第21話 過重装填
【魔骸】ラポゾ・ムエルテ。
揺子先生が戦っていた相手。その強さは、先生の傷が物語っている。
共感覚がラポゾの色を読む。黒だ。底なしの黒。昨夜の【魔骸】にあった悲しみの光など、どこにもない。あるのはただ、満たされた暗さ。
これが望んで【魔骸】になった人の色……。
とても信じられなかった。だが、現にラポゾを前にして思い知らされる。黒と赤。それらが渦巻く中にある――喜びの色。他者を傷つけることに罪悪感を抱かない怪物。
智代は一瞬だけ後ろを振り返った。
先輩魔法少女に介抱されている揺子。着ている服は真っ赤に染まり、気を失いかけている。出血のせいで顔も青ざめていた。感情の色も怒りと悲しみでぐちゃぐちゃだ。
許せない。
揺子先生の言う通り、あの【魔骸】は助けてはいけない。ここで逃せば、多くの人が犠牲になる。でも、たぶん私だけじゃ無理。先輩魔法少女との五人がかりでも、楽な相手ではない。それだけの強さを、ラポゾ・ムエルテから感じる。
「私も戦うわ。あなた一人じゃ危険よ」
赤髪の魔法少女が前に出た。
「私たちも」
残る三人が、それぞれ杖を構える。
「ありがとうございます」
智代はメムシュに告げた。
「メムシュ。揺子先生に回復魔法、お願い」
「任せるっシュ」
メムシュが揺子に近づき、額の宝石を光らせた。
すぐに出血は止まり、揺子の顔色は良くなっていく。だが完治には至らない。負わされた傷が深いせいか、再生は遅々として進まない。
すぐにでも病院に運ばなければ。
だからこそ、戦いは短期決戦で。
「行きます!」
智代が動いた。同時に、四人の魔法少女が散開する。
赤髪の少女が炎の連射で注意を引く。二人が左右から回り込み、挟撃に臨んだ。もう一人が上空から牽制。智代は【魔骸】の弱点、仮面への最短距離を一直線に。
「はあ!」
「ふっ!」
四方からの同時攻撃。一本目の尾が炎を。二本目が風刃を。三本目が氷塊を。四本目が雷を防ぎ――智代の攻撃には間に合わない。
「 "永遠に瞬く"――ッ!」
「残念」
ラポゾが指を弾いた。
瞬間、景色が歪み――
「なッ!?」
ラポゾの数が増えた。
一体が二体に。二体が四体に。ホール全体にラポゾが溢れていく。同じ仮面、同じ銀の瞳、同じ四尾。どれが本物か、どれが幻か。
「なにこれ、魔法!?」
「こんな数、無理!?」
「幻覚よ! 本物は一体!」
慌てふためく魔法少女たちに、赤髪が叫ぶ。しかしラポゾたちは示し合わせたように動き、本物の挙動を悟らせない。
「くっ!?」
智代は色を読もうとする。が、どれも同じ色だった。
黒、黒、黒――幻覚まで色を持っている。
「あがっ!?」
青髪の魔法少女が苦鳴をあげた。
尾の一本が、胸部を貫いていた。
「いやッ!?」
引き抜かれた尾が、すぐさま振るわれる。今度は別の少女へと。
「ぉぐ――っ」
声が途切れ、緑髪の少女が腹部から出血し、崩れ落ちた。
「そんな……ッ!?」
動揺が広がる。その隙を、ラポゾは見逃さない。
幻覚の中から、本物の尾が智代へと迫りくる。
「逃げて!」
「 "永遠に" ――」
詠唱が、途中で止まった。
また一人、黄色い髪の少女が貫かれた。
「や、やめて、やめてぇえええ!」
智代が叫ぶ。闇雲に杖からビームを放ち、ラポゾの群衆を蹴散らしていく。だが、いくら光で薙ぎ払おうとも手応えは感じられない。
それどころか、視界の端で増えていく新たなラポゾ。
完全に敵の思う壺だった。混乱に乗じた必殺の一撃。
これでは、本体を見つける前に疲弊してしまう。
「ああ、いいですねぇ。その悲鳴」
ラポゾの群れから、本物の声が響いた。
「これだから殺しはやめられない。怯える姿、苦しむ姿、絶望に暮れる姿。そんな窮地に陥る貴女たちを見ていると、何とも言えない高揚感を抱いてしまう」
「黙れぇええ!!」
赤髪が咆えた。杖から炎を噴き出し、全身に纏っていく。
「私が本体を捕まえる、その隙に倒して!」
「そんな、でも――」
「行くわよ!」
赤髪が、真正面から群れに突っ込んだ。
炎の魔法が連射される。数体が焼け、数体が復活する。
それでも赤髪は止まらない。群れの動かす偽の尻尾に騙されず、時折来る本物の尾を防いで反撃する。智代も加勢するが、本物を見極めようにも動きが速くて捉えられない。
「だめ、これじゃあ!」
「諦めないで!!」
叱咤され、智代は共感覚を研ぎ澄ませた。
黒、黒、黒。だめ。どれも同じ――
「ぐ――ッ!?」
赤髪の声が変わった。
「ああっ!?」
尾が、正面から胴を貫いていた。
だが。
「……捕ま、えた」
赤髪の手が、自身を貫く尾を掴んだ。
「離さない……絶対に……ッ!」
血が滲む指先で、力強く握りしめて。
「おおおぉぉぉぉ――――ッ!!」
尻尾を引き上げた。
「――ほうッ!?」
直後、本物のラポゾが空中へと現れる。
「今よ!!」
「 "永遠に瞬く" ――ッ!」
すかさず両手で杖を握る智代。低く下段に、振り上げる構えで。
しかし、そこで気づかされる。宙に浮かぶラポゾの尻尾。
それが、二本しかない。
ラポゾの尻尾は四本のはだ。先輩が掴んでいる一本を差し引いても、残りは三本。なのに、智代の目に映るのは "二本" だけ。
一本、足りない。また幻覚か。
けど、これは本体――
身体が、衝撃を感じた。
「ぅ――ッ!?」
腹部への殴打。考える間もなく、智代の身体が宙を舞う。
床を這いながら智代を不意打ちしたのは、ラポゾの尾の一本だった。本体から伸ばされたのではない。切り離された状態で、智代を足元から襲ったのだ。
「ぁは――ッ!?」
壁に激突し、視界が白くなる。
床に落ちながら、智代は見た。
赤髪の先輩が、事切れて倒れる姿を。
「い、や……っ!」
「ありがとうございました」
ラポゾが、赤髪を見下ろして笑った。
「おかげで少し、楽しめましたよ」
分離していた尾が、蛇のように床を這いながら本体へ。臀部に接続し、癒着。元通りの四本に戻ってしまった。勝ち誇るかのように、すべての幻覚も消え失せる。
「ソフィアッ!」
メムシュが智代に駆け寄った。
「だめ……メムシュ、逃げて……」
「いやっシュ!」
「クフフ、どこかで見た展開ですね」
ラポゾが近づいてくる。
智代は杖を握りしめた。
けど、立てない。戦えない。
痛みと恐怖で、全身が震えていた。
そのとき。
「ユリコッ!?」
「智代ちゃん!?」
駆けつけてきたオリビアと六花に、智代の心は凍りついた。
来ちゃだめ。そう叫びたかった。
これ以上、誰かが傷つくのは嫌だ。
揺子の血。先輩たちの亡骸。
目の前の光景が、際限なく恐怖を煽り立てる。
「おや、また新たな犠牲者が」
ラポゾの尻尾が、二人へと迫った。
♣♦♠♥♠♦♣
魔法少女になったばかりの頃、不思議な夢を見るようになった。
具体的に言うと、名前も知らない "男の人" と会う夢だ。
男の人は名乗らなかった。ただ笑顔で『私は魔法使いだよ』とだけ言った。
それもそうなのかも。智代は納得した。なぜなら、男の人は魔法使いに相応しい恰好をしていたからだ。
身の丈よりも長い魔法の杖。純白の法衣。青みがかった白髪は首筋で切り揃えられており、その下から伸びる長髪が気まぐれに外へと跳ねている。瞳は糸みたいに細く、常に笑顔なので怪しい雰囲気を纏っていた。
でも、そんな魔法使いでも智代は信頼できた。
毎晩、夢の中で彼は智代に戦い方を教えたのだ。
ありとあらゆる魔物への対処。そのための知識。応用の仕方。授業。実戦。どれも智代には刺激的で、面白く、めきめきと実力は向上していった。
「ねえ、クラゲのお兄さん!」
智代が呼ぶと、男の人は困ったように笑った。
「またその呼び方かい、智代。お兄さんは泣きそうだよ。せめて "大魔法使い" とか、"真理の神さま" とか、私が名乗った通りの――」
「クラゲっぽいもん」
「どこがだい?」
「髪型!」
「そうかなぁ」
やれやれ、と肩をすくめる。呆れではなく、むしろ楽しそうに。
夢の世界は、今日も一面真っ白な空間だ。
どこまでも続く浅瀬みたいな水面の上に、智代とお兄さんだけが立っている。
「今日は何を教えてくれるの?」
「そうだねぇ」
お兄さんは杖を肩に担ぎながら、空を見上げた。
「この惑星の終わり方、とか?」
「えぇ……」
「冗談だよ」
「お兄さんの冗談、怖い」
「よく言われる」
くすくす、と笑う。楽しそうに。面白そうに。
お兄さんはいつもこの調子だ。フワフワして、掴みどころのない感じ。もしかしたら、手を伸ばしても届かないくらい、本当はずっと遠くにいるのかも。
不意に、お兄さんが優しい声で呼んだ。
「智代」
「なに?」
「今夜で、これも最後だ」
「最後?」
「うん。これからは、キミ自身が物語を紡ぐ番だ」
「寂しい……」
「おやおや、悲しまないでおくれ」
智代が顔を俯かせると、お兄さんは慰めてくれた。
それから、珍しく真面目な顔になる。
「その代わりと言っては難だが、最後に一つだけ教えよう」
言って、お兄さんが向けた指の先――智代の胸元。
変身アイテム『聖櫃輝石』が、淡く光った。
「その石にはね。 "鍵" がある」
「鍵?」
「うん。キミの魔法を、本当の意味で解放するための鍵だ。じつは言うとキミはまだ、無意識に力を抑えている。世界を壊さないように、本能でブレーキをかけているんだ」
「そんなことしてるの?」
「してるとも。じゃなきゃ、とっくに大惨事さ」
冗談っぽく笑う。でも、その目だけは笑っていなかった。
「『聖櫃輝石』の奥にある力を解放すれば、キミはもっと強くなれる」
「ほんと!?」
「ただし、おすすめはしない」
「なんで?」
「キミの魔法は優しすぎるから」
「?」
首を傾げる智代に、お兄さんは困ったように笑った。
「"救い" っていうのはね、本来、とても危険なんだよ。キミの魔法は "できない" を壊してしまう。限界も、距離も、法則も。だから使えば――キミ自身も壊れる」
智代の瞳が揺れる。
「……私が?」
「怖がらせてごめんよ。けど幼い身体じゃ、力に耐えきれないんだ。身も心も引っ張られて、いつか戻れなくなる」
「戻れなく……」
「怪物になるかもしれないし、光そのものになるかもしれない。あるいは……」
そこから先の説明は、智代にもよく分からなかった。ただ覚えていることは、力を開放したときの効果、恩恵、そして使った後の代償だけ。
語り終えて、お兄さんが笑いながら肩をすくめる。
「まあ、運が良ければ助かるさ」
「笑いごとじゃないよ」
「はは、ごめんごめん」
また笑う。いつもの調子で。
けれども、目だけは真剣に。
「どうか約束してほしい」
お兄さんはしゃがみ、智代と目線を合わせた。
「どうしても、守りたいものがある時だけ使うこと。キミは優しい子だからね。きっと自分を壊してでも誰かを助けようとする」
智代は少し黙る。それから、小さく頷いた。
「うん。約束する」
「いい返事だ」
お兄さんは嬉しそうに頷き、立ち上がる。
「さて、それじゃお別れだ」
そして、ふっ――と。
少しだけ寂しそうな顔をした。
「 "祈りの彼方に祝福を" 。智代」
その言葉を最後に、
「鍵の開け方は、望めばわかるはずだ」
白い世界は、光となり溶けていった。
♣♦♠♥♠♦♣
「 "永遠に瞬く救いの光" 」
智代が胸元の『聖櫃輝石』に触れた瞬間だった。
淡い光を放っていた宝石が、脈動するように明滅。
直後――。
「過重装填」
カチリ、と。
指の動きに合わせて、機械めいた音を発した。
宝石を支えていた逆三角のフレームが、ゆっくりと回転。
眩い光を撒き散らしながら反転し、正三角形へと変形する。
同時に、下部台座に刻まれていた紋様が浮かび上がった。
上下。二つの三角が重なり、形成された六芒星。
幾何学的の光線が台座から発し、その中心で宝石が輝きを放つ。
空気が震える。
魔力が唸る。
まるで世界そのものが、この解放を拒絶しているかのように。
パキン、と。
小さな亀裂音。
宝石内部で何かが "開き" ――ラポゾの尾が切り落とされた。




