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第24話 手の中の灰

 始まりは、あの夏だった。

 中学一年生、十三歳の夏。

 テレビの向こうで燃えていた街が、気づけば窓の外にあった。

 マレフィシアが来た。異世界から、影の魔物と共に。

 同時に魔法使いも現れた。人類に戦う力を授けるために。


 国立魔法少女学園エクスマギア。


 設立されてまだ日の浅い、この国唯一の魔法少女養成機関。

 全国から適性を持つ少女たちが集められたそこへ、私は両親を説得して転入した。


 不安がなかったと言えば嘘になる。

 本当に戦えるだろうか。

 友達はできるだろうか。

 そればかり考えていた。

 けれど、入学初日。


「よろしくね」


 声をかけてきた女の子。

 星見エマ。

 それが彼女の名前。学園で最初の友達だった。


 その日の夜、私たちは寮の相部屋になった。奇妙な縁だと思った。でも、すぐにわかった。これは縁なんかじゃない。必然だったのだと。


 のちに恋仲となった関係から、そう実感した。



          ◇     ◇     ◇ 



 忙しかった。毎日が、目まぐるしく過ぎていった。

 授業。訓練。戦闘。合間には撮影、取材、インタビュー。

 人々の祈りを集めるために始まったリアルタイム救助番組、『魔法結社TV』。カメラが常に私たちを追った。アナウンサーが興奮した声で実況する。


「クレイドルソフィア、ビルの八階から飛び降りました! 間に合うかッ!? 間に合うかッ!? ――届いたぁ! クレイドルソフィア、子供を抱えて無事に着地です!」


 何万人もの祈りが、魔力となって私の背中を後押しする。


 嬉しかった。楽しかった。

 本当に、心から充実していた。


 魔物を倒した後の人々の笑顔。ありがとう、と言われるたびに胸の奥で何かが灯った。アイドル活動でステージに立てば、客席から歓声が贈られる。イベントでファンと話せば、みんな目を輝かせて私を見てくれる。


 そのとき出会った女の子は、今でも忘れられない。

 小学生くらいの子だった。緊張した顔で、震える手で、大切そうに何やら袋を抱えていた。プレゼントだろうか。私が声をかけようとした瞬間、


「あ、あの……」


 小さな声で、女の子は私を見上げた。


「どうしたの?」

「わたし、ソフィアが好きです」


 何度も聞いた言葉。けれど、


「ありがとう」


 純粋に向けられる好意は、やはり嬉しい。


「わたしも、いつか魔法少女になります」

「うん」

「ソフィアみたいになります」


 そう言って、女の子は袋の中身を見せてくれた。

 白いケープ。金色の刺繍。手作りだと一目で分かるコスプレ衣装。

 裾のところには、丁寧な刺繍で女の子の名前が入っていた。


「見て! エレンミア!」


 楽しそうに衣装を羽織って、くるりと舞う幼い魔法少女。


 私は思わず笑顔になった。

 嬉しくて。照れ臭くて。

 隣のエマも微笑んでいた。


「ずっと、ずっと好き。クレイドルソフィア!」


 女の子の瞳が、私の瞳に映った。

 ――これが生きるということか。女の子を見ているうちに理解した。

 誰かの希望になることが、こんなにも眩しいものとは知らなかった。



 狂おしいまでに可愛らしい少女の笑顔。

 あの笑みを、私はずっと忘れられない。



          ◇     ◇     ◇ 



 それからも戦いは続いた。

 危険だった。死ぬかもしれなかった。

 けれども、不思議と怖くはなかった。


「さあ、今回も行くぞ! クレイドルソフィア、エトノワール!」

「ご覧ください! 二人の魔法が "影の魔物(カゲヤミー)" を倒しました!」

「素晴らしい連携です! これが魔法少女最強バディだぁ!」


 声援。拍手。感謝。

 戦場を彩る人々の祈り。

 それが恐怖を克服してくれた。

 高等部に進級した、二度目の秋。

 遂にマレフィシアの四幹部を倒した日。

 ようやく終わる。みんな、そう思っていた。

 でも地獄は、そこから始まった。



          ◇     ◇     ◇ 



 マレフィシアの首領――冥王ダクナ。

 ヤツが生み出した【魔骸】は、それまでの敵とは遥かに違った。

 人質、騙し討ち、公開処刑。テレビ越しに殺されていく魔法少女たち。

 名前を知っていた子が。訓練で一緒だった子が。昨日まで共に戦っていた子が。


 何人も、何人も、何人も犠牲になった。


 そのうち引退する子が現れた。恐怖で変身できなくなった子。親の反対で学園を去った子。何人見送ったかも数えきれない。誰も責められない。


 当然だ。みんな怖かったから。


 国民も疲弊していた。連日の事件、連日の報道に神経を尖らせ、祈りを送り続けることに、人々は疲れ切っていた。


 それでも、私たちは戦い続けた。


「揺子」

「なに?」

「生きて帰ろう」

「うん」


 エマと二人。いつだって全力で。

 それしか、できなかったから。



          ◇     ◇     ◇ 



 夕焼けの教室。放課後。

 近隣を騒がせる狐の【魔骸】を調査するため、私たちは机を並べて座っていた。


 話しているうちに、エマと手が触れ合った。胸が高鳴り、思わず視線をあげると、エマも私を見つめていた。いつもの眠たそうな目つきとは違う、泣きそうな眼差し。


 瞬間、エマが私に抱きついてきた。


 震える吐息と啜り泣く声。私も泣きそうになった。きっと疲れていたと思う。お互い仲間を失くした身。それでも戦うしかできない日々に。


「ねぇ、エマ。逃げちゃおっか?」


 それは、普段の私なら絶対に口にしない言葉。


「二人で遠くに。魔法少女の力なら、きっとできるよ」


 たぶん、限界だったのだろう。それほどまでに切羽詰まった自分の声だった。何もかも放り投げて逃げ出したい。愛する人と。どこまでも。

 だけどエマは、一瞬の戸惑いの後に指摘した。


「できない。知恵揺子。あなたには決して」


 濡れる瞳で、首を横に振って。


「助けを求めている人を、犠牲になった仲間の想いを、あなたは決して裏切れない。戦い方を見ていればわかる。あなたは誰よりも優しくて、誰よりも自分に厳しい人」


 その通りだった。いつだって私は、自身を顧みない。

 それが強さの秘訣であることも知っていた。

 でも同時に、この数年で私は弱くなった。


「怖いの……」


 ボロボロと、涙を流して告白する。


「仲間が死ぬのも、助けられないのも怖い。でも、それ以上に……エマがいなくなるのが嫌。どうしよう。私、弱くなっちゃった……。クレイドルソフィアは泣かない。挫けない。誰よりも前に出て、人々を守る。なのに、私は――――ッ!!」


 周囲が求めるように、私もそう在り続けてきた。

 でも今ここにいるのは、魔法少女じゃない。

 怯える一人の子供――知恵揺子だった。


「大丈夫」


 震える私の背に手を回しながら、エマが優しく耳元で囁く。


「私は死なない」

「そんな保証なんて、ない」

「うん。ないね。でも――」


 苦笑して、私と額を触れさせる。


「約束する。あなたを一人にしない。私が守る」


 触れ合う肌と互いの息遣い。その距離に、私は胸が熱くなった。

 何も言わずに目を閉じる。確かめるように。すがるように。エマの優しさを享受した。この瞬間がずっと続いてほしい。心の底からそう願った。


「ねぇ、揺子」

「なに?」

「揺子は、どうして魔法少女になろうと思ったの?」

「――――」


 どうして。どうしてだろう。


 誰かを助けたかった。

 誰かに認められたかった。

 いくつか理由はあった気がする。

 でも、どれも違う気がした。


 夕焼けが教室を赤く染める。

 エマの姿がセピアに染まる。

 想いは強く、誓いは熱を帯びて。

 私は口を開き、エマに言った。


「私はね――――」


 だけど。

 その続きは。

 あの地獄で失われた。



          ◇     ◇     ◇ 



 その夜。冬のルミナ市。例年通りのクリスマスで賑わう繁華街。

 敵のアジトを突き止めた私たちは、即座に現場へと向かった。変身を終え、煌びやかな衣装を翻して雑居ビルの裏口に降り立つ。


「魔法結社TV、緊急速報です! 【魔骸】ラポゾ・ムエルテの潜伏先を確認! クレイドルソフィア、エトノワールが現場へと急行しています!」


 宙に浮かぶ撮影用ドローンが、裏口にある鉄扉をライトで照らす。

 私たちは頷き合うと、持ち前の怪力で扉を引き破った。

 階段を下りるたびに鼻をつく腐乱臭。私は思わず顔をしかめた。


「ノワール」

「うん……」


 小さく息を吸い、インカムに手を添える。


「プロデューサー。こちらソフィア」

「なんだ」

「この先は撮影を中断してください」

「何かあったか」

「まだ分かりません。でも、嫌な予感がする」

「……わかった。全班、撮影中断。合図があるまで待機」


 ドローンが空中で静止した。

 私とエマだけが、さらに奥へ進む。

 壁に刻まれた爪痕。壊れた家具。飛び散った血痕。

 そして最奥の部屋から漂う、ひときわ濃い腐臭と血臭。


 エマが手に黒い星を輝かせた。

 私も拳に光を収束させていく。

 互いに視線を交わし、合図。勢いよく部屋に乗り込んだ。


 瞬間、私たちは絶句した。


 部屋には無数の骨があった。頭蓋骨。肋骨。手足の骨。それらは乱雑に積み上げられ、人骨の山と化していた。


 周囲には衣服や靴が散乱している。


 誰かの日常だったもの。誰かの人生だったもの。ゴミのように転がるそれらの中には、子供の持ち物もあった。ランドセル。ぬいぐるみ。小さなスニーカー。


「ひどい……」


 エマの震える声に、私は何も言えなかった。

 何故ならば、視界の端で見てしまったから。

 血に塗れて汚れた――白いコスプレ衣装を。


「――――」


 私は吸い寄せられるように近づき、それを拾い上げた。まさか。そんなはずない。けど視線は冷静に、裾に縫われた刺繍へと向けられる。


 刺繍には、女の子の名前が縫われていた。

 忘れもしない。嬉しそうな幼い笑顔。


『ずっと、ずっと好き。クレイドルソフィア!』


 胸が締めつけられる。息が苦しい。

 衣装を持つ手が、小刻みに震える。


「ソフィア」


 エマが心配そうに私を呼ぶ。

 けれど、その声さえ届かない。

 込み上げてくるのは悲しみではない。

 憎悪。煮え滾るような、殺意だった。


「この――」


 直後。黒い四本の尾が、コンクリートを突き破って現れた。


「ケダモノめえええぇぇぇッ!!」



          ◇     ◇     ◇ 



 覚えてない。

 その後、どうやってラポゾを追い詰めたのか、ほとんど覚えてない。

 ただ私は半狂乱で戦い、気がつけば交差点の中央でラポゾを殴っていた。

 何度も。何度も。何度も拳を振り上げて。


「よくも、よくもォォオオオッ!!」

「ソフィア! ダメッ!」

「ああぁあアアアァァ!!」


 エマの制止も聞かず。

 怒りだけを燃料に。

 私は――


「ソフィアッ!!」


 振り下ろした拳が、両手で止められた。

 エマだった。私とラポゾの間に、割って入っていた。


「もう終わり! これ以上はやめて!」

「まだ終わってない! コイツは――」

「これがあなたのなりたい魔法少女なの!?」


 その言葉を聞いた瞬間、私はハッとして息を呑んだ。

 荒れ果てた交差点のあちこちで、遠巻きに佇む住民たち。

 恐怖の顔で。怯えた目で。震える手で口を覆いながら。

 血に塗れたクレイドルソフィアを、私を見ていた。


「あ……」


 頭の中が、真っ白になった。

 彼らは【魔骸】を恐がっているのではない。私という魔法少女を恐れている。

 人々を守る正義の味方。なのに、それがいまや敵を地面に叩きつけ、返り血を浴びるまでに殴り続けている。ただ怒りだけで、獣のように。


 魔法少女は希望であり、恐怖の対象であってはならない。

 誰に言われるまでもなく、心得ていたことなのに。

 いまの私は――いったい何になっていたのだろう。


 ドスリ、と。目の前で嫌な音がした。

 黒い尾が、エマを背後から貫いていた。


「――だめぇ!?」


 変身が解け、エマの身体が崩れ落ちる。急いで抱き止め、傷口を手で押さえつけるも、出血は止められそうにない。


「エマ、エマっ、しっかりして!」

「ゆり、こ……」


 咳き込み、吐血した口でエマが笑う。


「ごめん、ね」

「謝らないで」

「大好き……」


 エマの手が、私の頬に触れようとして、落ちた。


「感心しませんねェ……敵に背を……向けるとはァッ!」


 ラポゾの哄笑が夜の繁華街に響き渡る。何かを言っていた。聞こえなかった。聞こえていたかもしれない。覚えてない。


 だってもう、私には理性がなかったから。


 今度は魔法だけだった。拳も言葉も要らない。片手一振りで炸裂する閃光。それがラポゾを取り囲み、身を焼き、爆ぜさせ、瞬く間に焦がしていく。


 これで終わり。後は死の間際まで、見届けるだけ。

 しかし、直感が警鐘を鳴らした。


「クフ――――フ、――――ッ」


 意図の取れないラポゾの笑い声。

 口の中で、何かが凝縮されていくのが見えた。

 それが炎だと気づいたときには、もう遅かった。

 光と熱と衝撃で、私の意識は闇に途絶えた。



          ◇     ◇     ◇ 



 ――崩壊した街の中で、私は彷徨っていた。

 死んだエマの灰を握りながら、声にならない声で泣く。


「あ……ぁ……っ!」


 爆発があった。それだけは、わかった。

 ラポゾが口に炎を凝縮させたまでは覚えている。

 だがその後の記憶は、赤い閃光と轟音だけだ。


 目が覚めたとき、街の一画は消えていた。

 ビルが半壊している。道路が抉れている。信号機が根元から折れている。

つい先ほどまでネオンの輝いていた繁華街が、廃墟のように荒んでいた。


 そして、人々が――――


「う……ぁ……」


 見ないようにした。でも、見えてしまった。

 黒焦げになった影が、あちこちに倒れている。形を保っているものも、そうでないものも。爆発の余波は、逃げる間もなく彼らを呑み込んでいた。


 後に判明した死傷者は五〇〇名余り。うち即死が二〇〇人。重傷者が三〇〇人。

 それが、たった一人の怒りが招いた数字。報道された内容だった。


「いや……いや……っ!」


 嘘だ。嘘だ。嘘だ。こんなの。

 まだ生きてる人がいるはず。

 助けなきゃ。助けなきゃ。


「誰か――誰か――」


 歩いた。救える命を探して。

 呼んだ。知らない人の名を。


「誰かぁぁぁ……っ!」


 瓦礫をどけて遺体を起こす。崩れる。探す。崩れる。また探す。崩れる。また。また。また。何度も試みる。生きてるかもしれないから。


 けど、誰ひとり見当たらなかった。


「――――――」


 それから、どれだけ探したかも分からない。

 ただ茫然と、あてもなく徘徊した。

 そのうち、雪が降りだした。

 静かな粉雪だった。


「…………」


 ゆらゆらと、羽のように落ちてくる白い結晶。

 私は空を見上げながら、ゆっくりと膝を折った。


 もう、いい。

 もう、終わりにしよう。


 魔法で光の刃を作り、自分の喉元に突き立てる。

 私という魔法少女《ヒトゴロシ》を罰するには、この方法しかない。

 死なせてしまった人たちに報いるには、これしか……。


「――――っ――――」


 耳が、何かを捉えた。

 かすかな声。瓦礫の向こうから。

 走った。躓きながら、声の方へ。

 手を伸ばし、白い息を吐きながら、無我夢中で。


 そうして――ようやく見つけた。


 瓦礫の上で倒れる、小さな女の子。

 埃にまみれて、傷だらけで、それでも息をしていた。


「良かった……」


 涙が、止まらなかった。

 たった一人を助けたことが嬉しくて。そんな資格なんてないと、頭ではわかっているのに。こんなにもたくさんの人を死なせておいて、幼い子供を抱えて泣いている。


「ありがとう」


 でも私には、感謝することしかできなかった。


「本当に、良かった……」



          ◇     ◇     ◇ 



 数日後。世論が動いた。

 クレイドルソフィアは暴走した。民間人を巻き込んだ。

 テレビが言った。ネットが責めた。街の人々が糾弾した。

 記者会見を開くことになった。変身したまま壇上に立った。

 矢継ぎ早に飛ぶ批判の声と、ひっきりなしに焚かれるフラッシュの嵐。

 そのたびに視界は水の中にいるように、歪み、滲んで、絶えず世界を溶かしていく。


 こんな事になるなんて思ってなかった。それでも正しい行いだった。たとえ世間に責められようとも、自分の感情は正しかった。


 けれども私は、取り返しのつかないことをしてしまった。

 質問が飛んできた。一つ、また一つ、責め立てるように。


『ごめん――なさい――』


 涙が出た。止まらなかった。

 ごめんなさい、と言い続けた。

 私には、それしか言えなかったから。



          ◇     ◇     ◇ 



 学園を退学した。企業との契約も切れた。

 実家に帰って、部屋に閉じこもった。

 ご飯を食べた。眠って、起きて、また眠る。

 それだけの日々が、三年続いた。


 二十歳になった春、テレビが騒いでいた。

 マレフィシアが倒された、と。

 日本中が喜んでいた。花火が上がっていた。

 けど私には、何も感じられなかった。

 ただ、抜け殻のように生きるだけ。


 しかし虚ろな日々は、唐突に終わりを告げた。


「――――え?」


 胸の中に、何かが触れた気がした。

 だけどそれは、感触じゃない。強いて言えば、温かさだった。


「これって……まさか……」


 異世界の神が、〈祝福〉している。

 こんな私に〈祝福〉を送っている。

 なぜ。どうして。何も知らないくせに。

 戸惑いながら、それでもその温かさに、私は涙をこぼした。



          ◇     ◇     ◇ 



 魔法使いへの道は険しかった。

 二人の師匠に教わった。オリビア社長と、もう一人。励まされた。怒られた。優しく導いてくれた。手合わせで殺されかけた。


 でも続けた。続けることが、私にとっての贖罪だから。


 晴れて魔法使いとなった日、私は一心不乱に人助けをした。

 迷子を探した。魔物を倒した。ありがとう、と感謝された。


 嬉しかった。でも—――


 夜になると、決まって夢に見る。

 エマの笑顔。爆発。崩壊する街。手の中で灰になっていく人々。

 それらが何度も瞬いて、発作のように私を叩き起こす。


「ッ―――― ハ――――ぁ」


 私が犯した罪は、消えない。

 誰を助けても消えない。感謝されても消えない。

 なのに、誰かを救うことでしか保てない自分がいる。

 あまりにも滑稽だ。大勢を殺した手で、誰かを救うなんて。


 きっと許されない。

 きっと贖えない。


 責め苦のように流れる時の中で、きっと死に際まで解けない呪いという名の罪科。

 安らかな回顧《かいこ》など許されないとばかりに、私の過去を黒く塗り潰していく。


 ありがとう――――やめてしまえ!

 応援してます――――お前のせいだ!

 ずっと、ずっと好き――――この人殺し!


 誰が、喜ぶのだろう。

 誰が、望むのだろう。


「うぅ……あぁぁ……っ!」



 こんな私に救われるなんて、誰も望んでなんかいないのに。



「――そんなことない!!」


 声がした。幼く、涙に濡れた声が。

 この誰もいない自室で、私に向けられた声が。

 顔を上げ、部屋の隅を見る。そこには小さな女の子。


「そんな、こと……ない……っ!」


 籠目智代が泣いていた。

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