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第4話 マッチポンプ

 クレイドルソフィア。


 かつて知恵揺子が名乗っていた魔法少女。

 なのに、素性の知れない少女が名乗っている。


「な、なんで……」


 予想もしなかった事実に、頭は混乱しきっていた。

 揺子はたしかに引退した。そして名前も捨てたはず。

 誰かに譲った覚えはないし、後を継がせた覚えもない。

 それなのに、なぜ。抱いた疑問が、口を開かせる。


「ねぇ、その名前――」

「みなさん、ありがとうございました!」

「ちょ――ッ!?」


 魔法少女が天高く飛び上がった。街灯に再び乗ると、


「これからもよろしくお願いします!」


 そう最後に手を振ってから、夕日に向かって去っていった。


「はぁ~可愛かった」「ファンになったわ」「ソフィアちゃんね」


 住民たちも散り散りに帰っていく。みんな満足そうだ。


 じゃなくて!


 クレイドルソフィアは、私が魔法少女だった頃の名前。


「な、なんなのよ……」


 それを許可もなく、しかも勝手に名乗るなんて、


「なんで、あんたが……」


 絶対に許せない!


「クレイドルソフィアなのよ!?」


 揺子はその場から駆け出した。向かう先は当然、少女の行き先だ。


「子供だからって勝手に名乗るとか許さない! クレイドルソフィアは! その名前はぁ! 私の "罪" だああああああ――――――――ッ!!」


 まだ遠くへは行ってないはず。急いでフギンに確認する。


「フギンちゃん! 魔法少女、どこ行った!?」

「カァ! ユリコ! 大人ゲナイ! カァ!」

「うっさい! 後でミミズ百匹あげるから!」

「乗ッタァ!」


 現金な奴だ。ともあれ、さすがはオリビアの使い魔。魔法少女の行き先は把握済みらしい。魔法使いよりも鋭敏な魔力感知で、澱みなく飛行しながら導いていく。


「コノ奥ゥ!」

「でかした!」


 フギンがビルの間にある路地で止まった。迷わず揺子は入っていく。


 暗い路地を進んでいくと、ほどなく曲がり角から気配がした。二つの幼い声がする。しかし反響しているせいで、会話の内容が聞き取れない。

 揺子は足を忍ばせて近づいた。壁を背にして、曲がり角から覗いてみる。

 するとそこには、先ほど広場にいた魔法少女と、白い小さな動物がいた。


「すごーい! 見てメムシュ! ランキング上がったよ!?」

「やったね、ソフィア。これでまた夢に近づいたっシュ!」


 スマホの画面を見て喜ぶ少女に、ウサギのような犬が褒めている。


「今朝のゴーレムは残念だったけど、この調子なら楽勝だね」

「目指せ、ランキング一位。そのためにボクも頑張るっシュ」

「でも、本当にいいのかな。なんか、ズルしてるみたいで嫌だよ……」

「気にすることないっシュ。誰もゴーレムを呼んだとか思わないから」


 ウサギ犬が鉱石を掲げた。それも広場で見たものだ。


「やっぱり……」


 揺子のなかで合点がいった。あのとき得た答えは正解だった。


「マッチポンプ」


 自分で問題を起こしておきながら、自分で問題を解決して利益や評価を得る行為。要するに自作自演の企みを、あの少女と妖精は実行したのだ。

 子供ながらにあくどい真似を。さすがにこれは看過できない。


「へぇ~。そういう事だったんだ~!?」


 我慢できず姿を見せた瞬間、少女と妖精がビクついた。


「わざとゴーレム作って倒してポイントもらう、なぁるほぉどね~ッ!?」


 これでもかと態度を誇張して、


「それって、いけない事だよね~? ていうか、私のこと覚えてる~?」


 ゆっくりと歩み寄りながら、


「あのときはどうも~。すごく、すごぉく怖かったよ~~~~~~~?」


 揺子は少女を見下ろした。


「…………っ…………」


 沈黙があった。少女は何も言ってこない。不安と恐怖からか妖精を抱いたまま、青白い顔で揺子を見上げている。心なしか目が潤んでいるようだ。


 なんだかバツが悪い。落ち着け私。不正した理由を聞ければいい。

 あとはなぜ、クレイドルソフィアを名乗っているのか……。

 一瞬、ほんの一瞬の思考が、揺子の視線を左下に反らす。


「ぴゃっ!」


 と、悲鳴にも似た息遣い。隙を見た少女が、逃げた。


「コラァ!?」


 揺子の怒りが再燃した。急いで後を追いかける。


「待ぁぁああああてぇえええええええええええええっ!!」

「ひぃいいやぁぁあああああああ~~~~~~~~ッ!?」


 少女の逃走は死に物狂いだった。妖精を抱えながら路地を抜けだすと、通行人を押し退けるように歩道を突っ切っていく。


「どうしよう!? メムシュ! どうしよう!?」

「こうなったら魔法で消し炭にするっシュ!」

「それはダメ!」

「絶対許さん!!」

「ほらぁーッ!?」


 また今朝の二の舞は御免だ。とはいえ、立場が逆転した今なら攻撃される心配もない。が、つかず離れずの逃走劇。このまま追いかけるのも埒が明かない。

 魔法で捕まえようにも、周囲の通行人を巻き込みかねない。


 どうすれば……ッ!


 そのときだった。轟然と唸るエンジン音が、揺子の耳に届いた。


「――ッ!?」


 見れば少女の遥か前方、ちょうど信号が赤に替わった横断歩道が。

 その事に気づきもせず少女は、走るトラックの前へと飛び出した。


「ソフィア!」

「――え?」


 妖精の悲鳴。立ち止まる少女。迫るトラックのクラクション。

 回避、魔法も間に合わない。茫然とする少女には猶予がない。


 ならば――ッ!


「〈キュロス・ヘイストス・パリウス〉―― "強化せよ(フォルティオ)" ッ!!」


 杖を取り出して魔法を唱えながら、揺子は少女に追いすがった。効果は身体機能全般の強化――反射、骨格、全身の筋繊維。あとは己の恵体に託すのみ。


「うううぅぁぁぁぁ――――――ッ!!」


 絶叫とともに揺子は道路に躍り出た。少女とトラックのちょうど真ん中、両者の接触を阻む位置だ。杖を空間魔法で収納し、両手を広げて身構えた。


 直後、トラックが揺子に――


「ふんッ!!」


 衝突すると同時に、両腕が車体を受け止めた。それでもなおフロントグリルを凹ませて進む総重量一〇トンの鉄塊。

 タイヤは白煙を上げ、鉄の軋みを辺り一帯に響かせる。


「ぐううぅぅぅ……ッ!?」


 衝突の激痛を堪えながらも、揺子は目の前のトラックを押し留めた。ひび割れた骨と筋肉の断裂が、絶えず全身を責め苛む。


 ふいにエンジン音が止み、制御不能の空走がようやく終わった。

 痛む全身に歯噛みしながらも、揺子は振り返って少女に聞いた。


「……大丈夫……?」

「……は、はい……」


 少女は腰が抜けたのか、妖精を抱えたまま尻もちを着いていた。

 無事ならそれでいい。また一人、私は命を救えたのだから。


「良かった……ありがとう……本当に良かった……」


 つい安堵の言葉が口から出た。自然と笑みもこぼれてくる。


「――ぁ……」


 少女が目を見開き、何かを言おうとした。けれどうまく言葉に出せないのか、驚きのような表情で固まっている。


 どうしたのだろう。だが取りあえず、事情聴取の前に……。


「運転手さん、大丈夫ですか!? あ、良かった。はい、女の子は無事です! 私? 私は――痛ててて!? いや、これくらい平気です。それより車……え、保険がおりる? そんな、いま魔法で元通りに――ぁ痛たたた!?」

「……クレイドルソフィア……」


 背後から、そんな名前が聞こえた気がした。

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