第2話 育成プログラム
「――んぁ……?」
なんだか昔の夢を見た気がして、揺子は目を覚ました。
背中に伝わるソファの感触。見慣れた天井。どうやら事務所にいるらしい。起き上がろうとしたところで、これまた見慣れた顔が覗き込んできた。
「あ、起きた?」
同僚の雫六花だ。元・魔法少女の経歴を持つ、揺子と同じ魔法使いである。
長年変身してきた影響からか、彼女のショートヘアには水色のインナーカラー。さらに瞳も琥珀色という名残があるが、本人は「かわいい」の理由で少しも気にしていない。
「社長、揺子起きたよ」
呼ばれて、老齢の女性が近づいてきた。
「お目覚めのようね、ユリコ」
「オリビア社長」
オリビア・コスモスフィア。揺子たちの上司であり、ここ『コスモスフィア魔法堂』の社長である。カジュアルな服装の揺子や六花と違い、ロングワンピースにストールを巻いた姿は、まさしく魔法使いのそれ。
「大変な目に遭ったみたいね。痛いところはない?」
「はい、大丈夫です。身体も動くし、仕事も……は!?」
身を起こそうとして思い出す。
「アイツ! あの魔法少女!」
「逃げたよ」と六花。
「え?」
「私が現場に着く頃にはトンズラ。あんな攻撃でよく生きてたね、揺子」
「何があったかは使い魔を通して見ていたわ。災難だったわね」
オリビアの労いに呼応するように、止まり木にいるカラスが鳴いた。従業員一人につき一羽つくこの使い魔は、緊急時の連絡役でもある。
「念のため身体も診たけど、異常はないようね。それにしても不思議だわ」
「不思議、ですか?」
「ええ。なぜか幸せそうな顔していたのよ、あなた。ねぇ、リッカ?」
「はい。気絶してるのに、ずっと笑っててキモかった(笑)」
「なにそれ……」
揺子は額に手を当てた。おそらく魔法の効果だろう。着ている服も無傷なあたり、あの魔法少女は本当に助けようとしたのか。
「さあさ」
まるで拍手のように、オリビアが手の平を打ち鳴らした。
「ユリコの無事も確認できたことだし、報告がてらお茶にしましょうか」
「あ、すいません社長。ゴーレム討伐、成功の証の核が……」
「いいのよ、回収しなくて。それよりも大事な話があるから」
「大事な話?」
思わず六花を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。
嫌な予感がする。こういうときは決まって面倒事だ。
◇ ◇ ◇
オリビアが淹れた紅茶は絶品だった。爽やかな香りに心が落ち着く。
「ありがとうございます。美味しいです」
「フロレドミューナのベルマーレ。アースノール東方一の茶葉よ」
聞き慣れない名前だが、オリビア曰くこの世界で言うアールグレイらしい。たしかに柑橘系のフレッシュな芳香は、ベルガモットのそれと同等だった。
「さて、落ち着いたところでいいかしら?」
揺子と六花は居住まいを正す。
「はい」「どうぞ」
「今朝、魔法少女協会から届いた依頼よ」
二枚の資料が配られる。書面を見た瞬間、揺子は眉をひそめた。
「魔法少女職業体験型育成プログラム……?」
「ええ。魔法少女教育は長らく、戦いだけを指導してきた。マレフィシアがいた頃は、それでよかったの。街を守る。敵を倒す。それが当たり前だった」
「けど、今は違う」
「そう。マレフィシアが滅んだことで、魔法少女の役割は変わった。魔力による超常現象に、人々を襲う魔物。今はこれらの対処が主だった仕事。けど志願する子供たちは、テレビの中の華やかな魔法少女しか知らない」
「聞いたことがあります。早くに離脱する子が後を絶たないとか」
「ええ。心身の疲労で魔法の暴走も起きているわ。だから協会は、職業体験を導入することにしたの。対象は初等部。小学生ね。彼女たちに現場を体験させて、魔法少女としての社会性を養う。その教育係りに、私たち魔法使いが選ばれたの」
なるほど。協会の目的はわかった。オリビアの要望も。
「二人とも大変だと思うけど、引き受けてくれるかしら?」
「はい、もちろんです。先生とか楽しそう。ねぇ、揺子?」
元魔法少女の血が騒ぐのか、六花も前向きだ。
でも、揺子は――
「お断りします」
どうしても乗り気になれなかった。
「理由を聞いても?」
オリビアの声は責めるでもなく、ただ穏やかだ。
だからこそ、揺子は視線を逸らさずに言った。
「子どもに夢を教えられるような、魔法少女じゃなかったからです」




