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第2話 育成プログラム

 魔法少女。それが、空想から現実となったのは十年前。

 突如として異世界から来た悪の組織――マレフィシア。

 彼らによる侵略で、日本は一度、本気で終わりかけた。

 しかし、奇跡が起きた。異世界から魔法使いが現れたのだ。

 魔法使いは言った。我々はこの惑星(ほし)を救いたい、と。

 さらには、マレフィシアを倒す【力】を授けようと。


 それが【魔法少女】だ。


 魔法少女は人々の "祈り" によって強くなる。魔法使いの助言をヒントに、大人たちは魔法少女の戦いを生中継して、人々の応援する声を集めた。


 その甲斐あって、宣戦布告から七年、ついにマレフィシアは倒された。

 魔物、ダンジョン、塩化現象。世界の法則が変わる爪痕を残して……。



              ♣♦♠♥♠♦♣



「――んぁ……?」


 なんだか昔の夢を見た気がして、揺子は目を覚ました。

 背中に伝わるソファの感触。見慣れた天井。どうやら事務所にいるらしい。起き上がろうとしたところで、これまた見慣れた顔が覗き込んできた。


「あ、起きた?」


 同僚の雫六花(しずくりっか)だ。元・魔法少女の経歴を持つ、揺子と同じ魔法使いである。

 長年変身してきた影響からか、彼女のショートヘアには水色のインナーカラー。

 さらに瞳も琥珀色という名残があるが、本人は「かわいい」の理由で少しも気にしていない。


 揺子の目覚めに安堵したのか、六花は満足そうな笑みを浮かべた。


「社長、揺子起きたよ」


 呼ばれて、老齢の女性が近づいてきた。


「お目覚めのようね、ユリコ」

「オリビア社長」


 自然と心が落ち着くのを感じ、揺子は雇用主を見た。


 オリビア・ミネルスフィア。揺子たちの上司であり、ここ『ミネルスフィア魔法堂』の社長である。カジュアルな服装の揺子や六花と違い、ロングワンピースにストールを巻いた姿は、まさしく魔法使いのそれ。


「大変な目に遭ったみたいね。痛いところはない?」

「はい、大丈夫です。身体も動くし、仕事も……は!?」


 心配され、ソファから身を起こそうとして揺子は思い出した。


「アイツ! あの魔法少女!」

「逃げたよ」と六花。

「え?」

「私が現場に着く頃にはトンズラ。あんな攻撃でよく生きてたね、揺子」

「何があったかは使い魔を通して見ていたわ。魔法少女のトラブルは今に始まった事じゃないけれど、災難だったわね」


 オリビアの労いに呼応するかのように、止まり木にいるカラスが鳴いた。従業員一人につき一羽つくこの使い魔は、緊急時における連絡役でもある。


「念のため身体も診たけど、どこにも異常はないようね。それにしても不思議だわ」


 思案するオリビアに興味を引かれ、揺子は続きを促した。


「不思議、ですか?」

「ええ。なぜか幸せそうな顔していたのよ、あなた。ねぇ、リッカ?」

「はい。気絶してるのに、ずっと笑っててキモかった(笑)」

「なにそれ……」


 揺子は額に手を当てた。おそらく魔法の効果だろう。自分に向けて放たれた極太のビーム。着ている衣服も無傷なあたり、あの魔法少女は本当に助けようとしたのか。


 仮にそうであっても効果は一時的らしい。現に揺子の気分は変わらない。

 あのとき脳裏に浮かんだ光景は、そう簡単に消え去るものではない……。


「さあさ」


 まるで拍手のように、オリビアが手の平を打ち鳴らした。


「ユリコの無事も確認できたことだし、報告がてらお茶にしましょうか」

「あ」


 報告。そうだ。自分は今朝、ゴーレムの討伐依頼を受けたのだ。


「すいません、社長。ゴーレムの討伐、成功した証の(コア)が……」

「いいのよ、回収しなくて。それよりも大事な話があるから」

「大事な話?」


 なんだろう。思わず六花を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。

 嫌な予感がする。こういうときは決まって面倒事だ。



             ♣♦♠♥♠♦♣



 オリビアが淹れた紅茶は絶品だった。爽やかな香りに心が落ち着く。


「ありがとうございます。美味しいです」


 揺子の賛辞に、オリビアが柔らかく微笑む。


「フロレドミューナのベルマーレ。アースノール東方一の茶葉よ」


 聞き慣れない名前だが、オリビア曰くこの世界で言うアールグレイらしい。たしかに柑橘系にみられるフレッシュな芳香は、ベルガモットのそれと同等だった。


「さて、落ち着いたところでいいかしら?」


 オリビアの言及に、揺子と六花は居住まいを正す。


「はい」

「どうぞ」

「今朝、魔法少女協会から届いた依頼よ」


 オリビアから二枚の資料が揺子と六花に配られる。

 さっそく書面を見た瞬間、揺子は目を疑った。


「魔法少女職業体験型育成プログラム……?」

「ええ。魔法少女教育は長らく、戦いだけを指導してきた。しかし近年、魔法少女を取り巻く環境と志願者の間に、大きな認識の変化が見られているの」

「というと?」

「理想と現実のズレよ。魔法少女は街を守る。敵を倒す。それが当たり前だった。けど、今は違う。マレフィシアが倒されたことで、その役割は以前と変わった。それなのに、魔法少女の仕事を、ちゃんと理解してない子供が増えたのよ」


 オリビアが言う問題は、揺子も聞き及んでいた。


 かつての魔法少女は戦闘だけをする存在であった。

 しかし、現在では求められる活動が多岐にわたる。

 原因は三年前に壊滅した悪の組織・マレフィシア。

 彼らが残した戦いの爪痕が、今も日本を悩ませているからだ。


 環境破壊を引き起こす『ダンジョン』の出現。

 あらゆるものを結晶化させる『塩化現象』。

 そして人間を襲う『魔物』という存在。


 これらの対処を、政府は魔法少女に求めるようになった。

 だがその結果、子供たちの希望と実態の乖離が広がった。


「特にメディアの影響で魔法少女の本質が誤認されるようになったわ。そのため、憧れだけで魔法少女になった子の離脱が後を絶たないの」


 適応障害による心身の疲労。それに伴う魔法の暴走も問題になっている。


「こうした問題を受けて、魔法少女協会は職業体験を導入したわ。対象は初等部。小学生ね。彼女たちに現場を体験させて、魔法少女としての社会性を養う。その教育係りに、私たち魔法使いが選ばれたの」


 なるほど。そういう事か。協会の目的はわかった。オリビアの要望も。


「二人とも大変だと思うけど、引き受けてくれるかしら?」

「はい、もちろんです。先生とか楽しそう。ねぇ、揺子?」


 元魔法少女の血が騒ぐのか、六花も前向きだ。


 でも、揺子は――


「お断りします」


 どうしても乗り気になれなかった。


「理由を聞いても?」


 オリビアの声は責めるでもなく、ただ穏やかだ。

 だからこそ、揺子は視線を逸らさずに言った。


「子どもに夢を教えられるような、()()()()()()()()()()からです」

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