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第3話 クレイドルソフィア

 お昼時。『ルミナ市』の繁華街にある大通りは、休日を楽しむ市民でごったがえす。周辺に軒を連ねる飲食店は華やかな雰囲気も手伝ってか、家族連れや若者で賑わっていた。


 そんな光景をカフェテリアで眺めていると、同席する六花が確認してきた。


「気持ちは変わらない?」

「うん」

「揺子なら向いてると思うけどな。教えるの」

「向いてないわよ」


 自嘲気味に笑って、カップの縁を指でなぞる。


「六花と違って、私は魔法少女失格だから」

「ちょっと」


 六花が表情を曇らせた。


「あれは揺子のせいじゃない。揺子じゃなくても防げなかった」

「みんなそう言うけどね。私がやったのも同然よ」

「いつまでそんな自分を責めるの。もうみんな許してくれたよ」

「……本当に、そうかな……」


 通りを歩く子どもの声が、遠く聞こえる。


「魔法少女に憧れる子たちに、私みたいなヤツが何を教えるの」


 楽しそうな笑顔。まぶしい、と思った。


「夢は壊れるって? 守れない人もいるって? それとも、自分すら救えないとか?」

「揺子……」

「そんなの、先生じゃなくて反面教師」


 沈黙が降りた。指先が、かすかに震える。


 忘れた事など一度もない。過去に揺子が犯した罪。

 ただ言葉にすると、現実になってしまうのが怖かった。

 だから揺子は、胸の奥に沈むその記憶へ、手を伸ばさない。

 触れれば最後、二度と立っていられなくなる気がするから……。


「でも、それでも……」


 六花がフラペチーノを机に置いた。いつになく真っ直ぐ揺子を見て、


「揺子にしか救えない子が、きっといるよ」


 そう切実に訴えてきた。


「…………」


 本当にそんな子がいるだろうか。

 失敗した自分にできるのは、罪滅ぼしだけなのに。

 これ以上の会話は苦しい。そう感じるや、揺子は伝票を拾い上げた。


「巡回行くわ。これ、払っとくから」

「……ありがと……頑固ババァ」

「なにぃ!?」

「キャーッ! 揺子怒ったーっ!」


 楽しそうに声をあげて、脱兎のごとく逃げ出す六花。人混みに紛れ見えなくなるのはあっという間で、突風が過ぎ去ったかのような静けさが残った。


 気づけば心は軽くなっていた。六花の思いやりが愛おしい。

 揺子は微笑を浮かべると、会計を済ませて店を後にした。



              ♣♦♠♥♠♦♣



 元魔法少女といっても、引退後の生活は変わらない。

 何はともあれ人助け。これに尽きる。それが生き甲斐の揺子ならば尚更だ。

 というか、これしか生き方を知らない。

 引退した多くの女性が行き着く仕事と言ってもいい。


 医療、教育、安全、支援。人命救助を通して、培われた正義の心が選ぶ道。


 だから揺子は魔法使いになった。魔法少女でも間に合わない救助の代行者。それがこの世界の魔法使い。自分が自分である証明だ。


「うわ! 暴れスライムだーッ!?」

「魔法使いです! 私に任せて!」


 東に魔物の出現あれば、これに駆けつけ討伐し、


「ママーっ! どこぉ~?」

「お姉さんが探してあげる」


 西に迷子の子がいれば、行って親探しを手伝う。

 たとえ仕事でなくても、彼らの笑顔のためなら。


「いやぁ、助かったよ。魔法使いさん」

「ママを見つけてくれてありがとう!」


 知恵揺子は心から、救われた気分になれるのだ。


「さて、と……」


 時刻は午後四時過ぎ。傾いた陽射しが、ビルの壁面を黄金色に染めていた。

 何事も没頭すれば時間を忘れる。お人よしなのは承知だが、やめられない。

 とはいえ、日没は近い。巡回はここまでにして会社に戻ろう。

 そう心に決め、帰ろうとした瞬間――


 ドスン、という地響きが轟いた。


「な、なに?」

『緊急警報。緊急警報。この付近で魔物が発生しました』

「――ッ!?」


 街の至るところにあるスピーカーから警報が鳴った。周囲の人びとは互いに顔を見合わせ、その場から逃げ出す。悲鳴と怯える声。クラクションの嵐。

 帰ろうとした矢先だが仕方がない。揺子は頭上を仰いだ。


「フギンちゃん!」

「カァ! 魔物ハ市民広場ァ!」


 標識の上から揺子を見守っていたカラス。その名もフギン。オリビアの使い魔として人語を仕込まれた伝令役が、魔物の位置を正確に知らせてくれた。


「最短ルートッ!」


 フギンが命令を受け飛び立つ。後を追うべく、揺子は杖を出す。


「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "加速せよ(アクセリオ)" ッ!」


 本日二度目の加速魔法。迅速な判断が素早く揺子を動かした。

 人が逃げ惑う駅前通り。事故を避けるべく、ビルの壁面を駆けあがって上方へ。車が止まる道路を眼下に、揺子は次々と街灯を飛び移っていく。


 やがて足場にする街灯も少なくなってきた頃、前方に開けた空間が現れた。

 市民広場。その中央、巨大なゴーレムが腕を振り上げていた。


「ゴォオオオオオオ――――――ッ!!」

「キャァアアアアア――――――ッ!?」


 逃げ遅れた女性が巻き込まれている。お願い間に合って!


 揺子は街灯から飛び降りた。着地の衝撃を緩和する背屈運動――その溜めを起点に、クラウチングスタートの要領でゴーレム目がけ突進する。


「くぅぅっ!」


 振り下ろされる巨大な腕。

 怯えて動けない一般人。

 距離は二〇メートル!

 ダメ、間に合わない!



「光になれぇええええええ――――――ッ!!」



 諦めかけた揺子の視界が、そのとき黄金に輝いた。

 揺子の魔法でも、ましてやフギンの支援でもない。

 少女の声が響くと同時に、閃き落ちてきた光の柱。

 それがゴーレムを呑み込んで、攻撃を止めたのだ。


「ゴォオオアアアァァ――――………………ッ!」


 降り注がれた光のビームに晒されて、身体を崩壊させていく岩の巨人。

 間一髪、揺子は女性に覆い被さったものの、爆風にも似た光の余波で一緒に吹き飛ばされてしまった。もつれ合い、激しく転がっていく両者。

 だが、ほどなくして回転は止まった。揺子は身を起こし、女性に呼びかけた。


「大丈夫ですか!? お怪我は!?」

「……はい……なんとも……」

「良かった」


 女性は砂埃で汚れていたが、意識もあり無事のようだ。

 それにしても、と視線を移す。やはりゴーレムは消滅していた。先ほどまでいた位置には、まるで爆撃を受けたかのように大きなクレーターが出来ていた。

 とてつもない威力だ。そして、あの光の柱。忘れようもない。


「見ろ! 魔法少女だ!」


 刹那、遠くから男性の声が上がった。

 見れば、広場に設置された街灯の頂上。そこに幼い女の子が立っていた。


「みなさん、もう安心です! 魔物は、私が倒しました!」


 桃色のボブへアに輝くティアラ。白いお姫さまコスチューム。

 魔法の杖は天高く掲げられてキラキラと、夕日に輝いていた。

 ――間違いない。今朝、揺子に魔法をぶっ放した魔法少女。

 いい度胸だ。助けてくれたことはさておき、まずは文句を。


「ちょっと、あなた――」

「キャーッ! 可愛い!」

「降りてきてくれーッ!」

「痛!? うぐ!? ぶぉ!?」


 言おうとしたが阻まれた。少女に集まる住民たちが、揺子を押し退けたからだ。


「歳はいくつ?」

「十歳です」

「偉いねーッ!」

「カメラいい?」

「ピース☆」

「笑顔が天使!」


 大勢に囲まれた魔法少女の振る舞いが歓声を起こさせる。さらに、騒ぎを聞きつけた野次馬の加勢も相まって、さながらアイドルのステージを彷彿とさせた。

 こう盛り上がっては水を差すのも気が引ける。話しかけるのは後にしよう。

 などと考えていたそのとき、視界の端で何かが動いた。


「ん?」


 気になって、揺子が振り向いた先はゴーレムの過去位置。

 クレーターができた中央、そこに小さな動物がいた。

 ウサギと犬をかけ合わせたような外見。魔物だろうか。


 小さな動物が、短い手で何かを拾い上げた。


「あれって……」


 動物が拾ったものは半透明の鉱石だった。落ちていた地点から察するに、


「ゴーレムの(コア)?」


 しかし、なぜ(コア)を。抱いた疑問が、すぐに答えとなった。


「まさか――」

「ねぇ、名前はなんていうの?」


 だが、そこで思考は途切れた。住民が少女に名前を聞いている。


「い、言ったらポイントくれますか……?」


 どこか不安そうに、恥ずかしそうに言う魔法少女。


「うん!」「あげるよ!」「だから教えて!」


 矢継ぎ早に承認を得たことで、すっかり自信がついたらしい。魔法少女は嬉しそうな笑顔になると、大きく息を吸って名乗りあげた。


「闇夜を照らす希望の光――クレイドルソフィア!」


 もちろん、決めポーズのおまけ付き。


「クレイドルソフィア? どっかで聞いた名前だな……」

「いいじゃん、どうでも。それよりポイントポイント♪」


 住民たちがスマホを操作し、アプリを起動し始める。

 しかし一方で、揺子は衝撃を覚えていた。


「クレイドル……ソフィア……?」


 だってそれは、


「私が魔法少女だった――名前!?」


 揺子が使っていたものだから。

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