第5話 私はソフィアを助けたい
陽が沈み、夜になった自然公園。トラックの修復を済ませた揺子は、少女を連れてこの場所に来た。三人掛けのベンチに座り、回復魔法を唱える。
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "癒せ" 」
魔法の杖が白く輝き、体内の魔力が治癒能力を促進する。揺子の意思を離れて動く骨と肉。その神秘に苛まれて痛覚が再び悲鳴をあげた。
しかし、それも束の間だった。数秒の時を経て、怪我はすぐに完治した。
「これでよし」
身体を動かし、揺子はホッと一息。立ち上がってベンチに座る少女を見た。
「それで質問だけど……」
「ソフィアは悪くないっシュ!」
項垂れる少女の膝元で、白い妖精が弁解した。
「悪いのはボクっシュ。ボクがゴーレムを――」
「召喚したのは知ってる。けど、あれはダメよ」
強い語調で否定する。
「いくらポイントが欲しいからって魔物を呼ぶのは犯罪よ。たとえ倒せる実力があってもね。けど、もし怪我人が出たらどうするの。最悪、誰かを死なせたら?」
「そ、それは……」
「ごめんなさい!」
少女が素直に謝罪した。
「ランキング一位に……なりたかったんです……」
「ランキング……全日本魔法少女ランキングね?」
「はい」
全日本魔法少女ランキング。
それは、マレフィシアとの戦いを終わらせるべく、政府と魔法少女協会が協力し、最高位である十人の魔法少女を投入するために立てた作戦だ。しかしマレフィシアが壊滅した今では、エンタメ色の強い興行となっている。
ランキングは高ければ高いほど、世間から注目される。
きっとこの少女も、それを夢見る一人なのだろう。
だけど――
「理由は?」
「え?」
「どうしてランキング一位になりたいの?」
「理由……」
「うん。ランキングは人々の祈りを多く集めた順位。けど、ただ順番を決めるだけじゃない。その年一番の魔法少女は……」
「なんでも願いを叶えられる」
「そう」
年に一度、最も人々の祈りを集めた魔法少女に贈られる奇跡。
「人の祈りには力がある。それは異世界アースノールにとって貴重なエネルギー。集めた祈りを対価に、アースノールが願いを叶えてくれる。それが一位の報酬よ」
「はい」
「質問を変えるわね。あなたは一位になって――どんな願いを叶えたいの?」
人間だれしも願いがある。ましてや、小学生の子供なら尚更だ。
欲しいものは数知れず。けどこの少女は、他とは違う気がした。
悪いことを素直に謝れて、人の話しも聞ける物分かりのいい子。
そんな純粋で、優しさすら感じさせるこの少女は、いったいどんな願いを抱くのか。温かさすら感じる心の中で、揺子は期待していた。
「私は――」
だが返ってきた言葉は、意外なものだった。
「何も、ないです」
「どういうこと?」
「あ、その、ただ一位になりたくて」
「なんで一位に?」
「クレイドルソフィアが――みんなに許されると思うから」
「――――」
頭の中が、真っ白になった。一瞬、聞き間違いかと耳を疑った揺子だが、少女の切実な顔を眺めているうち、真実であることを理解する。
理解して、揺子は確信した。少女がクレイドルソフィアを名乗る理由。
「あなたは、クレイドルソフィアのファンなのね?」
「はい、大好きです! 引退した今でも、ずっと!」
少女の顔が明るくなった。純粋無垢なまぶしい笑顔。
だがその反応も、次の瞬間には沈んだ面持ちとなる。
「けど、あんなふうに悪者扱いは悲しいです。だって、クレイドルソフィアはすごく強くて、たくさんの人を守ってきたのに。あんな終わり方、絶対嫌です……」
あんな終わり方。その言葉の意味するところを、知らぬ揺子ではない。
「だから私がクレイドルソフィアになって、ランキング一位になれば、きっとみんなソフィアのこと、許してくれるって――」
「やめなさい」
「え」
少女がきょとんとする。膝の上の妖精も、不思議そうに首を傾げた。
揺子は夜闇に目を向ける。街灯の明かりが、やけに冷たく見えた。
「その名前、やめなさい」
「クレイドルソフィア?」
「ええ」
「どうして……」
「魔法少女失格だからよ」
揺子は続ける。声は平静だった。
「彼女は暴走した。ファンを裏切った。守るべき人たちを、戦いに巻き込んだ」
「それは、事情があったって」
「事情があれば許されるの?」
鋭く切り込む。少女が言葉に詰まった。
「傷ついた人は、事情のせいで痛みが消えるわけじゃない。いつまでも記憶に残る」
「…………」
「クレイドルソフィアはね」
ゆっくりと息を吸う。
「自分で罪を償うしかなかった。だから、引退したのよ。誰かに名前を継がせればいい話じゃない。あなたがどれだけ輝いたって、彼女の責任は、彼女にしか負えないの」
今まさに、過去の自分を他人事のように語っていると理解しながらも、このとき揺子の心を動かしていたのは逃避ではなく、少女への使命感だけだった。
この少女は、クレイドルソフィアに大きな憧れを抱いている。
知恵揺子の、魔法少女としての罪を何ひとつ理解せず。
自分の大切な人生を懸けてまで、揺子の罪を拭おうとしている。それがどれだけ危ういことなのかを教え諭さなければ、少女の未来は揺子と同じ暗闇だ。
「だから、もうクレイドルソフィアを名乗るのは、やめなさい。彼女の罪は彼女の罪。それが彼女の人生。あなたも自分の人生を――」
「でも、それでも……っ!」
夜風が吹いた。少女が揺子を見上げて、決然と言い放つ。
「私はソフィアを助けたい!」
「……なんでよ。ただのファンなのに、どうして……」
「だって、私の魔法なら――」
少女が何かを言いかけた。そのときである。
「ガァアアアアアア――――――――ッ!?」
遠い闇の向こうから、魔物の咆哮がこだました。




