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魔法少女はくじけない  作者: 長尾 燕季


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第22話 幼き死神

「む――ッ!?」


 新たな犠牲者へと尾を伸ばした瞬間、ラポゾの本能が警鐘を鳴らした。

 刹那。四本の尾の感覚が遮断。切り落とされ、床に転がる。

 即座に再生しつつ、攻撃の主を確かめんとして誰何した。


「いったい誰――貴女ですか」


 二人の魔法使いを庇うようにして立つ智代。その身体は、金色の光を帯びていた。

 いや、身体だけではない。翡翠の瞳も、今や黄金に輝いている。放出する魔力量も増幅していた。おそらくは胸元の『聖櫃輝石(ラナ・ジュエル)』。逆三角に飾られたそれが、回転して正三角となり、下部台座と合わさって六芒星の形を成したのが原因であろう。


 不可解な現象を一目で理解したラポゾは、忌々しげに吐き捨てた。


「悪足掻きを」

「オリビアさん。六花先生」


 智代が背中越しに、魔法使いたちへと告げた。


「揺子先生を連れて逃げて。みんなを巻き込んじゃう」

「でも、智代ちゃん一人じゃ……」

「大丈夫です。誰もいない方が、アイツを倒せる」

「そんな――」

「リッカ」


 食い下がる六花を手で制し、オリビアが促す。


「言う通りにしましょう。今のこの子なら、きっと」

「……わかりました。智代ちゃん、負けないで」


 六花が揺子を担ぎ、オリビアとともに出ていく。

 メムシュも後に続いた。振り返りながら智代を励ます。


「目にもの見せてやるっシュ!」


 一対一。それ以外は、もう誰もいなくなったホール内。


「ああ、なんて感動的!」


 ラポゾは頬に両手を添えて、嬉しさのあまり身悶えした。


「自己を犠牲に弱者を助ける! 魔法少女の鑑ですよ、貴女は! 是非、その顔が苦痛と絶望で歪むのを見てみたい! いや、見ます絶対に!」

「ねぇ」


 智代の声が、低く響いた。


「どうして【魔骸】になったの?」

「……は?」

「聞こえなかった? どうして――」

「はいはい、聞こえましたよ。まったく、つまらない事を」

「いいから 答えて」


 無駄口を許さぬ智代の気迫に呆れつつも、ラポゾは唸るように吐き捨てた。


「 "バケツの中の蟹" という言葉を知っていますか?」

「バケツ? 蟹さん?」

「はあ、これだから小学生は。いいでしょう。教えて差し上げます。人という生き物は、他人が自分より上に行くことを望みません。もし上に行けば、彼らは自分の惨めさを突きつけられるからです。だから彼らは他人を引きずり下ろし、バケツの底に戻そうとする。人は勝とうとする者に対し、こう反応することが多い」


 ラポゾは嗤う。だがその声音には、濁った感情が滲んでいた。


「この話を聞いたとき、折しも私は勝とうとする人間でした。誰よりも働き、誰よりも成果を出した。すると、どうなったと思います?」


 智代は黙っている。


「同業者は裏で嘘を流し、部下は情報を売り、友人は私を裏切った!」


 四本の尾が、不快げに揺れた。


「もちろん復讐しましたよ! ええ、そのために【魔骸】にもなった! 私を引きずり下ろした馬鹿どもの悲鳴を聞きながら、一人ずつ、丁寧に殺してやりましたとも!」

 

 嬉しそうに。誇らしげに。


「今にして思えば、【魔骸】への誘いは転機でした」


 ラポゾは自身の黒い手を見た。


「最初は驚きましたよ。 "もっと上へ行ける" と言われたのです。ですが、考えてみれば当然でした。人間などという矮小な器で、私の向上心が収まるはずがない」


 ぐちゃり、と。握った拍子に爪が刺さる。


「じつに素晴らしい力ですよ。【魔骸】は。人を食べるほどに強くなる。努力も、才能も、限界も超えていける。わかりますか?」

「…………」

「つまり "弱者への配慮が必要ない世界" なんです。食われる側が悪い。死ぬ側が悪い。これほど公平な規則(ルール)はありません。だから私は、もっと強くなる」


 尾が、大きく広がった。


「人を喰らい、魔法少女を喰らい、誰にも引きずり下ろされない高みへと!」

 そして、ニタリと笑う。


「そのための糧として、貴女も――」

「もういい。わかった」


 智代が、唐突に遮った。


「お前は――私の敵だ」

「語り聞かせるだけ無駄でしたか。いいでしょう。終わらせて差し上げます」


 言うが早いか、ラポゾは姿勢を低くして構えた。


 とはいえ、智代への警戒心は拭いきれない。先の戦いでは無様にも幻覚に翻弄される始末。なのに『聖櫃輝石(ラナ・ジュエル)』が変形した直後に見せた反撃は、熟達の戦士のそれだった。


 仕掛けようにも、おいそれと攻撃するのは危険だ。

 抱いた懸念が、ラポゾ・ムエルテに息を呑ませた。

 すると警戒を察したのか、智代が醒めたようにつぶやく。


「早くきなよ」


 ガキが。不意の挑発で憤る心を鎮める。ラポゾは冷静に言い返した。


「クフフ。後悔させてあげますよ、魔法少女。爪先から、じっくりと味わってあげましょう。苦しみながら、悔やみながら死になさい。そして今際(いまわ)(きわ)に自身を呪うのです。このラポゾ・ムエルテに挑んだ――」

「早くきなって」

「死ねやッ!!」


 絶叫もろとも尻尾を振った。直後、またもや尾の感覚が遮断される。


「な……ぁ!?」


 ――なにが起こった?

 頭に浮かぶ疑問は次いで激痛となって全身を苛む。傾く視界を自覚する頃には、みずからの肉体が分割され、地に転がる光景を目にしていた。


 ――なにをされた?

 理不尽な現象に抗議する意思が消えていく。焦燥の感情が絶望となってラポゾを嘲笑(あざわら)った。動かせる身体はない。お前は肉片と化している、と。


 ――なんだ?

 最早、自分が何を確認したいのかも不明だった。数年ぶりに恐怖を覚えているせいかもしれない。のっぴきならない事態なのはたしか。それだけ、理解できる。


「まだ生きてますよね?」


 床に転がるラポゾの頭を、智代が(かが)みながら覗き込む。


「仮面は無事ですもん。砕かないようにするの、大変でした」

「ガキが、何をしたぁ……ッ!?」

「知りたいですか。いいですよ。教えてあげます」


 智代は立ち上がり、拙い言葉で語りだした。


「生き物って、本当は光より速く動けないんです。速ければ速いほど、もっともっと力が必要になって、時間まで変になって、最後は光も届かない。それがこの世界のルールなんだって、お世話になったお兄さんが言ってました。けど私の魔法は、ルールの外にある。 "できない" をなくす魔法だから。重さも距離も、ぜんぶ関係ない」


 表情ひとつ変えずに話す智代は、どことなく病的に見えた。幼い顔とは裏腹に声だけが別人のように低い。女児らしからぬ不気味な振る舞いに、ラポゾは寒気を覚えた。


「だから私は "速い" んです」


 智代の口調は変わらない。


「それも最初から。そこにいるみたいに。私が望んだ時点で、もう終わってるの。だって私に見つかった瞬間――お前はもう過去だから」


 なおも黙りこくる【魔骸】。それに、智代が首を傾げた。


「えっと、お話しわかったかな? バケツの底の【魔骸】さん」


 その瞬間、ラポゾ・ムエルテは我を忘れた。


「ガアアアァァァ――――ッ!?」


 失われた肉体が凄まじい速度で再生する。まずは距離を取って幻覚を、


「やめてよね。敵わないのに」


 鳥肌が立った。少女の吐息を耳に感じる。たまらずラポゾは逃れようとした。だが光が瞬くと同時に視界が浮く。またもや首と胴を切り離されたと戦慄した。


「フ、フザケるな! フザケるなよガキが――」


 再び身体を取り戻すも両断される。諦めずに再生しても支えを失う。抵抗しようにもすぐに断絶される。感覚を奮い起こしても細切れになる。すべて一瞬のうちに終わってしまう。軌跡すら見えない斬撃の嵐。それは魔法少女の姿も同様に。


「ま、待ってぇ!?」


 ふいに智代が足を止めたことで姿を現す。優雅に佇むさまは、さながら散歩に出かけているような気軽さだ。しかし血の海に伏すラポゾにとっては、死神の彷徨(ほうこう)にも等しい。


「あれ、反省しましたか?」

「――するわけねぇだろ!!」


 最後の力を振り絞って瞬時に身体を再生する。ラポゾは必殺の一撃を見舞うべく、自身の尾に全力に込めた。直後、突き出した尻尾が智代を貫く。


 取った。ラポゾは乾いた笑いを漏らした。


「だから 無理だって」


 冷たく超然とした声がした。目の前の智代からではない。ラポゾは眼球の動きだけで現実を見た。前方には貫かれた智代。そして左側面には平然とする智代。


「これは――幻覚ッ!?」

「違います。残像です」


 刹那、光の強襲。もう何度目かもわからないそれが、【魔骸】の身体を切り刻んだ。

 勝てない。そんな諦観が、一気に心を(よど)ませる。


「貴様は、いったい……」


 問われ、智代は嘆息したのち、剥き出しの敵意で吐き捨てた。


「いまさらそれ聞いてどうするの。魔法少女だって知ってるじゃん」

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