々の祈りを最上位の十人に集中させて、悪の首領ごと【魔骸】を消し去った。今みたいなエンタメになったのは、戦いが終わった後の話」
「知らなかったです」
「あなたが目指す一位は、そういう場所なの」
智代は妖精を抱く腕に、きゅっと力を込めた。
やがて車のフロント越しに、見慣れた建物が見えてくる。
コスモスフィア魔法堂。その近くで停車すると、使者二人が先んじて降車した。後部座席のドアを開け、揺子たちに促してくる。お待たせ致しました、と。
てっきり館内まで同行するかと思いきや、使者は待機を申し出た。我々には智代様の送迎がありますので。そう言って入口の両端に立つ。
やはり智代は重要人物なのだろう。あんな魔法を使えるなら当然か。
玄関扉をくぐると、廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「揺子!」
六花が血相を変え駆け寄ってくる。
「大丈夫だった⁉ 怪我は――うわ、すごい血じゃん⁉」
「あーそのようすだと六花も知ってるのね」
「まぁね。てか、それより傷治さなきゃ。待ってて」
虚空から杖を出現させ、六花が魔法を唱える。
「〈ヘル・ニブルソル・ムースリル〉――〝癒せ〟」
宝石の支柱が水色に輝き、揺子の傷を治療する。ものの数秒とかからず痛みは引いていき、傷口の感触は完全に消え去った。
揺子は念のためシャツを捲った。包帯を解き、腹部を確認する。
――よし、痕もない。鍛えた腹筋も綺麗に割れたままだ。
「うん、オッケー。次は油断しちゃダメよーん!」
バシッとお腹を叩かれる。
「う、この……ッ!」
「あはは、怒んな怒んな。元気そうで安心したわ」
相変わらずの調子だ。隣の智代が面食らっていた。
「あ、キミが籠目智代ちゃんね?」
気ままな態度から一転して、六花が前かがみに挨拶する。
「初めまして。私、雫六花。よろしく」
「籠目智代です。この子はメムシュ」
「よろしくっシュ」
「かわいっ!」
六花が目を輝かせた。
「お供妖精とか久しぶりに見た。食べ物は何が好き?」
「ジャーキーっシュ」
「後であげるね~」
「シュー」
六花に頭を撫でられ、メムシュが気持ちよさそうに目を閉じる。
微笑ましい光景だ。揺子も魔法少女の頃は、妖精と仲が良かった。
六花とともに応接室に移動すると、オリビアが部屋の中央にいた。
「あの――」
「いいのよ。何も言わなくて」
口を開きかけたところで制される。揺子の頬に両手を添えて、痛ましい表情を浮かべながらオリビアは気遣った。
「あなたが無事なら、それでいいの」
語らない優しさに泣きそうになる。
「……ありがとうございます」
オリビアは何も言わず、ただ頷いて受け入れる。
それから両手を離し、いつもの穏やかな表情に戻した。
「さて。事のあらましは協会から聞いているわ。そのうえで、いまこの街で何が起こっているのか。あなたたちに話さなくては……」
確認すべきことは多い。【魔骸】。智代の魔法。そして協会の意向。
そのどれもが、揺子の想像を遥かに超えることを物語っていた。
「単刀直入に言うわね」
そして、それは的中した。
「【魔骸】の復活は――今夜だけじゃない」




