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第7話 永遠に瞬く救いの光

 ついに【魔骸】が、瓦礫を押し退けて身を起こす。

 誰もが恐れ、憎み、倒されるべきと信じて疑わない存在。

 だけど少女には、ずっと別のものが見えていた。


【魔骸】の色が。


 黒と赤。それらが混ざり合い、激しく渦巻く怖い色。

 でもその奥にだけ、小さく揺れる悲しみの光がある。


 当時のことはよく覚えていない。それでも映像記録で何度も見た。

【魔骸】が人を襲い、街を壊し、魔法少女を傷つける姿。

 誰もが『あれは化け物だ』と言った。

 テレビも、住民も、ネットの言葉も。

 怖い。許せない。倒すべきだ。

 そんな声ばかりで溢れていた。

 でも、どうしてだろう。

 どうして【魔骸】は、あんなにも苦しそうなのだろう。

 ただ人を騙すためなら、あんな悲しい色をするはずがない。


 少女はずっと考えていた。


 どうして助けを求めるのか。

 どうして泣いているのか。


 理解しようとするたびに見えてきたのは、怪物の醜さではない。

 その奥に沈められ、誰にも届かず、絶望の底で沈み続ける人の心。



 ――【魔骸】は人間だ。



 その答えに辿り着いたとき、少女は世界のほうに悲しみを覚えた。

 誰も彼らの内側を見ようとしない。苦しみを知ろうとしない。

 ただ目の前の凶行だけを切り取り、恐怖の物語として消費していく。

 怖いから。醜いから。理解できないから。

 だから、切り捨てる。

 でも、それで終わっていいはずがない。

 少女の脳裏に、傷つきながらも止めようとした揺子が浮かぶ。

 あの人もまた、ずっと絶望の中で生きてきた。

 救えないものを、倒すしかないものを、何度も見続けてきた。

 だから、もう信じられなくなってしまったのだ。

 自分も。【魔骸】も。この世界も。

 みんな、悲しみの中で壊れている。

 少女は自分の杖を強く握りしめた。

 黄金の光が、指先から静かに溢れていく。


 違う。


 この子たちは、ただ壊れてしまっただけ。

 苦しみの中で、助けを求める声さえ歪んでしまっただけ。

 そして揺子もまた、救えない現実に心を閉ざした。

 ならば――


 倒すんじゃない。

 消すんじゃない。

 救うんだ。


 この子の悲しみも。揺子の絶望も。見捨てられた、すべてを。

 たとえ誰にも理解されなくても。

 たとえ世界中に否定されても。

 この悲しみを見てしまった自分だけは――みんなの光になるべきだ!


 ゆえに、


「この魔法こそ!」


 少女は両手に祈りを込めて、魔法の杖を振り上げた。


「絶望に暮れる、すべてを救いし希望の光!」


 黄金の光が杖から溢れ、夜の公園をまばゆく照らす。

 黒と赤に染まった悲しみが、その輝きに大きく揺れた。


「闇に終わりを、罪に赦しを、苦しむ者には安息を!」


【魔骸】が駆ける。

【魔骸】が咆える。

 助けを求めて少女へと。


Eala(エアラ) Earendel(エアレンデル)! は輝ける最古の光、暁を告げる神人(なり)!」


 これは滅びの魔法じゃない。

 断罪でも、責め苦でもない。

 絶望に沈んだ心へと、手を伸ばすための。


「今ここに照らせ――」


 少女は迫りくる【魔骸】を見た。

 その奥にいる "人" に向かって。




「 "永遠に瞬く(ルクス・)――救いの光(エテルナ)" ッ!!」




 揺子は、息をすることすら忘れていた。

 少女の杖より解き放たれた光が、夜の公園を白く染め上げる。

 木々を揺らし、草葉を靡かせながら、光は【魔骸】を正面から呑み込んだ。

 漆黒の身体が衝撃に晒され、声ならぬ絶叫を張り上げる。


 なのに、どうしてだろう。


 その光景は、少しも残酷には見えなかった。

 まるで夜を照らす朝日が、長い悪夢を溶かしていくように。

 光は焼かない。光は裁かない。

 ただ、輝き満ちていく。

 黒と赤に塗り固められた身体の隙間へ、指先で触れるように滲み込んでいく。血肉から、骨の隙間から、悲しみが渦巻く心へと。


「ガ、ァア――――っ、あぁ…………」


【魔骸】の声が変わっていく。怪物の声から、人間の声に。

 髑髏の仮面が粉々に割れた。黒く肥大化した身体が輪郭を失っていく。崩れるのではなく、戻っていく。あるべき姿に、あるべき形に。

 やがて光の中に、ひとりの人間が現れた。

 膝から崩れ落ちたその人を、少女は優しく抱き止めた。ゆっくりとしゃがみ、身体を支えたまま、静かに地面へと横たえる。


「もう、大丈夫。大丈夫です」


 少女が祈るように、そっとつぶやいた。


「……うそ、こんなこと……」


 揺子は、少女の奇跡に心奪われていた。

 倒すしかない存在。救えないモノたち。そう思い込まなければ、戦えなかった。

 あの声に耳を貸したばかりに、何人もの仲間が騙され、命を落としていった。

 だから、切り捨てた。怪物なのだと、自分に言い聞かせながら。

 けれど少女に救われた人間を見て、頬に一筋の涙が伝う。



『揺子は、なんで――――に――――と思ったの?』



 茜色の教室。柔らかな声。そして、彼女の笑顔。

 だが記憶は霞み、肝心な部分は知れなかった。


「っ……」


 胸の奥が、ひどく痛む。思い出せそうなのに、届かない。

 今にも指先から零れ落ちそうな光を、必死に掴もうとしているような。

 それでも、確かなことがある。

 目の前で起きた奇跡が、その失くした記憶に繋がっている。

 なぜだかわからない。なのに、そう信じられた。

 揺子は涙を拭うのも忘れたまま、震える声で問いかける。


「あなた、名前は?」


 少女が振り返った。その瞳だけがまっすぐ揺子を映して。


 魔法少女の――変身を解いた。


 光の粒子が虚空へと舞い、露わになった少女の姿。セーラー襟のついたワンピースタイプの制服。ベレー帽。サッチェルバッグ。そして変身中の鮮烈な桃色とは違い、髪はひどく地味な茶色で――だからこそ揺子には、その落差が尊く見えた。

 少女が微笑む。どこからともなくやってきた、妖精を抱えて。


籠目智代かごめともよです」


 瞬間、揺子のなかで、止まっていた何かが脈打った。

 けどその正体は、まだわからない。

 ただ、ひとつだけ。

 この少女を、見失ってはいけない。

 そんな予感だけが、ほのかな熱となって胸に残った。

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