第1話 魔法使いは逃亡中
午前七時。車行き交うスクランブル交差点。
ビルの壁面に設置された巨大モニターには、魔法少女の映像が流れていた。
炎上するビルの窓から、子供を抱えて飛び出す魔法少女。
ブランド服で身を飾り、カメラ目線で微笑む魔法少女。
煌びやかな舞台に立ち、マイク片手に歌う魔法少女。
どこにでもいる彼女たち。それを、男性キャスターが嬉しそうに誉めそやす。
『――悪の組織・マレフィシア壊滅から三年、魔法少女の活動は日本の犯罪抑止に大きな成果を上げています。出現する魔物への対応、ダンジョン攻略にも従事し、各自治体も「いまや魔法少女は ”平和” の象徴」と述べています!』
本当にその通りだ。彼女たちのおかげ今がある。
だけど、言いたい。これだけは言いたい。
「いや “平和” ってそれ一部の人間だけだからぁーッ!?」
「待ぁぁああああてぇえええええええええええええっ!」
「いいぃぃやぁぁあああああああ~~~~~~~~ッ!?」
知恵揺子。二十三歳。職業、魔法使い。
ただ今絶賛、魔法少女から逃亡中。
「あーもうっ、なんで、なんでこーなったぁああ~~~!?」
思わず叫んだものの、理由はわかっている。
事の発端は十五分前。場所は街の公園だった。
ミネルスフィア魔法堂。それが揺子の働く勤め先だ。星占いから荒仕事の請負まで、幅広いサービスを提供する魔法使い専門の便利屋さん。今日も朝から依頼があり内容は公園に現れたサンドゴーレムの駆除だった。まーゴーレムなら動きも遅いし楽勝だよねー、と軽い気持ちで倒してしまったのが運の尽き。
『あの、それっ、わたしが倒そうと思ったんです!』
振り返るとそこにいた、幼い女の子。
桃色のボブへアに飾られた輝くティアラ。
お姫さまが着るドレスのようなコスチューム。
年齢的に小学生。身長は揺子の腰くらい。
そんな女の子が、目に涙を溜めて揺子を襲ったのだ。
「今度こそ、倒そうと思ったのにぃ!」
「だからごめんって謝ってるじゃん!」
林檎の意匠が施された魔法の杖で、光弾をバシュバシュと撃つ魔法少女。
抉れるコンクリート。ひしゃげる標識。直撃すれば怪我では済まない。
とはいえ、これ以上逃げ回るのも良くない。
「うわッ!?」
「きゃあ!?」
道行く先で悲鳴をあげる通行人。このままでは彼らを巻き込んでしまう。
「魔法少女が人を傷つけるとか――絶対ダメッ!」
揺子は右手を開いた。瞬間、手の平に現れるステッキ型の杖。全長約九〇センチ。鳥の頭が彫刻された銀の柄に、水晶のような宝石の支柱という外見だ。
それを握って魔力の装填。支柱が白く輝いた。
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― “加速せよ” !」
神への祈りを捧げて唱えた身体動作の加速呪文。それが揺子を信じがたいほどのスピードで疾駆させ、ビルの壁面を一気に駆け上がらせる。
被害を出さないための屋上へ。そこなら誰もいないはず。
しかし、見込みは大きく外れた。
「――嘘ォ!?」
屋上に飛び上がった揺子の前に、先ほどの魔法少女がいたからだ。
「終わりです!」
発射される光弾の連射。その勢いたるや秒間一〇連発。
空中では避けきれない強襲。だが、魔法使いの名は伊達じゃない。
「なんのッ!」
揺子は手に持った杖を振り回して、光弾のすべてを叩き落とした。
「えっ!?」
魔法少女が目を剥いて驚く。なかなか反応が可愛い。
と、和んでいる暇はない。着地と同時に、すぐさま叫ぶ。
「死んだらどうすりゅーッ!?」
ちょっと噛んだけど仕方がない。だって命の危機だから。
しかし、そんな揺子の問いかけは意外な言葉で返された。
「死にません。だってお姉さん、苦しんでるから」
「へ?」
「お姉さんの ”色” は灰色。それはとても暗い色」
「い、色? なにを言ってるの……?」
「私、人の心が ”色” で見えるんです」
少女の言葉に、揺子はピンときて指摘した。
「ふぅん、それって ”共感覚” ってやつだ」
「きょうかん……なんですか?」
「感覚同士が混線する――」
「くらえっ!」
「説明の途中!?」
会話の流れで逃げられないかと期待したが甘かった。
情け容赦ない光弾の不意打ち。しかも、少女には隙がない。先ほどからちょっとでも揺子が足を動かせば身構えるし、視線を反らせばその方向に動こうとする。
絶対に逃がさないという執念。子供ながらに恐ろしい。が、
「そうまでして狙う理由はなに!? ゴーレム奪ったから!?」
「それもありますけど……お姉さん困ってるから」
「ええ、困ってるわよ! 今あなたに襲われて!」
「違います。お姉さんはずっと前から苦しんでる」
「――――」
少女の訴えが、揺子に遠い日の記憶を呼び覚ます。
「私、たくさん灰色の人を見てきました。みんな、ずっと前から傷ついてた」
――矢継ぎ早に飛ぶ批判の声。
「お姉さんを見たときからそうでした。この場所に来るまで、ずっと」
――焚かれるフラッシュの嵐。
「だから助けなきゃいけないんです。私の魔法ならそれができます」
――もう戻らない彼女の笑顔。
「私が憧れたあの人も、きっとそうすると思うから」
『揺子は、なんで―――――――――と思ったの?』
茜色に染まる教室で、彼女に訊かれる。
想いは強く、誓いは熱を帯びて。
私は口を開き、彼女に言った。
「私は……」
「準備できました?」
「いや、じゃなくて」
「全力でいきます!」
「話聞こう!?」
少女が掲げた杖から迸る、直径三〇メートル級の極太のビーム。
見あげる揺子にとっては、もうビームというより光の柱だった。
「最初はちょっぴり痛いかもですが、そのうち心がはにゃ~んてなって幸せになるんで大丈夫です! 安心してださい!」
「信じられるかァ!?」
光が奔る。
光が迫る。
光が、逃げる揺子の後を追う。
「待って、ちょ――」
思えば魔法使いになってから、こんな事ばかりだ。
迷子のペット探しではスライムに襲われ、浮気の素行調査では魔女に呪われ、ダンジョンの探索ではミミックに嚙みつかれる始末。
「光になれぇぇぇええええええええええええええええッ!!」
「いいぃぃやぁぁあああァァああァ~~~~~~~~ッ!?」
何もかもが空想的で致命的。だけど、これが今の日本なのだから仕方がない。
マレフィシアが来たあの日から、世界はすっかり変わってしまったのだから。




