第20話 届かぬ怒り
追加エピソードの投稿に伴い、後半の文章を推敲しました。
日頃から読んでいる方々は申し訳ありませんが、再読していただけますと幸いです。
「〈ヴィルニルヤ・イェレスマイヤ〉―― "穿て・七重詠唱" !!」
詠唱と同時に放たれた穿孔魔法。その最初の一撃が、ラポゾの尾を弾き飛ばした。
「ほう」
続けざまに襲う六つの衝撃。だが、それらすべても四本の尾で防がれる。
「なかなかに厄介」
やはりラポゾの尾は頑丈だ。通常の【魔骸】ならば、昨夜のように一時的な戦闘不能にまで追い込めた。しかし金属にも等しい四尾の前では、決定打に成りえない。
「だったら……ッ!」
姿勢を低くして突撃の構え。
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "加速せよ"ッ!」
加速魔法を唱えると同時に、一息で踏み出す。
狙うは本体。隙を誘発させる目的で、揺子はデタラメに疾走した。
「お次は撹乱ですか」
案の定、狙いは読まれている。だが、まだ秘策はある。
「〈アルス・ハオス・ケルヌァス〉――"切り裂け・七重詠唱" ッ!」
死角から回り込み、背後から連続して浴びせる風の刃。しかし、それらも四尾の前では無きに等しく、ことごとくが音を立てて防がれた。
「やめましょう。こんな茶番は」
ラポゾは振り向きもしない。
「今のあなたでは、私を倒せない」
「〈ヴィルニルヤ・イェレスマイヤ〉―― "穿て・九重詠唱" !!」
再び唱える連続魔法。それも重ね掛けできる最大数まで。使えば使うほど魔力消費の激しい手段だが、この敵を前に出し惜しみしてはいられない。
九つの穿孔が四尾を弾く。とたんに露になった黒い本体。
その一瞬の隙を、見逃す揺子ではなかった。
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "光よ"」
閃光。突き出した杖の先から炸裂する目くらまし。
「くっ!?」
ラポゾが目を抑えた。
今――ッ!
「〈ナティア・シア・ソーティア〉―― "加速・強化" ッ!」
加速と強化。本来は単発で唱えるべき魔法を合わせたことにより、凄まじい過負荷が全身を苛んだ。骨が軋み、筋肉は痛み、血管が焼けるような熱を帯びる。
けど。
踏み込む。破裂音。床が砕け、揺子の身体が再度、加速。
「――ッ!?」
驚くラポゾの懐へと、揺子は一瞬で潜り込んだ。
「チッ!」
ラポゾが初めて後退する。
だが、手遅れだ。
「はああぁぁぁぁッ!!」
突き出された杖が、ラポゾの仮面を捉えた。
ビシッ。杖の先端が表面に刺さる。
「くっ!?」
揺子の狙いに気づき、ラポゾが後退しながら四尾を差し向ける。
それでも揺子は離れない。
いくら四尾で身体を刺されようとも、強化された全身の筋肉を総動員して追いすがる。肉が裂け、骨が砕かれる激痛を堪えながら、渾身の力で杖を押し込んでいく。
「ぐ……ッ!?」
杖がめり込む。表面に亀裂が走る。そして――
「〈ナティア・シア・ソーティア〉――"吹き飛べ" ッ!!」
衝撃波。ゼロ距離で放たれた魔法が、仮面を粉々に吹き飛ばした。
直後、ラポゾの身体から赤い光が溢れ出す。
「お、おおォォオオオオ――――ッ!?」
爆発的な閃光。揺子は吹き飛ばされるも、すぐさま着地した。
膝をついたまま荒い息をつく。全身が悲鳴を上げている。
でも成し遂げた。仮面を破壊され、身体を塵と化していくラポゾ。断末魔を上げることなく消えていく姿に、思わず口元が緩む。
――やった。
捨て身にも等しい荒業だったが功を奏した。人の身で【魔骸】を倒した達成感と、ようやく訪れた悪夢の克服に、脱力感が――揺子の注意を鈍らせる。
腹部に激痛。次いで衝撃。身体が壁に叩きつけられた。
「ぁ――ッ!?」
杖が手から離れ、床に落ちる。急いで拾おうとするも、無駄な足掻きでしかないと知った。急な眩暈に転倒する。出血多量。治癒魔法を度外視したツケが来た。
「やれやれ」
耳朶を打つ【魔骸】の声。
「危なかった。本当に」
見上げれば、ラポゾ・ムエルテは健在だった。
「嘘、なんで……」
「確かに貴女の攻撃は仮面に届いた。ですが……」
「残念ながら、倒された私は偽物――幻覚です」
もう一つの声がした。目の前のラポゾからではない。その隣、まったく同一のラポゾが揺子を見下ろしている。計二体。ありえない現実に、思考が空白となる。
「な……ッ!?」
「クフフ」
パチン、と黒い指が弾かれ、もう一体のラポゾが消失した。
「【魔骸】の上位個体には魔法を使う者がいる。かく言う私も、その一人。相手に幻覚を見せる魔法―― "霧は道を閉ざさず、人はただ己を失う" です」
「そんな魔法、前は――」
「ええ、持っていませんでした。ですが、あれから私も多くの人を食べて成長した。飽くなき探究と向上心が、私をさらなるステージへと押し上げたのです」
揺子は慄然として言葉を失った。成長した【魔骸】は魔法が使える。ピカロ・ムエルテでも体験した事だ。なのに、過去の記憶に囚われるあまり警戒を怠ってしまった。
「こ、の……ッ!」
今にして悔やまれる己の未熟さ。ならば次は魔法を想定したうえで、うまく立ち回る必要がある。だが今の自分に、その力が残っているかどうか。
いや。残っていなくても、やるしかない。
足に力を込めた瞬間、尻尾がきた。
「あッ!?」
四本のうちの一本が、揺子の身体に巻きついていく。
蛇のような拘束は瞬時に終わった。抵抗しようにも強化魔法は切れている。逃れられない。抜け出せない。ただ宿敵を睨み、歯噛みするしかない。
「クフフ、お可愛いこと」
揺子を拘束する尾を引き寄せて、ラポゾが舌なめずりをした。
「すぐに殺しても良いのですが、貴女には "相応しい死" があります」
「何をするつもり……ッ!?」
「私の魔法は、ただ幻覚を見せるだけじゃない。その者が抱える負の感情を増幅し、トラウマとして強制的に見せつけ、心を破壊する」
「……トラ、ウマ……!?」
固唾を呑む。魔法による精神汚染。揺子にとってのそれは……。
「ご存じでしょう。六年前、貴女はエトノワールを死なせただけでなく、数えきれない人々を死に追いやった。この私への、復讐に巻き込んで!」
「やめ――ッ!」
「 "霧は道を閉ざさず、人はただ己を失う" !」
パチン、と。揺子の眼前で弾かれる指。
瞬間、世界が暗転した。
「な、なに……?」
先の見えない闇の中。拘束が解け、手足が自由となった状態で揺子は警戒する。が、これは幻覚。私を陥れるための。ならば次に現れるのは――
「揺子」
わかっていても、怯まざるをえない。
「――――」
目の前に現れたのは、魔法少女エトノワール。それも変身前の姿だった。
華奢な身体つき。黒髪のショートヘア。雪のように白い肌と眠たそうな瞳。
そして欧州の血を感じさせる、整った顔立ちも。
全部、全部そのままだった。
「エマ」
星見エマ。十六歳。魔法少女学園の制服姿。
幻覚と分かっていても、自然と手が伸びてしまう。
胸が苦しい。息が詰まる。会いたかった。謝りたかった。
ずっと。
けれど。
「ああ――ッ!?」
闇の彼方で閃いた赤光が、爆音に次いで衝撃波を轟かせ、エマを焼き払った。直後、周囲で上がる悲鳴の数々。夜の繁華街。気づかぬ者も逃げ出す者も分け隔てなく、赤い光はすべての命を殺し尽くした。
「エ……マ……」
揺子の周囲で、累々と倒れ伏す黒焦げの人々。
その光景に気づかされ、揺子は吐き気を覚えた。
「いや……」
足が震えた。忘れたことなど、一度もない。
六年前。あの日見た、許されない光景。
そのとき、ぐちゃり、と。
靴底から嫌な感触が伝わった。
おそるおそる視線を落とす。
そこには、消えたはずのエマが。
「ひどいよ、揺子」
潰れた顔で。
「この、人殺し」
揺子を見上げていた。
「いやあああぁぁぁぁ――――――ッ!?」
♣♦♠♥♠♦♣
「――ぁ、ハ――――ッ うぅ……っ!?」
「ああ、好い。苦しそうな顔が、じつに」
黒い尻尾に拘束された状態で、苦しげな呻き声をあげる揺子。それを、芸術品でも鑑賞するかのように、ラポゾが吐息混じりに見つめる。
「このまま眺めていたいのですが、そろそろ頃合いですね」
銀の視線が、ここではないどこかへと。
「続きは後ほど。アジトに持ち帰り、ゆっくりと楽しむとしましょう」
揺子を捕らえたまま、外界へと繋がる瓦礫を登りはじめた。
そこへ。
「だめぇえええええ――――ッ!!」
黄金の光が、ラポゾに向かって放たれた。
「――ッ!?」
咄嗟に回避するラポゾ。黄金の光が、揺子を拘束する尻尾を焼き尽くした。
縛めを解かれ、床に投げ出された揺子を智代が受け止める。後に続いて、四人の魔法少女が周囲を固めていった。
「揺子先生、揺子先生ッ!」
「智代、ちゃん……」
揺子は掠れた声で言った。
「アイツと、戦っちゃ、だめ」
「嫌です」
智代が、怒りの表情でラポゾを見る。
「私が絶対、倒します!」
「クフフ」
銀の瞳が智代を睨む。
「お手並み拝見といきましょう」
四本の尾が、歓喜に震えた。




