第20話 幼き死神
「む――ッ!?」
新たな犠牲者へと尾を伸ばした瞬間、ラポゾの本能が警鐘を鳴らした。
刹那。四本の尾の感覚が遮断。切り落とされ、床に転がる。
即座に再生しつつ、攻撃の主を確かめんとして誰何した。
「いったい誰――貴女ですか」
二人の魔法使いを庇うようにして立つ智代。その身体は、金色の光を帯びていた。
いや、身体だけではない。いまや瞳も黄金に輝いている。放出する魔力量も増幅していた。おそらくは胸元の『聖櫃輝石』。逆三角に飾られたそれが、回転して正三角となり、下部台座と合わさって六芒星の形を成したのが原因であろう。
不可解な現象を一目で理解したラポゾは、忌々しげに吐き捨てた。
「悪足掻きを」
「オリビアさん。六花先生」
智代が背中越しに、魔法使いたちへと告げた。
「揺子先生を連れて逃げて。みんなを巻き込んじゃう」
「でも、智代ちゃん一人じゃ……」
「大丈夫です。誰もいない方が、アイツを倒せる」
「そんな――」
「リッカ」
食い下がる六花を手で制し、オリビアが促す。
「言う通りにしましょう。今のこの子なら、きっと」
「……わかりました。智代ちゃん、負けないで」
六花が揺子を担ぎ、オリビアとともに出ていく。
メムシュも後に続いた。振り返りながら智代を励ます。
「目にもの見せてやるっシュ!」
一対一。それ以外は、もう誰もいなくなったホール内。
「ああ、なんて感動的!」
ラポゾは頬に両手を添えて、嬉しさのあまり身悶えした。
「自己を犠牲に弱者を助ける! 魔法少女の鑑ですよ、貴女は! 是非、その顔が苦痛と絶望で歪むのを見てみたい! いや、見ます絶対に!」
「ねぇ」
智代の声が、低く響いた。
「どうして【魔骸】になったの?」
「……は?」
「聞こえなかった? どうして――」
「はいはい、聞こえましたよ。まったく、つまらない事を」
智代の気迫に呆れつつも、ラポゾは唸るように語り出した。
「 "バケツの中の蟹" という言葉を知っていますか?」
「バケツ? 蟹さん?」
「単なる比喩です。人という生き物は、他人が自分より上に行くことを望みません。もし上に行けば、彼らは自分の惨めさを知るからです。だから彼らは他人を引きずり下ろし、バケツの底に戻そうとする。人は勝とうとする者に対し、こう反応することが多い」
ラポゾは嗤う。だがその声音には、濁った感情が滲んでいた。
「この話を聞いたとき、折しも私は勝とうとする人間でした。誰よりも働き、誰よりも成果を出した。すると、どうなったと思います?」
智代は黙っている。
「同業者は裏で嘘を流し、部下は情報を売り、友人は私を裏切った!」
四本の尾が不快げに揺れた。
「もちろん復讐しましたよ! そのために【魔骸】にもなった! 私を引きずり下ろした馬鹿どもの悲鳴を聞きながら、一人ずつ、丁寧に喰ってやりましたとも!」
ラポゾは自身の黒い手を見た。
「今にして思えば【魔骸】への誘いは転機でした。ですが、考えてみれば当然です。人間などという矮小な器で、私の向上心が収まるはずがない」
ぐちゃり、と。握った拍子に爪が刺さる。
「じつに素晴らしい力ですよ。【魔骸】は。人を食べるほどに強くなる。努力も、才能も、限界も超えていける。わかりますか?」
「…………」
「つまり "弱者への配慮が必要ない世界" なんです。食われる側が悪い。死ぬ側が悪い。これほど公平な規則はありません。だから私は、もっと強くなる。人を喰らって、誰にも引きずり下ろされない高みへと」
そして、ニタリと笑う。
「そのための糧として、貴女も――」
「もういい。わかった」
智代が、唐突に遮った。
「もう――聞きたくない」
「語り聞かせるだけ無駄でしたか。いいでしょう。終わらせて差し上げます」
言うが早いか、ラポゾは姿勢を低くして構えた。
とはいえ、智代への警戒心は拭いきれない。先の戦いでは無様にも幻覚に翻弄される始末。なのに『聖櫃輝石』が変形した直後に見せた反撃は、熟達の戦士のそれだった。
仕掛けようにも、おいそれと攻撃するのはあまりにも危険。
すると警戒を察したのか、智代が醒めたようにつぶやいた。
「早くきなよ」
ガキが。不意の挑発で憤る心を鎮める。ラポゾは冷静に言い返した。
「クフフ。後悔させてあげますよ、魔法少女。爪先から、じっくりと味わってあげましょう。苦しみながら、悔やみながら死になさい。そして今際の際に自身を呪うのです。このラポゾ・ムエルテに挑んだ――」
「早くきなって」
「死ねやッ!!」
絶叫もろとも尻尾を振った。
直後、またもや尾の感覚が遮断される。
「な……ァ!?」
――なにが起こった?
頭に浮かぶ疑問は次いで激痛となって全身を苛む。傾く視界を自覚する頃には、みずからの肉体が分割され、地に転がる光景を目にしていた。
――なにをされた?
理不尽な現象に抗議する意思が消えていく。焦燥の感情が絶望となってラポゾを嘲笑った。動かせる身体はない。お前は肉片と化している、と。
――なんだ?
最早、自分が何を確認したいのかも不明だった。数年ぶりに恐怖を覚えているせいかもしれない。のっぴきならない事態なのはたしか。それだけ、理解できる。
「まだ生きてますよね?」
床に転がるラポゾの頭を、智代が屈みながら覗き込む。
「仮面は無事ですもん。砕かないようにするの、大変でした」
「ガキが、何をしたぁ……ッ!?」
「知りたいですか。いいですよ。教えてあげます」
智代は立ち上がり、拙い言葉で語りだした。
「生き物って本当は光より速く動けないんです。速ければ速いほど、もっともっと力が必要になって最後は光も届かない。それがこの世界のルールなんだって、教えてもらいました。けど私の魔法は、そのルールを壊せる。重さも距離も、ぜんぶ関係なくなる」
表情ひとつ変えない智代は、どことなく病的に見えた。幼い顔とは裏腹に、声だけが別人のように低い。ラポゾは寒気を覚えた。
「だから私は "速い" んです」
智代の口調は変わらない。
「それも最初から。そこにいるみたいに。私がやろうと思ったら、もう終わってるの。だって私に見つかったときから――すべてが過去だから」
なおも黙りこくる【魔骸】。それに、智代が首を傾げた。
「えっと、お話、わかったかな? バケツの底の【魔骸】さん」
その瞬間、ラポゾ・ムエルテは我を忘れた。
「ガアアアァァァ――――ッ!?」
失われた肉体が凄まじい速度で再生する。まずは距離を取って幻覚を、
「やめてよね。敵わないのに」
鳥肌が立った。少女の吐息を耳に感じる。たまらずラポゾは逃れようとした。だが光が瞬くと同時に視界が浮く。またもや首と胴を切り離されたと戦慄した。
「フ、フザケるな! フザケるなよガキが――」
再び身体を取り戻すも両断される。諦めずに再生しても支えを失う。抵抗しようにもすぐに断絶される。感覚を奮い起こしても細切れになる。すべて一瞬のうちに終わってしまう。軌跡すら見えない斬撃の嵐。それは魔法少女の姿も同様に。
「ま、待ってぇ!?」
ふいに智代が足を止めたことで姿を現す。優雅に佇むさまは、さながら散歩に出かけているような気軽さだ。しかし血の海に伏すラポゾにとっては、死神の彷徨にも等しい。
「あれ、反省しましたか?」
「――するわけねぇだろ!!」
最後の力を振り絞って身体を瞬時に再生する。ラポゾは必殺の一撃を見舞うべく、自身の尾に全力を込めた。直後、突き出した尾が智代を貫く。
取った。ラポゾは乾いた笑いを漏らした。
「だから 無理だって」
冷たく超然とした声がした。目の前の智代からではない。ラポゾは眼球の動きだけで現実を見た。前方には貫かれた智代。そして左側面には平然とする智代。
「これは――幻覚ッ!?」
「違います。残像です」
刹那、光の強襲。またもや身体が切り刻まれ、床に転がる。
――勝てない。そんな諦観が、一気に心を澱ませる。
「貴様は、いったい……」
問われ、智代は嘆息したのち、剥き出しの敵意で吐き捨てた。
「いまさらそれ聞いてどうするの。魔法少女だって知ってるでしょ」




