第9話 教師と生徒
「復活が、今夜だけじゃない?」
予想外の事実に、揺子は声を震わせた。
「それは、前からって事ですか!?」
「ええ。【魔骸】の出没は、数ヶ月前からよ」
揺子の動揺を受け止めて、オリビアが語り出す。
「彼らは確かに三年前、マレフィシアとともに倒された。政府や協会も終戦と判断していた。でも違った。【魔骸】は密かに生き延びていたの」
「そんな……」
まるで頭を殴られたかのような衝撃。揺子は眩暈を覚えた。
「ごめんなさいね、ユリコ。私も知らされたのはついさっきなの」
「いえ、社長を責めているわけじゃありません。ただ……」
拳を握り締める。声には悔しさが滲んでいた。
「犠牲者が気になります。数ヶ月前なら、多いでしょう」
「指折り数えるほどよ。幸いこれまで確認された【魔骸】は、いずれも深夜帯の活動だった。目撃者が出る前に、ランキング上位の魔法少女が処理したそうよ」
「秘密裏に、ですか」
「情報統制ね」
「許せない」
「落ち着きなさい、ユリコ」
怒りを鎮めるよう言い含む。
「もし【魔骸】の生存が明るみになれば、世間の混乱は避けられない。人々の祈りを力にする魔法少女と違い、【魔骸】は人の恐怖を糧にする。あなたも知っているでしょう」
そのための情報統制。戦略としては正しい。
「ですが、知らなかったばかりに犠牲が出た」
「今夜みたいにね……」
オリビアが嘆息した。
「夜間とはいえ、公園という開けた場所に【魔骸】は現れた。警察も救急も動いている以上、いつまでも隠し通せるものじゃない。そう遠くないうち、彼らは昼間にも現れる」
もしそうなれば、日本は再び恐怖と混乱に見舞われる。
「事態を重く見た政府は、明日にでも【魔骸】復活を公表するそうよ。同時に、新しい対抗策も発表するみたいね」
「新しい対抗策?」
「新しい魔法少女、と言った方がいいかしら」
オリビアの視線に、揺子はハッとして智代を見た。
「まさか……」
「ご明察。その子よ」
「ピース」
「シュ!」
智代の緊張したVサイン。メムシュも誇らしげだ。
「この子の魔法は強力よ。闇に生きる【魔骸】にとって、致命的な〔光〕属性。そのうえ彼らの再生阻害、さらに人間への回帰まで可能とする。まさに最上級の魔法だわ」
「ム、ムキ!」
「シュムキ!」
智代の小さな力こぶ。メムシュも自信満々だ。
「【魔骸】の脅威が再来しても、この子がいれば安心できる――そう示せれば、混乱もある程度は抑えられる。再発する事件への抑止力。希望の旗印よ」
「まるで広告塔ですね」
「言い方は任せるわ。でも、結果としてはそうなる。とはいえ、彼女の魔法は未だ発展途上。より強力に進化させるには、【魔骸】との実戦を経験させなくては」
嫌な予感がする。揺子はオリビアの意を汲んだ。
「だから私たちに、教師を務めろと?」
「そうよ。協会の "育成プログラム" 。お願いできるかしら」
理路整然とした説明から一転して、オリビアが伺い立てるように言う。
予想通りの展開に失笑する。揺子は智代を気にかけた。
どこにでもいる普通の女の子。だがこうして改めて向き合うと、その小さな肩に乗せられた重圧は痛ましい。本人が望むと望まざるにかかわらず、もはや救世主扱いだ。
たしかに智代の魔法なら、大勢の人から支持を集められる。
討伐しかなかった戦いに、初めて "救い" が生まれるのだ。
でも、それでも政府と協会が許せない。
「そう簡単にはいきませんよ」
揺子は低く言い返した。
「魔法少女が戦う魔物は年齢によって決まります。小学生のこの子なら、下級から中級クラスまで。なのに【魔骸】は特級ですよ。戦うには早すぎる」
【魔骸】との戦いは、綺麗事で済む話じゃない。
「政府と協会の事情も理解できます。けど理解はできても、納得はできない」
ヤツらは人の心を壊す。ゆえに、智代を守らねば。
「抑止力。希望の旗印。なるほど、聞こえはいいでしょう。ですが実態は、この子を都合よく利用してるだけじゃないですか! だいたい、親御さんは何してるんですか!? 普通なら反対するでしょう! もし私が親なら、死んでもこの子を守――」
「えいっ!!」
「ぶぎゃ!?」
視界が、黄金に弾けた。
「はにゃ~~ん」
抗いがたい多幸感に包まれ、揺子は崩れ落ちる。いつの間に変身したのか、智代が魔法少女姿でビームを撃ち込んでいた。
けど、そんなことはどうでもいい。今は――
「幸せ~~って何するのよ!?」
「また灰色になってました!」
「あはは! はにゃ~んて!」
六花が腹を抱える。
「二十三歳の、はにゃ~んとか!」
「うっさい!」
とんでもない辱めだ。揺子は恨みがましく智代を見た。
「気分晴れました?」
魔法の杖を握ったまま、にこにこと確認してくる。
揺子は言い返そうとして、自分の心変わりに口を噤んだ。
怒りも反感も確かにあった。なのに、いまは不思議なくらい感情が落ち着いている。
「だからってビーム撃つ?」
「効きました!」
「効いたわよ! 見事に!」
「よかったです。また苦しそうな色してたから」
「――――」
智代の安堵した顔に、揺子は気づかされてしまう。
人の心の揺らぎを見て、迷わず手を伸ばす優しさ。
その真情は尊い。だが同時に――危うくもあった。
「……わかりました」
揺子は溜息まじりに、だが決意を込めてオリビアに言った。
「政府と協会に対する不審は拭えません。けど、この子は放っておけない。【魔骸】はこの子の優しさを、きっと利用してくる。そうなる前に、誰かが教え、導かなければ」
救うべき相手と、踏み込んではいけない境界を。
「だから――私が鍛えます」
言い終えた揺子を、オリビアは静かに見つめた。そうして、一度だけ頷く。
「わかったわ。あなたに任せます」
「……やった……」
智代が小さな声で喜ぶ。変身を解き、揺子を見上げた。
「よろしくお願いします!」
「うん、こちらこそ。よろ――」
「イヤだぁああああああ~~~~~~ッ!!」
「……は?」
六花の拒否に耳を疑う。
「な、なんでよ。なんか問題あるわけ?」
「私だって智代ちゃんの先生やりたい!」
「え、いや、六花も教えればいいでしょ」
「残念だけれど……」
オリビアが補足してきた。
「魔法少女協会が定めた "育成プログラム" は、生徒と教師の二人一組が原則なの。だから、どちらか一方での参加は認められないわ」
その説明は穏やかだが、覆しようのない決まりなのは明らかだった。
「いひぃ~~~~~~ん!!」
なおも六花は諦めない。
「智代ちゃん、先生なら私の方がいいよ!? だって私、魔法少女のときランキング8位だったもん! 実力なら折り紙付き、いや、オムライスに旗付きだよ~ッ!?」
「私は2位だった」と揺子。
「じゃあ2位がいいです」と智代。
「うわぁん! 私よりデカチチを選ぶんだ~~~ッ!?」
「おい」
「社長ぉ! 次の子は、次の子は私を先生に~~~~ッ!!」
「はいはい、約束するわ。だから泣かないの」
絶対、絶対ですよ。六花の縋るような懇願に、オリビアが困った顔で慰める。
ああなった六花は、しばらく根に持つ。決して陰湿な人ではないけれど、一度感情が入ると周囲を顧みないきらいがある。なので、今はそっとしておこう。
揺子は智代に振り向いた。
「それじゃ、改めまして。私からもよろしく」
「はい。えっと……」
「揺子。知恵揺子よ」
智代の顔がぱっと輝いた。
「よろしくお願いします、揺子先生!」




